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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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15 王に対しては強く出て、自我を主張するのが筋肉だ

 ――どういう状況だよ。これ……。


 俺は今、王の目の前にいる。


 まるで湯水のように溢れ出る王の仕事を前にして、もどかしい時間を受けていた。

 近くの兵士のやつには、王のお暇の時間に、と言われたが王に暇な時間はあるのかという話だ。


 筋肉に関しては王を見て血沸き肉躍っているのか、今を無駄に楽しんでいる。

 享楽主義とは言ったものだが、まさか筋肉がそっちのタイプとは。


 このフルティンキャッスルに閉じ込められるのは、時間が無いとは言っても些か不満だ。そもそも、マナミが話をしに来る、という話は聞いていないのだろうか、この蒼い瞳を持った王は。


「北西に向かった兵士への配給が足りていない。すぐに物資を手配し、北西に回せるものを集めて回せ。北東の筋肉はほっとけ、魔女の監視下だ、迂闊に手を出す真似はするな」


 もしかしてこの王、その筋肉である俺が来ていることに気が付いていないのか?


 国の全域を見渡せる王の座る玉座。内装は丸みあるキノコ頭の屋根をそのまま部屋にした造りだが、兵士が出たり入ったりで忙しないのを見ると納得性がある。


 そもそも、マナミが来ていないから気づいていないのか。

 マナミと来る予定だったのだが『あの果実おいしそう』なんてことをマナミが言って、果実に誘われたマナミとは王の場所で落ち合う話になったのだ。

 結果的に俺が先に来たが、意味ないだろ、これ。


 仕方ない、アピールだけでもしておくか。


 近くのやつが止めてきたが、俺は静止を振り払って一歩を踏みだした。

 丸みを帯びた内装に、足音が響き渡った。


「貴様がこのフルティンキングダムを収める王だな。安心しろ、忙しいのは承知だ、俺が今からより忙しくさせてやるからな」


 俺がでかい声で言い放ったおかげか、王は光沢ある灰色の逆立った髪を揺らし、こっちに視線を向けた。


 威光ある蒼い瞳は鋭く俺を睨んでくるが、それだけ筋肉が好きなのだろうか。

 今ならセルフサービスで、思う存分見せてやってもいいのだが。


 瞬間、王は身に纏っていた飾り気のない布の衣をなびかせた。


「忙しい? ……其方、ワレェイの前に一度も姿を見せなかった筋肉だな。魔女に恋をしたい、とふざけた現を抜かした愚者よ」


 ……ワレェイ?

 この王、もしかして王になれなかった王の類か何かだろうか?


 獣風情ならよく見たことはあるが、王の類は初めてだ。


「俺はクロジだ。その説は世話になったな」


 俺はそう言いながら、王の面前である玉座の前に歩んだ。

 玉座は少し高い位置にあるのもあって、見上げる形になるのは少々不服である。

 筋肉もマナミなら許したようだが、王を許す気は無いようだ。


 いっそのこと、玉座のある高台をダルマ落としの要領で吹き飛ばしたいが、マナミに消されかねないので避けるべきだろう。


「この国に汚らしい名前をつけるな」

「今更反応するのか?」

「ワレェイはこの『ラスト・エデン』の王、エルリッシュ。貴様は特別に、名を覚えて帰ることを許そう」

「安心しろ。許しを得なくとも、俺が許しているから問題ない」

「あやつ、随分と物好きなことだ。お前たちは一旦下がり、休息をとるがいい」


 王は俺ではなく周りを見ていたようで、俺を囲っていた兵士を散開させていた。


「クロジ、と言ったな。貴様を釈放した時に一度呼んだ、魔女めはどうした?」

(やっぱり、王に呼ばれてたんだ、マナミ)


