18 夜の筋肉は紳士的であるべきだろうか
久しぶりの本格労働で疲れたのか、俺は帰ってきてからゆっくり過ごしていた。
その際マナミからは、どうして土を食べているの、と疑問気に聞かれたわけだが。
そんな今日という日々も、夜の食事を終えたのだから、あとは寝るだけだ。
「クロジ。お疲れ様」
「珍しいな、マナミから労いの言葉をかけてくるって」
事実だから、と言って頬を赤くするマナミは、表情が以前よりも明確になった気がする。
筋肉は、気のせいだ、とケラケラ笑うように久しく細胞を躍動させているが。
マナミは誤魔化すためか、首元につけていたストールを外してテーブルに置いていた。
マナミの開いた首元から見える鎖骨。そして何よりも、マナミのローブがノースリーブなのもあって白い腕がより綺麗に見える。
ノースリーブローブが元居た世界に実在しているか不明だが、マナミが着ているので存在しているのだ。
普段はストールに隠れていて見えない肌をこうして近くで見られるのは、魔女の傍にいる特権かも知れない。
マナミは俺がじろじろ見ていることに気が付いてなのか「変質者」と言ってくるので困ったものだ。
そんな他愛もない会話ですら、今や二人だけ、のこの時間では当たり前になりつつある。
夜は食事を終えれば寝るだけだが、それも少しすれば変わるだろう。
今日は俺が望んでいた収穫もあっただけではなく、エルリッシュ王直々に許可を得たようなものだから。
筋肉は分かり合える。
全世界共通用語として、世界辞典に俺が筋肉をもって書き加えておいて損はないだろう。
「……クロジは王国の人に親しまれていたから、心配いらなさそう」
「俺のこと、心配してくれていたんだな」
「別に……してないから。その、クロジは王国で変質者として目立ったから、気にしてただけ」
それを心配というのだが、口にしない方がいいだろう。
誰かに心配してもらえるというのは、悪い気がしない。
ましてや魔女に心配されているのだから、俺は何もせずとも幸せを覚えそうな程に、今が大好きだ。
マナミは自身の首元を軽く指でなぞった後、隣のベッドに腰を掛けていた。
軋む音を立てない藁は、マナミの軽さを間接的に教えているようなものだ。
そんな藁に負けないほど、俺はマナミの重さを直で知っているのだが。
藁に対抗心を燃やしたくなるくらい、魔女の奪い合いに負けた覚えはないのだから仕方ない。
筋肉は筋肉で対抗心を燃やしているし、今日はよく燃える日だ。
「クロジは、この世界……この島のこと、好きになってくれた?」
「そうだな。この島は凄く暮らしやすいし、穏やかだけどドラゴンが居て飽きないし、何よりもマナミが守っている場所だから好きになった」
「そ、そうやって何でもかんでも、私に結び付けるの、良くない。だめだよ……」
そういって上目遣いで見てくるマナミはどこか幼い瞳を持っているようで、思わず息を呑み込んでしまう。
たまに垣間見えるマナミの幼い感じ、俺は別に嫌いじゃない。むしろ、その一面をマナミが見せてくれるから簡単に受け入れられる。
「そ、そういえばさ、マナミ」
「どうしたの……?」
誤魔化すように口にしたせいか、マナミはきょとんと気後れしていた。
「いや、マナミって可愛いなって言お――」
「眠っていないのに、寝ぼけているの?」
誤魔化した俺にも落ち度はあるが、マナミは瞬時に魔法の光を浴びせてきた。
筋肉が咄嗟に起きてくれたからよかったものの、筋肉がいなきゃ致命傷だったというものだ。
「すまない、それは本当だが、嘘だ。実はさ、マナミは水に浸かったことはあるのかなって」
俺はここに来てから考えていたことを、マナミに口にしていた。
マナミを驚かせるために用意してもいいのだが、マナミの私見は聞いておきたい。
行動が独りよがりだったとしても、どうせマナミは見てくるのだから聞いておいて損はないだろう。
「浸かったことは……ないかも。浴びたことがあるだけ。それに、今の水はあの状態で、私だけ毒が大丈夫でも、島の影響を考えると……」
聞かない方がよかったか、と思うのは野暮というものだ。
マナミはどこまでも、自分の為ではなく、島と生き残るために考えている優しい魔女そのものだろう。
果てしなく優しいマナミだからこそ、誰かの恨み、誰かに弄ばれている、そんな可能性がありそうで怖いのだが。
「マナミ、それくらいで大丈夫だ。話してくれてありがとうな」
「何を企んでいるの?」
「別に何も。ほら、俺が来た時から、マナミは水を自分の魔法で持ってきているみたいだからさ」
マナミの魔法は未だに真相こそ不明だ。しかし、そこら辺の魔女が使っていい魔法ではないと明確に言い切れる。
実際、エルリッシュ王もマナミの魔法について触れようとしていたが、些か不明な点が多いと述べていたほどだ。
布袋や様々な食べ物の移動もできる空間の魔法。そして、俺を吹っ飛ばしたり、ドラゴンを倒したりする、輪郭に転写するような光の魔法。
マナミの魔法の種類は不明だ。だが仮に、これが一つだけ、だとしたら考えようの違いなのかもしれない。
今思えば、俺はマナミの事をもっと知った方がよさそうだ。
「……うぅん」
マナミはウトウトした様子で、今にでも眠ってしまいそうだ。
眠気眼で見てくるマナミは幼子そのものに限らず、さり気なく心の隙間に針を通してくる。
痛みはないのに、痛みがある矛盾。
「マナミ、眠いのか?」
「クロジも、今日は、疲れているでしょう……」
マナミはいつも決まったタイミングで眠くなっているので、時間を図らずとも体が覚えているのだろう。
「そうだな。今日はもう寝るか……って、おい!?」
マナミは既に寝ぼけているのか、家を照らしていた火が消えるなり、俺のベッドへと上がりこんできたんだ。
そして誘惑するように、俺の上を陣取っている。
重力に従って開きかけている首元……少し目を凝らせば、理想郷の果実なるふくらみを目にすることは、月明かり含めれば容易に想像できる。
マナミは別に小さいわけじゃないからこそ、俺からすれば興奮ものだ。
しかし、恋をしたい魔女の果樹園を一瞥の判断であったとしても、俺にできるはずがない。
「マナミ、自分のベッドで寝て……人を枕にして寝ていやがる」
マナミは上から覗き込む形だったのだが、睡魔に負けたのか、俺の胸板を枕代わりにして寝息を立ててしまった。
ごっつい筋肉の上で寝るとか、些か考えにくいものだ。
考えにくいが、マナミは幾度も俺の傍で起きているし、普段からこうなのかもしれない。
緩やかに形を変える頬は、マナミの愛らしさを醸し出している。
「……マナミ、おやすみ」
「うぅぅん……おや、しゅみぃ……」
俺はマナミの温かさを胸にして、ゆっくりと目を閉じたのだった。




