01 魔女に恋をしたい筋肉です
――筋肉が呼んでいる。
この温もりを、魂は筋肉だと知っている。
何時間、何年、いや、何百年の時が流れたのだろうか。
俺こと黒次は、暗闇に閉ざされていた重たい瞼を持ち上げた。
「フルティンじゃねぇか!!」
広がる空には、御伽話でしか聞いたことのない翼の生えた獣。
大地の外に見えるは、大地の垣根を越えて広がる海。
運が良いことに、光を放つ球体が空に点在しているようだ。
瞼を上げて見渡したが、筋肉は知っている――今の俺は服一つ纏っていないフルティンだと。
――見た感じ、異世界に来れたみたいだな。
信じた筋肉が魔女の居る世界に導いてくれたのかは不明だが、魂と筋肉は引き合い、元の世に筋肉を置いてこずに済んだらしい。
信頼できる筋肉。素晴らしいものは筋肉だと、鍛え抜かれた筋肉は伝えてくる。
とにもかくにも、魔女を探すべきだろう。
「……筋肉よ、どこから探せばいい?」
筋肉は答えてくれない。
時に筋肉は照れ屋さんかつ、寝起きで不機嫌なのだろう。
致し方なく目を凝らせば、気絶していた位置から離れた場所に、王国のようなものが見える。
一つの建物を囲むように建てられた大きめの壁。どうやら、俺の生きていた世界と同じく、文明くらいはあるようだ。
筋肉が答えをくれないのだから、少しは自分の足で歩いたほうがいいだろう。
それにしても、あの中央にそびえたつ城のような建物、丸みを帯びたキノコ屋根――。
「よし! あの城は、フルティンキャッスルと名付けよう!」
中央に堂々とそびえたつ雄姿ある建物に、相応しい名前だろう。
世界に見惚れかけていた時、国らしき方から、二人ほどの人影がこちらに歩いてくるのが見えた。
運がいいとはいえ、今の俺は一糸すら纏っていない。筋肉は平気だとしても、この世界の住人の反応は不明だ。
悩んでいてもしょうがないので、俺はとりあえず近くの茂みにあった手頃な大きな葉を取り、ダンディな獣を覆い隠した。
葉っぱ一枚あれば問題ないとはよく言うが、まさか俺自ら実践することになるとは。
元の世界で生きていた時に比べれば、大きな葉があるだけマシと言えるのも皮肉なものだ。
ぶ恰好ではあるが、何も着ていないよりは安心だろう。
装備を整えた俺は歩いてくる人に駆け寄り、ある情報を聞こうとした。
近づいて分かったが、俺と同じく人間の形を持った存在であったのは好都合だろう。
「そこの人、すまん、俺は転生した者だ」
この二人、俺を見るなり固まっているが具合でも悪くなったのだろうか?
世界の気候は未だに不明だが、彼らが珍しい布地を着ているのを見るに、この世界の光は彼らにとって病気なのかもしれない。
「安心しろ、とって筋肉を拝めるつもりはない。単刀直入に聞く――この世界に魔女はいないか?」
俺が男らしい人の肩に手を触れたと同時、まるで落雷のような音がする銃を空へと発砲していた。
「きゃあああ!! 変態よ!! 兵を呼んでぇええ!」
「おい、そんなに騒がなくても――」
「ま、魔女様にも報告を!」
「魔女だと、なあ、この世界に魔女は存在するのか!」
結果として俺は、騒ぎを聞いて駆け付けた兵士らしき人物に取り囲まれた。
どうやら変質者として処理をし、牢にぶち込むらしい。
そんなに筋肉が見たいのなら遠慮なく見せてやるのだが、何が不服だったのだろうか?
筋肉のおかげで言葉を理解できたが、どうやら服を着ていなかったのもあって問題視されたらしい。
問題と言えば、転生者をほざいたとかで罪を重くすると、連れられる中で教えてもらった。
無理やり感こそあったが、一枚の布地で筋肉を隠されるのは困ったものだ。
「ここに入ってろ」
こぢんまりとした牢の中に、俺は投げるように入れこまれた。
牢と言っても、入れられたのは鉄製らしきドアに覗き穴が付いた場所で、完全に外との交流を遮断する気のようだ。
周りは……見たところ、特殊な石みたいなもので出来た壁がある程度だろう。
結局、牢には変わりない。
小さいものではあるが、外の光を差し込む、棒が何本かついた窓があったのは幸いだ。
お腹が空いたら……筋肉が望むのであれば壁でも食えば、飢えくらいは当分凌げるだろう。
――この壁程度なら素手で壊せるが、初日から揉め事を起こすのは良くないよな。
俺は悩んだ末、ドアの外に監視の気配を感じ、聞くことにした。
「なあ、この世界に魔女はいるのか?」
「貴様、閉じ込められた分際で何を言っている」
「俺はこの世界を知らない。あと、俺は魔女に会うために転生した! だから、教えてくれ」
「普通なら無理と言いたいが……黙ってろ、そして逃げるなよ」
鎧を身に纏った兵士は、俺の牢の中に紙みたいなものを入れこんできた。
見たところ、魔女は存在する、と感覚で分かる。
魔女の存在を確認できたのであれば、やることは一つだ。
「魔女に会わせろ!!」
「黙れ、囚人」
「魔女に、会わせろ! 筋肉がそう伝えているんだ!」
「馬鹿か。筋肉に口があるわけないだろ」
淡々と返してくる監視役、こいつ、やれる。
会わせてくれるまでは毎日叫ぶとして、とにかく調査が先だ。
いつの間にか筋肉は起きており、この壁が食えると言っている。
少しもぎとって食べたが、食べられないものだが食えるので、バレないようにすれば主食として食べられるだろう。
木を素手で折り、岩を砕く日課を欠かさないように筋肉としていた甲斐があった。
またこの世界、空にある天球が雲に遮られた時、世界が暗くなって月明かりのような天球に変わるらしい。
時間や天候の概念は監視役に聞いたが答えてくれなかったので、外に出てからの課題だろう。
必要最低限の確認を終えた俺は、ある一定の周期を理解してから、その度に「魔女に会わせろ!」と毎日十回以上は叫んだ。
監視役には申し訳ないので、月こと月光天球が差し込む頃に大きな声で叫んで、少しずつ壁を食う。そして、明るい光――太陽こと太陽天球が昇ったら仮眠をとるようにした。
迷惑だと言われたが、筋肉が夜に叫べと教えてくるので仕方ない。
そんな生活が体感で一か月くらい続いた時、ガチャリとドアが開いた。
「おい、変質者。絶島の魔女様がお見えだ。そこにとどまってお……何をしている」
「やっとその時が来たか。随分と待った回があったぜ」
ちょっとそこらへんに積みあがった瓦礫を足場にし、俺は魔女が出向くのを待った。
「……この人が、私を呼んでいた人?」
「どうも、魔女に恋をするためにやってきました、黒次です」
牢の中に姿を見せたのは、実に若々しい姿をした、少女とも言える魔女だった。
右ワンサイドテールのショートの黒髪。
愛らしさある整った顔立ち。
宝石のように輝く黄緑色をした瞳。
白い肌を隠すローブに、首元を見せないストールを身に着けている。
どこをどう見ても、俺が想像していた……いや、理想を遥かに超えた若い容姿をしている。
「私があなたの探していた魔女――マナミ」
マナミと名乗った魔女の柔らかな微笑みに、ついつい息を呑み込んでいた。
この瞬間が、待ちに待ち望んだ魔女との出会いだったんだ。




