19 お風呂を知っていますか?
太陽の下、俺は筋肉を輝かせて熱を生み出していた。
魔女の家の庭はどうやら、周囲からは中が見えない魔法がかけられているらしい。それだけでは留まらず、魔女の家につながる森は魔法によって、来る人と近づけない人を仕分ける特殊な森なのだとか。
マナミが教えてくれたのもあり、俺の障壁となりかけていた課題を乗り越えたのも同然だ。
そして今、障壁を超えたからこそできる作業……耐水土レンガ作りに没頭している。
長方形の型を十個ほど用意して、厳選してかき集めた土を、程よく水と混ぜて型に収めた。
その型の前で、俺は光にも負けない熱で祈りを捧げているわけだ。
所謂、自家発電なる人力熱源をしている最中である。
そんな俺を少し引いたような目で見てきているのが……マナミなのだが。
「クロジ。見ていたけど、何をしているの?」
「ああ、レンガを作ってるんだ」
「それは分かる」
マナミは何を気にしているのだろうか。
俺は並べたレンガの型の真ん中で、筋肉を発熱させるために腕立てやスクワットをしているだけだ。
マナミと話している間は残像を無くしているので、筋肉は少なからず考慮しているので問題ないだろう。
もしくはマナミにも筋肉の良さ、この熱が伝わったのだろうか。
「その、二回目作っているけど、何に使うのかなって」
「ああ、マナミに言ってなかったな」
マナミにサプライズをしたい独りよがりだったのもあって、伝えるのをしっかりと忘れていた。
そもそもレンガ自体、島の伝統方式を教わり、身につけたのを真似て作っているものだ。
国には土造りの家が多く顕在しているのは知っていたが、水に耐性のあるレンガを基盤にして作っていた。
おそらく、海が毒に侵されているからこそ、人類が生き残る術で編み出したものかもしれない。
「前に、水に浸かったことはあるか、って聞いたよな?」
「聞かれた」
「俺の世界では……まあ、住んでいた国では一般的だった、お風呂を作ろうと思ってな」
「……お風呂?」
この島でお風呂が必要かと聞かれれば、正直必要ないだろう。
島に育つ果実は不思議なことに、栄養価が高い影響か、体内にある毒素や排出物を綺麗さっぱり浄化する作用があるのだから。
科学的に調べたわけではないが、筋肉の細胞が計測した結果は正しいと言い切ろう。
それを加味したうえでも、俺はお風呂を作りたい。
お風呂に浸かるという一人の時間もあるが、マナミに心の芯からリラックスしてほしい。言ってしまえば、単なるエゴの塊だ。
筋肉も汗をかいた後は綺麗さっぱり洗い流したいと、俺と意見が一致しているから時間の問題でもあるが。
いくら果実で済ませられるにしろ、少しくらい人間らしくありたいだろう。無論、国の者に広めるつもりはないので、魔女に贈る知恵での労いだ。
「そうだな……人が入れるほどの四角か楕円形の深い型に対して、水を入れ、薪とかで沸騰させて、良い感じの温度のお湯に服を脱いで浸かるものだ」
俺としては別にドラム缶でもいいのだが、この島にはドラム缶が何気に存在していない。科学が発展しなかったからこそ、存在する必要が無かったのだろう。
それに剣や槍、盾があるとはいえ、鉄系の武具を持っているのは兵士だけだったのだから。
お風呂の説明をしたのだが、マナミは首を傾げていた。
不安そうに頬を引きずらせているだけではなく、目を細めて信頼が無いような視線を向けてきている。
「熱湯拷問?」
「いつ俺が拷問を口にした??」
「だって……水を沸騰させた熱い鍋に、人を放り込んで煮るって、拷問や料理以外に何があるの?」
「なんで後者は人を食べるのが前提なんだ?? 俺はお風呂って言ったよな!? えっとな、皮膚がはがれて火傷するほど熱くするわけじゃなくて、人肌に丁度いい温度に調整して入るんだよ」
「クロジのいた世界の知恵……拷問の進化系みたい」
「拷問から離れないか? そもそも、この島は果実が便利すぎるだけだ」
俺はマナミをしっかりと見ていったのだが、マナミは完全に目を細めていた。
目を細めるだけにとどまらず、ローブの胸元を小さな手が警戒するようにぎゅっと握っている。
「変態」
「なんでそうなった!?」
唐突に変態判定してくるマナミには困ったものだ。
雑談も程々にして、日が落ちる前には完成できるように、俺は改めて自家熱源と化してレンガに熱を帯びさせていく。
お風呂の建設予定地は、ポンプの左に設置することで水の補給を簡易的にするのと、水を沸かすために薪を入れる位置を考慮した大きさで考えている。
薪に関しては場合に応じて、この島特有の火を使って、自然とお風呂の下で調整できるようにするのも検討しているが。
出来上がった乾いたレンガを型から取り出し、山のように置く。
そしてもう一度同じ工程をしようとした、その時だった。
「クロジ」
「どうした? ――って、あっぢぃいい!?」
型に土を仕込んだ瞬間、目の前にはまるで太陽のような熱を持つ球体が現れたんだ。
俺が良い感じに焼かれたのだから、レンガもいい感じに乾いている。
マナミは微笑むように笑っているが、熱の球体も相まって鬼だ。
「特別。これはあの光よりも熱に危険性はないし、こっちの方が早くできる」
「目の前の俺は焼けてますが!? 人間バーベキューでもする気かお前は!」
「クロジなら大丈夫って思ったから」
「それはどうも」
魔法における信頼なのか、俺という筋肉に対する信頼によるものなのかは不明だ。だが、マナミが協力してくれるのは良いことだろう。
俺は焼けながらもレンガの型に水と土を入れ、それをマナミが調整した熱の球体の下で固める。
それを何度も繰り返した。
何気にマナミと二人で作業をするのは初めてだが、気を許してくれたのなら素直に喜べるものだ。
「クロジ……その……お風呂ができたら、私も使ってみて、いい?」
マナミの頼みに、俺は思わず唖然とした。
どう説得して入ってもらおうかと考えていたのだが、マナミが乗り気になってくれたのなら楽なものだ。
俺は口元を緩めながら、言葉を口にした。
「魔女の為に作っているんだ、マナミが一番に入ってくれてもいいんだからな」
「それは、嫌。クロジの後でいい」
「入りたくないって言わないあたり、マナミは優しいよな」
「……努力は報われるべきだから……でも、一言欲しいし、暑苦しいのは控えて……」
マナミの言葉にうなずき、俺は作業を続けた。
出来上がったレンガを長方形に並べ、敷き詰めたレンガの上に島独自の水をはじく塗料を塗っていく。
出来上がっていくお風呂はマナミの好奇心すらも刺激するからか、気づけば笑い声が溢れていた。




