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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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17 筋肉労働と、時間に捕らわれない幸せの革命

 太陽が島の大地を照らす頃、俺はマナミと一緒に北西の地へとやってきていた。

 そして今、汗水を垂らすという行為をしている。筋肉からしてみれば、所謂サービスタイムだ。


「外の人間にしちゃ頑張るなぁ」

「当然だ。俺は罪とか関係なく、筋肉が振舞えるのなら海も大地も超えるからな」

「それで世界を超えちゃぁ、苦労しないがね」


 なんて会話をして、共に肉体労働をしている兵士と笑いあった。

 この兵士は現在いる中で現場の監督を一任されているようだが、俺の働きに感心したらしく、共に行動を合わせてくれている。


 この世界に来てから、誰かと共に行動する、というのは何気に新鮮だ。

 基本的にはマナミに付きっ切り……付かず離れずで、国の人と交流する機会が無かったからこそ、新しい空気を吸い込んでいる気分だ。


 当のマナミは少し離れた位置で見ているが、目を細めているので俺の筋肉に恋でもしてくれたのだろうか。


 日光浴以前に、肉体労働の時はベストを脱いでいるので、今は鍛え抜かれた筋肉が仰々しく輝いているけどな。


 今は俺の筋肉が虚無になるくらい、珍しい筋肉がやってきているようだが。


「にしちゃ、あんちゃんはお偉い方々に目をつけられているけ」


 俺は何百キロもの土が入った布袋を両肩にバランスよく、両手で数えきれない数を携えながら、兵士の言っている人物に目を向けた。


 一人は言わずもがな、マナミだ。

 マナミは本来見物にすら来ないようで、マナミが来たことによって無駄に士気が上がっているのだとか。


 更に追い打ちをかけるかの如く、もう一人位の高い者がいるおかげだろう。


「ワレェイの噂でもしていたのか?」

「いえ、滅相もない」

「そう謙遜するな。民あっての王であるが、王もまた民の鏡になるもの。ワレェイが居なければ何も出来ないほど、貴様らは腑抜けではなかろうに」

「はっ。エルリッシュ王が現場に来てくださり、光栄でございます。なはっ、わっちはより一層努めさせていただきやしゅ」


 訛り以上に訛った兵士は、王から逃げるように、他の兵士の士気を上げにいった。

 逃げた、と一目見てわかるが、現場監督の位である以上、俺だけに構っている暇はないのだろう。


 そして王の目先は、当然のように俺へと向くのだが。

 王は現在、着ていた布を腰に巻き、上半身裸の状態で輝く肉体美。

 明らかに未来を見据えて鍛え抜かれた筋肉、ついつい目を奪われそうだ。


「ふむ。クロジ、貴様も精が出ているではないか」

「有難いことに、この島での家造りを教えてもらっているからな」


 今は何を隠そう、家造りの手伝いをしているのだ。

 本来は俺の釈放条件だったらしいが、予想以上に俺に合いすぎているせいで、条件が釣り合っていないのだとか。


 この島の家の基本となる、土の壁……いわゆるレンガ造りから教えてもらえたのは、俺からすれば棚から牡丹餅だ。

 俺の世界の見解をこっちに持ち出してもいいが、できるならこの島でのやり方で生きていきたいのだから。


 言ってしまえば、その土地にあるものだけで作る方法を、俺は尊重したいと思っている。仮に俺だけが手押しポンプのようなものを作ったところで、この島の住人に整備できるかと問われれば、迷わず否と答える必要が出てくるのと同じだ。


