02 魔女からのささやかなプレゼント
放り込まれていた牢の中に姿を見せた少女は、間違いなく魔女だと筋肉が伝えてくる。
明らかに若い容姿。
何度見ても、何度凝視しても、幻影ではないのかと疑ってしまう。
右ワンサイドテールで、艶めきあるショートの黒髪。
宝石のように輝く黄緑色の瞳。
おどろおどろしい。そんな御伽噺で聞くような魔女の顔立ちはなく、優しさあふれる愛らしい顔立ちの少女だ。
一重で言えば、絶世の美女、と銘打っても違和感がないだろう。
動揺しているのか、うまく言葉が喉を出ない。
「……これが原因?」
後ろの兵士に聞いている『マナミ』と名乗った魔女は、この場で何を考えているのだろう。
魔女に触れるべきだ、マナミを探るべきだ、と筋肉は伝えてくるが信用しきれない。
筋肉を信頼、信仰してきたが、ここまで自我に溺れさせられるのは初めてだ。
魔女に関しては驚いたように……壊れて隣に貫通した壁を見ている。
出会うと知っていたのなら、頭を冷やす為にもう少し壁を食べておくべきだった。
まともな食事をとらせてもらえなかったのもあって、思考が鈍っていたのだろう。
「そんなにじろじろ見て、石みたい」
「っと、すまない。どうも、筋肉が魔女を求めている、黒次だ」
「話では……クロジ。筋肉にも名前を付けるなんて、転生したのは脳だけ?」
「いや、筋肉の名前じゃなくて俺の名前だ!! そして、魔女に恋をしたい存在さ」
「もう一度言う、私はマナミ。そして、さようなら、転生者さん」
「ま、魔女様! 使うなら先に――」
マナミが別れを口にした瞬間、見ていた世界が白い光に包まれた。
状況から察するに、俺の肉体は消し飛んだらしい。
消し飛んだ肉体から考えて、マナミは優しい魔女なのだろう。
確かに肉体は消し飛んだ。
だがそれは、肉体が消し飛んだだけで、俺の魂は筋肉を求める。
その逆、魂が筋肉を求めるように、筋肉も俺の魂を求めているのだ。
――魔女よ。確かに魔法は強いだろう。
だがその強さはこの筋肉には敵わないと宣言できる。
俺の真っ黒となった体の真後ろにぽかりと空いた壁の穴を見てか、マナミは兵士の方に振り向いていた。
「……兵士さん、この壁はあとで直すと王に。それと、原因は追究したとほう――」
「魔女、いや、マナミ。まだ話は終わってない。なぜなら、筋肉が魔女と話すべきだと言っているからだ」
俺はキリッとマナミに指を向け、もう片方の手を自身の唇に添えておく。
魔女に印象付ける機会なのだから、ダンディな刺激は必要だろう。
「さっき魔法を使ったはず。気のせい?」
マナミは振り向きざまに、先ほどよりも強力な光線のような魔法で俺を打ち抜いてきた。
全身を焦がすような熱さ、筋肉にとっては実にいい薬だ。
訛っていた体を動かすための燃料としては、さほど困らない、退屈しない魔女と見える。
「はい、これで終わり」
「誰が終わりだって? マナミに筋肉を拝ませるつもりは、今はない。言っただろ、俺は魔女に恋をしたい為に転生したと」
「……どうして生きているの? この島において、私以上の脅威になる存在は……消えて」
マナミは何度も魔法を向けてくるが、そんなに俺の筋肉を見たいのだろうか?
魔女が老婆、老害くらいを想像していたから、むしろ俺は困惑で困っているんだけどな。
想像と違ったとしても、マナミが魔女であることに変わりないなら助かる。
マナミが数十発目の輪郭を捉えるような魔法を放った時、俺は仕方なく、筋肉の助言に従って仕方なく、魔法を吸い込んだ。
この魔法、食えたものじゃないが筋肉が適用しているので、食えるものではあるのだろう。
「魔法も、食べた……なにこれ、私、見たことない」
「何、そんな謙遜するな。魔女になら筋肉はいつだって見せてやる。」
「……できればやりたくなかった、だけど、あの力を――」
マナミが他の手法を試そうとしたところで、俺は手を前に出して止めさせるように横に振った。
「ああ、それと俺がさっきから蘇っているのは、どうやら筋肉が魂を引き付けたように、俺の魂が存在する限りは筋肉が引き付けられるから無駄だ」
俺は元居た世界でも何度か死にかけたが、その度に筋肉の声を聞いた。
筋肉は何よりも信用出来て、何よりも愛すべき筋肉なのだ。
その筋肉を信用しているのは間違いなく俺だからこそ、筋肉は期待に応えてくれる。
実に素晴らしい、実に頼りになる筋肉だ。
魔女の場所に来られたのも、愛すべき導きがあってと言い切れる。
実際は俺が魔女に恋をしたいってほざいた結果、筋肉による誘導で殺されたのだが。
「はあ。私の魔法が効かないのは、あなたで二人目」
「それは光栄だ、筋肉も喜んでいるよ」
「……兵士さん、これは安全のため、えっと……召し使いとして私が預かる。原因判明の報酬として持って行ったと、王に報告しておいて」
兵士は「早く」とマナミにせかされ、牢の外から一目散に去っていった。
牢に居る際に聞いていたが、この世界の連中は魔女を恐れているのか?
兵士からは、魔女が来る、なんて怯える噂を聞いていたが、どう見ても良い魔女にしか見えない。
ただ単に魔法を向けてくる魔女を怖がるなんて、ここの兵士の教育はどうなっているのか。
兵士の足音が消えるのと同じくして、マナミはじっと俺を見てきていた。
まるで初めて見る生物を観察する、無垢で幼子のような黄緑色の瞳。
筋肉は魔女で興奮しているが、俺はマナミに興味が湧いてきそうだ。
「今後、あなたは私が預かる。だから、この王国内を出るまでは荒事を起こさないこと、いい?」
「だってよ、筋肉」
「あなたに言っているの……えっと……」
本当に『黒次』は筋肉の名前だと勘違いしているのか?
仕方ない、黒次が筋肉だとするなら、俺のこの世界での名前は……さっきマナミが言っていたのにするべきだろう。
「俺は、クロジだ。よろしくな、マナミ」
「普通に自己紹介できるの? 変わった人……変質者」
マナミは呆れているが、呆れることでもあったのだろうか。
その時、マナミが上目遣いで俺の顔をじっと見てきた。
「そう言えばあなた、何も食べてないの?」
「壁なら食べたぞ」
「壁は食べものじゃないし、魔法も食べ物じゃないの。……クロジに対して考えるだけ無駄。帰る前に、通りで食料の買い出し。お腹空いているでしょうし」
「マナミ、お前いいやつだな」
「ほら、そこらへんに捨てられたくなかったら、さっさとついてくるの」
道案内をしてくれるマナミは、おっとりとしているのに優しいのだとすぐに分かる。
「そうそう、一つだけ言っておくことがあるの」
「なんだ? ああ、筋肉ならいつだって見せるけど?」
「誰がいつ、あなたの話をしたの?」
筋肉の話かと思ったが、どうやら違ったようだ。
綿のように振り向いたマナミは微笑みながら、こう口にした。
「私――誰かに恋を許すような、優しい魔女じゃないの」
どうやら俺は、魔女に恋をすることを許されたみたいだ。