 マナミに呆れるべきか、尊敬するべきか。

 マナミは時間こそ守らないが約束は守るタイプだと思うので、王も知った上で催促をしなかったのだろう。


「安心しろ、少ししたら来るそうだ」

「貴様も大変なやつに気に入られたものだな」

「俺がマナミに?」

「魔女めが何を考えているかは定かではない。だが少なくとも、貴様は魔女めの魔法にも耐えうる変態だ、栄光に思うがいい」

「変態じゃない、妄想信者だ。二度と間違えるな……お前も良い筋肉だな」


 布衣に体を覆われてこそいるが、あの王、なかなかの肉体美を持っているようだ。

 俺の先ほどから筋肉が血沸き肉躍っているあたり、布から溢れる筋肉を感じたらしい。


「なに。王あっての民であり、民あっての王だ。だが、ワレェイの持つ肉体に気付いたのは、貴様で四人目だ」

「安心しろ、別にとって食べる気はない。ただ、筋肉同士、話が合いそうだな」


 誘った愛も束の間、外の世界と遮断するように周囲を埋め尽くした光の宴によって、無二帰されたのだが。


 ゆっくりと、近づく足音。

 この軽さと周囲の魔法は、俺が一番間違える理由はない。


「つまらない話。クロジ、エルリッシュ。おまたせ」


 後ろを振り向けば、そこにはマナミが立っていた。

 少しばかり苛立ちを漂わせているのを見るに、王と筋肉の話をしようとしたのが不味かったか。


「この子は紹介されたでしょうけど、私の召し使い」

「絶島の魔女……いや、マナミ。ようやく来たか。そこの奴隷には、魔女めは時間嫌いだ、と教えていないのか?」

「クロジは知っている。だから、時間を作る真似をしないから許してる」

「時間の概念を生み出そうとした民をこと如く消し去った魔女めのことだ、冗談ではないか」


 この二人さり気なく、俺の死刑が目の前だった、って話をしてないか。

 王と気兼ねなくマナミが話しているのを見るに、二人の関係は不明だ。


 少なくとも、敵対関係でないのは確かだろう。


「魔女よ。こちらの事情は知っているだろう。北西への救済、助かっている。民、兵士に代わり、感謝の意を示そう」

「示さなくていい。私はただ、島を守りたいだけだから」

「幾年たっても変わらないな」

「……マナミ?」

「クロジ。大丈夫。エルリッシュとは会話をするだけ無駄だから、云いたいことを言えばいいの」

「王の眼前でそのような戯言を口にするのは、魔女かそこの筋肉……妹くらいだろうな」

(この人、妹いるんだ)

「あの子はまだ……。今日はその話をしにきたわけじゃない」


 マナミは暗く重圧のある声色を口にしたが、本人は気づいていないのだろうか。

 マナミの口ぶりからするに、触れることは許されない。俺は何となくだが、マナミと過ごしている日々でだいぶ理解できるようになった。


 マナミは一歩を軽く踏み出してから、王を見ている。

 揺らがない黄緑色の瞳。横目で見ている俺ですら、簡単に証明できるほどだ。


「それで、祈りは無事に済んだのか?」

「南西に、フィニス」

「……見間違え、ではないのだな? 南西にある『死の大地』と称したそこに、やつが」


 うん、とマナミは小さくうなずいていた。

 魔女が国に出向くのは珍しい、と国の人たちは言っていたが、あながち間違いではないようだ。


 俺が見ている限り、マナミは恐らく重要なことは王に共有し、それ以外は自分で対処しているのだろう。


 そして話に出たフィニス。南西の地で出会った影のドラゴンで、マナミが深く触れなかった話だ。


 マナミの立場であるのなら、南西に立ち入ることを禁じるか、今後の対策を口にでもするのだろうか。


「南西は我らも近づかん、魔女との契約だ。契約であるが、南西に黒い霧を見た、と言っていた兵から報告は先刻あった」

「南東にドラゴンが索敵を抜けていたけど……」

「南西の調、あやつの行動が進めば分かる話だろうよ」

「マナミ、なんの話をしているんだ?」

「……クロジに、話してない?」


 マナミはどうやら、俺に話したとばかり思っていたようだ。

 王が呆れたように肩をすくめているが、特別気にした様子を見せていない。いつものことか、と言いたげな様子にすら見える。


 俺はこの世界に転生してから、南西に行くのは初めてどころか、国を中心とした東西南北に建物が一つもない、見晴らしのいい台地なのも知らなかったくらいなのだから。

 実際、この宮殿内からその様子が一望できるだけではなく、国の周りを囲う壁が低めなのと関係性があるかなど、聞きたいことは山ほど増えている。


 筋肉は闘争以外に興味ないみたいだが、世界については少々興味あるようなのだ。


 興味というよりも、忘れていたものを拾う感覚に近い気もするが。


「ふむ。貴様、魔女めからはどこまで聞いている」

「この世界のことと、魔女の役割くらいだな」

「なるほど。この島に、魔女がもう一人いるのは知っているか?」

「知らん」

「魔女に恋をしたい、と叫んでいたやつに教えんとは、そこの魔女めは随分と貴様に恋をしているのだな」

「してないから。……クロジ、私の方から話す。この島には、魔女である私以外……この世界で最も原初に近しい、大魔女様がいるの」


 マナミの告白に、俺は息を呑み込んだ。

 魔女はマナミだけだと思っていたが、世界には島以外もある、と意味的に明言されたのもあるだろう。


 心躍るような好奇心に、俺はマナミをじっと見ていた。


「なら、少しばかり御伽話、実話を話すといい」

「ここは今エルリッシュだけだし、周りには見えないから、ちょうどいいかも」

「マナミ、よろしく頼む」


 俺のお願いと同時に、マナミは語るように大魔女について話し始めたんだ。

 無論、筋肉が一番没頭していたのは云うまでもないだろう。

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