 そんな生活の基盤を教えてもらえる喜びを噛みしめながら、俺は布袋を運ぶ。


 指定された位置に担いでいた布袋を置き、隣で同じ行動をする王を見た。


「ふむ、見たところ良き頃合いだな。皆、各々休息を取るがよい。この場はワレェイも務め、同じく行動しよう!」


 意気揚々と王が口にしたのもあって、兵士たちはため込んでいた息を吐き出すように、生気に満ち溢れていた。


 王の一言でここまで変わるのだから……エルリッシュが王国を収めている、その力がどれほど偉大なのか、傍にいるだけで理解できる。

 筋肉的には、王の筋肉が輝いているせいで嫉妬しているが、俺は俺の筋肉が一番だから安心してほしいものだ。


 休憩のために皆と少し離れた位置に座ろうとすれば、マナミが近寄ってきているのが見えた。

 また王も同じく兵士の負担にならないようになのか、俺の隣に腰を掛けている。


「王はあの円に混ざらなくていいのか」

「王が居ては、皆は心を、体と気を休めることなどしないだろう。活気に満ちる民に水を差すほど、ワレェイは落ちてると見えるか」

「エルリッシュは王でありながら、人の心を忘れていない善人だからね」

「……魔女にはそう見えるか」


 王はマナミの言葉にピント来ていないのか、少し言葉に詰まった様子を見せていた。


 俺が口を出していいのか分からない会話の中、マナミが葉の包み箱を渡してきた。


「これ。兵士から、王とクロジに、って」

「マナミ、ありがとう」

「兵士のやつらめ。北西の構築が終わり次第、しばらくの休暇を与えるか」

「兵士にとって、王の為に動けることが休暇でしょう。エルリッシュが王じゃなきゃ、王国は既に廃れていたから」


 まるでいくつもの未来を見ているようなマナミは、様々な憶測を考慮したうえで話しているのだろう。

 それでも王の評価が高いあたり、王を島の中でも特別に見ているのか……。


 俺はそんなことを考えながら、渡された葉を開けた。

 するとそこには、一粒一粒が白い星粒のような、真ん丸なおにぎりがあった。

 米は島に無いと知っているので、この粒は果実の種か何かで代用し、水で固めたものだろうか。


「ふむ。簡易食ながら、バランスの取れた形良いものではないか」

「栄養価が高そうな食べ物だな、これ」

「それは、ホシムスビ」

「ホシムスビ?」

「うん。果実の中で野菜に近しい種を水で浸して、ふっくらとした煌めきある白い種になったものを、ぎゅっと結んだもの」

「そんなものがあるのか」


 手間暇がかかってこそいるが、ここでは当然のような食事なのだろう。

 どちらかと言えば、時間の概念が無いおかげでお昼ご飯がないので、造り手にとっては途中の栄養補給として重要なのか。


 マナミの説明を聞き、俺は一口齧った。

 口の中に含めば、粒のように弾けて水分が溢れだしてくる。

 その水分は野菜のような繊維質でありながら、果実特有のほのかな甘み。

 粒を齧れば、じんわりと口の中に広がり、白米を単体で齧った時にある甘みそのものだ。


 ホシムスビと呼ばれているが、少し甘みのあるおにぎりに近しい。


「うまいな、これ」

「当然だ。兵士の知恵が編み出したのもあるが、島のものは全て、魔女が守っているからな」

「エルリッシュ、クロジの前ではやめて……」

「魔女め、珍しく照れておるではないか」


 照れてない、とマナミは言っているが、髪先を指で弄っているので誤魔化しているのは本当みたいだ。


 そんなマナミの表情は、俺の瞳の奥深くに刻むほど、初初しさを感じさせる愛らしさがある。

 ほんのりと赤くした頬、逸らす黄緑色の瞳、そんなマナミを凝視してしまう。


 俺がマナミを思わず見ていると、王はその場で立ち上がった。


「クロジよ。此度は(めい)を達成したとし、帰宅するがよい」

「急になんだよ」

「クロジは既に理解できたであろう。魔女の嫌う概念が無いからこそ、皆は幸せであり、時を噛みしめながらも、手を取り合うと」


 王が言葉足らずというよりも、俺に気付きを与えさせるための行動だったのだろう。

 国、そしてこの北西での現場を見ていれば分かるが、みんなそれぞれ、自分の時間を過ごしている。


 今思えば俺もこの世界に来てから、時間に追われるのは料理を作る時くらいで、それ以外は自由に筋肉と過ごしている方だ。


 ましてやマナミと居る時間、それを大事にしろ、と筋肉に言われて時間を思い出すくらいに。


「それに貴様はどうせ、この王国の造りが気になっていたのだろう。なら、存分に見て、共に働き己の手で盗んだものを、魔女の為に使うがいい。どうせ、そこの魔女は貴様以外眼中にないだろうしな」


 マナミ、と言ってマナミを見れば、完全に目を逸らしていた。

 マナミは珍しく会話が少ないが、男二人が上半身裸なのが目に毒なのだろう。


 ましてや栄光たる筋肉だからこそ、より光輝いているのかもしれない。


「エルリッシュ、ありがとう。でもクロジは私の召し遣いだから、王国には渡さない」

「そんな人類型兵器を渡されては、王国がもたん。それこそ魔女が一番理解しておるだろうに」

「クロジが私の傍にいれば、ドラゴンは試練じゃない限り、こっちに集中すると思う……」


 少し自信がなさそうにマナミは言っているが、その瞳は真っすぐだった。


「エルリッシュ王、感謝して今回は帰らせてもらうよ」

「ワレェイはいつも忙しいが、時が来たら王国に顔を出すといい」

「そうする、エルリッシュ。じゃあね」


 それじゃあ、と言って俺も立ち上がった。

 マナミと北西を後にしようとした時、後ろから声が聞こえてくる。


「其方らの働き、実に見事だった」


 そんな後押しとも取れる言葉をエルリッシュ王から受け取って、俺はマナミとの時間をどう過ごすか考えるのだった。


 帰宅の際、小さな手がずっと俺の手を握ってきていた。

 それはまるで、幼い寂しさを隠すように。

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