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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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14 日々の狭間に、穏やかな日常を

 ドラゴンとの戦いを終えた次の日、俺はマナミから新しいベストを貰った。


「今度は、フィニスの……ドラゴンの攻撃を受けても、何度でも服は再生する」

「そりゃあ助かるな」


 マナミから受け取るなり、俺はベストを着用した。

 前開き、そして見える筋肉。

 実にフィットしつつ筋肉にストレスを感じさせない素材、魔女だからこそできる芸当だろう。


 特殊な布が使われているのはすぐに分かるが、逆に言えばそれ以外は不明だ。


「また、前を留めない……」

「俺の筋肉は隠れるのを嫌うんだ、理解してくれ」

「嫌」

「無理だ」


 どこに無理という権利が、と言いたそうなマナミはさておいて。


 俺は後ろのキッチンで火にかけていた鍋に目をやった。

 木製の鍋なのに燃えないのもあって、俺の居た世界よりも技術だけはやけに進んでいる気がする。


 もしくはこの島の土壌の影響もあって、燃えにくい木でもあるのか?


 疑問こそ持ちつつ、温まっていた鍋を手に取った。

 持ち手は案の定、熱い。


 熱いからこそ、鍋というものだ。

 火傷をしそうな熱さでも、魔女に恋をしたい熱く焦がれる想いと比べれば、これくらいは問題にもならない。


 ただ、手から脂が沸騰したような湯気が出ているが。

 テーブルの上に敷いてある、熱耐性のある丸いマットに俺は鍋を置いた。


 鍋の蓋が開いていないのもあり、マナミが幼子のように好奇心を見せてくるので愛らしいものだろう。

 マナミは魔女でこそあるが、そこはかとない幼さがあるから、心に薪をくべてくると言える。


「クロジ。これは?」

「米が見当たらなかったから、俺が食べて厳選した草の種で作った、特製(がゆ)だ」


 普段の朝はマナミが好きな果実を齧るところだが、今回ばかりは昨日の今日だ。

 疲れた体を優しく温める、粥を用意させてもらった。


 米だけではなく麦も使っていたと聞くし、程よい大きさの草の種で作っても同じだろう。


 俺は粥をお玉でお椀によそい、マナミの前に差し出した。

 マナミが手にちゃっかりとスプーンを持っているのを見るに、食べるのが楽しみ、なんて意思が少なからず読み取れる。


 俺は自分の分もよそってから、手を合わせる。


「恵まれし命に感謝をして、いただきます」

「いただきます」


 生きることへの感謝。それが、俺の生きた証だ。


 マナミは待ちきれなかったのか、スプーンで粥を掬い、軽く息を吹きかけ、冷ましてから口にしていた。

 ゆっくりと口に含んだマナミの表情には、目が細くとろけるほどの花が咲いている。


「どうだ?」

「美味しい。体、温まる」

「そうか、胸も温まると――」

「……変質者」


 俺、何か悪いこと言ったか?


 胸も温まればいい……気持ちから温かくなったら嬉しいな、って言おうとしただけなんだが。


 マナミは温かいものに、何か嫌悪感でも抱いているのだろうか。


 考えたところで、乙女心を知る由もない俺にとって関係ないことだ。


 筋肉はやけに上機嫌だが、俺が魔法で消し飛ばされて喜ぶとは、まさに神の所業の他ならない。


 俺は首を傾げつつ、粥を口に含んだ。

 以外にも水分をしっかりと吸っているようで、種は柔らかく、スッと口の中で消えては、ほのかな甘みを残していく。

 なんだかんだ、俺はこの島で取れるものが気に入っているみたいだ。


「クロジ」

「なんだよ」

「召し使い、ムスッとしない」


 マナミが名前だけを呼ぶ、そのパターンにもはや慣れたまである。


 そして直後、考えてもいない言葉を口にする。

 きっと魔女は、俺が予想できない言葉を投げてくるのだろう。


「それで。……クロジには明日、私の付き人……奴隷として」

「おいまて!? 今あからさまに言い換えたよな!」

「王に報告をしたくないけど、行く理由が出来たから、王国に出向くから」

「え、俺が、国にか?」


 頷くマナミは嘘をついていないようだ。


 聞き間違えかと思ったが、マナミは『王国に出向く』と言った。


 それはつまり、俺が国に近づかない禁を解く、と受け取れる。


「勘違いしてる。私となら、クロジは王国に入るのを許すだけ」

「さり気なく読むな」

「筋肉がニヤついてる」

「筋肉がニヤついてるってなんだよ! むしろ、今は筋肉に笑われとるぞ!」

「クロジは表情に出るの。それに、王国に近づいたところで、クロジはドラゴンと同じ扱いだから、離れないと永久的にその場で魔法が直撃し続けるから」


 恐ろしいことをサラッと言いつつ、マナミは粥を食べ進めていた。


 下手に国に近づこうものなら、俺の命は保証しない、とマナミは言っている。

 独占欲が強いのか、マナミの傍が島を守れる意味を形作っているのか、不明な点が多いのも考えものだ。


「だから、明日行く準備だけ、心の構えだけは整えておいて」

「そういや、王様ってどんな人だ?」


 王様の話はちょくちょく聞いていたが、俺は一度も会ったことが無ければ、目にした記憶もない。

 筋肉も共感し、頷くようにハリ艶を目立たせている。


「愉快で変わり者。その点はクロジと同じ」

「誰が変質者だ。俺はどちらかと言えば、筋肉信者だ」

「王様の名前は、エルリッシュ。民に愛され、民を愛する、島の王国を築き上げた最も古い王様」

「生きる伝説、って感じか」


 不意にマナミがお椀を差し出してくるのもあり、俺は粥をよそいつつ、マナミに訊ねた。


「……そういやマナミ、もしかしてだけどさ、前々から国に呼ばれていた、なんてことはないよな?」

「知らない」


 マナミはやはり、時間を守る気は無いようだ。


 時間という概念を作りでもしたら、俺の存在が消えるまでマナミに拷問的な魔法を受けさせられたていただろう。


 ドラゴンよりも背筋を凍らせてくるマナミは、魔女としての風格こそ見えないが、恐ろしいのは間違いない。それでも俺はマナミの優しさを、誰よりも知りたい、知っていると言えるようになる気だ。


「クロジ。今日は召し使いの課程が終わったら、自由にしてていい」

「やっぱり、マナミは優しいよな」


 ドラゴンとの戦いがあったのか不思議なほどに、のどかな日常だ。

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