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エピローグ 終了・日常にて①

 そこには光り輝く空間が広がっていた。


「――ここ、は……」


 薄目を開いた先にあるのは真っ白な天井。周りの世界から遮断させるように閉められた真っ白な間仕切りのカーテン。そして、開いた窓から吹く風でゆらゆらとなびく窓の小さなカーテン。

 その隙間からわずかに見える学園の校舎。一瞬どこかの病院かと思ったけれど、紛れもなくここは学園の校舎にある保健室だった。

 わたしは無事生きていてベッドで眠っていたようだ。


「やっと目を覚ましたか」

 窓の反対側に目を向けてみれば、アーネストさんが椅子に座っていた。目を覚ましたばかりだからだろう、まだ目がはっきりとしない。

 だからアーネストさんがどのような表情をしているのかは判らない。怒っていたら嫌だな。


「――アーネストさん……わたしを、助けてくれたんですか?」

「ああ、そうだ。やっとここの旧校舎に到着したかと思えば、なんだあの有り様は。講堂の部分にいたってはほとんど原形を留めていなかった。それに駆け付ければお前が今にも殺されそうってきたもんだ。予想以上に苦戦したみたいじゃないか。相手の魔術師、ロイドはそんなに強かったのか?」


 アーネストさんの話を聞きながら両目を擦る。

 少ししたところで目がはっきりとしてきた。目の前の人が情けない奴を見るような目をしていたらどうしようと思ったけれど、そんな心配はいらなかったみたい。

 安心出来るくらいに優しい目をしてくれていた。

 あの時と同じ優しく暖かい目。だけれど、アーネストさんにはあまり似合わない。


「ええ。強かったです、とても。死神の群れもそうでしたけど、鎌についても当然のように。それに全てを凪ぎ払うほどの衝撃波。あれは本当に危なかった。今こうして生きているのが不思議なくらいです。最終的にはこうして両腕もやられてしまって…………、おい」


 そこで気が付いた。

 気が付いてしまった。

 わたしの腕って切断されたよね。

 それなら――

 なんで両腕があるの!?


「アーネストさん! 腕が、腕が治ってるよ!」


 目覚めたばかりの目を輝かせながら、綺麗な両腕を眺める。

 わたしの腕。二本の腕。

 体温を感じる。義手じゃない本物。

 そして、つるつるな肌。

 ――あれ?

 ちょっと綺麗すぎやしませんか?


「ああ、腕が元どおりに戻って良かったな。しかし驚いたよ。おまえが再生の能力も持っていたとは」


 再生の能力?

 何ですか、それ?

 わたしは首を傾げる。


「わたしはそんな便利な能力を使用することは出来ませんが」

「ん? 何言ってるんだ。俺はこの目でしっかりと見たぞ。おまえの両肩からにょきにょきって腕が生えてくるのをな」

「にょきにょき!?」


 綺麗な両腕を再び眺める。

 背筋が震える。額から嫌な汗が流れてくる。

 え? この腕って生えてきたの? 繋ぎ合わせたのではなく?

 ……おっと、吐き気がしてきたぞ。


「ははは、冗談だよ、冗談。そんな顔するなよ。腕は俺が元どおりに治してやったんだ。綺麗なのはちょっとしたサービス。傷の目立つ腕のままだと嫌だろ」

「そうでしたか。お気遣いありがとうございます」


 アーネストさんってさりげなくすごいことするよな。だって繋ぎ目がどこだか分からないんだよ。

 まあ、凄いってのはいつものことだけどもさ。

 まさかあの欠損も完璧に治せるなんて。

 千切れた腕を、ね。

 ――にょきにょき。

 はっ、と首を横に振る。

 だめだだめだ、腕の話はもう止めて話を戻そう。


 ――確かにロイドくんは強かった。

 わたしがどれだけ必死に足掻こうと、さらにその上をいかれる。

 それに、そういう能力の強さとか関係なく、戦いにくかった。

 もしわたしの方が実力が上だったとしても、素直に倒そうと思えなかっただろう。彼はレンちゃんたちを襲い、ニコルちゃんも手にかけようとした死神の魔術師なのに。

 ロイドくんが戦う理由、ここでは信念とでもいうのだろうか。

 それは人それぞれだ。

 それはやはり、当たり前のこと。

 千差万別。一人一人が違う思いを持って戦っている。

 わたしにしても、アーネストさんにしても。

 そして、ロイドくんにしても。

 確かにこの世には、この世に存在する人間、動物、植物、そして世界そのものに悪影響を与えるような行動を起こす魔術師もいる。

 ロイドくんも理由はともあれそのひとりだった。

 でも戦いの最中、やっと打ち明けられたロイドくんの信念に、わたしは自分自身の信念を突き通すことしか出来なかった。わたしの夢を守るために、ロイドくんの夢を潰そうとすることしか出来なかった。

 それが、すごく辛かった。

 結局、最後には負けてしまったのだけれども。


「あっ、話が変りますけど、今日は何日ですか?」


 周りはカーテンで仕切られていたため、日付を確認するための物がなかった。だから、どれだけ眠っていたのか分からないのだった。アーネストさんは自分の腕時計を確認してその情報を伝えてくれる。


「六月三十日の火曜日だ。時刻は十二時過ぎだな。つまり一日とその半分の時間眠っていたわけだ」


 あの夜の戦いからかなり長い時間眠っていたらしい。


「そんなに眠ってたんですか。どうしよう。他の誰かに旧校舎を見られたりしてないかな……」


 あの戦いの跡を誰か見られるわけにはいかない。

 本来ならそれに関する後処理はわたしがやるべきことなのだが、わたしは今異能を使える状態ではなかった。

 そもそも万全の状態だったとしてもわたしには隠蔽の技術はない。結局のところ、アーネストさんに頼るしかなかった。


「それについては心配しなくていい。確かにあの講堂は少しきつかったが、なんとか元通り修復しといてやった。それに、今回のことはあいつから全部訊いたよ」


 あいつ、というのはおそらくロイドくんのことだろう。わたしが気を失った後、アーネストさんはロイドくんに会っていたということか。

 まあ、アーネストさんがロイドくんと会っていなければ確実にわたしはここにいない。

 それなら彼について訊いておくべきだろう。


「あの後、ロイドくんはどうしましたか? まさかおまえは少しやり過ぎたとかいって殺したりしてませんよね?」

「その心配はない。殺したりしてないよ。このテレジア市で起こる全ての事件において、おまえの意思を尊重する。だから、おまえの意思に反した行動は極力避けるようにしている。それに、おまえは言っただろ。ロイドを助けてほしいって。そうでなくともあいつが悪ではないと判断したら助けただろうけどな。もし悪なら一生涯魔術を使えない状態にはしていただろうけど。それ以上に、俺はおまえと約束をしただろ」

「約束……」


 約束。

 思い出す。

 あの時、初めてわたしたちが出逢ったあの雪の街で。

 確かにアーネストさんは言った。「もうこれ以上おまえの目の前で絶対に人を死なせない」と。

 決してロマンチックだと言えるような台詞でもなければ、そのような雰囲気でもなかったのだけれど。


「そういえば死神に襲われた人たちはどうなったのでしょう。この事件が終ったというのなら、襲われた人、レンちゃんは目を覚ましましたよね? ニコルちゃんも無事ですよね?」


 わたしは今にも泣きそうな顔をしていたかもしれない。アーネストさんの困ったような表情から何となく予想できた。


「大丈夫だ。心配するな。襲われた人たちは皆目を覚ましたよ。ただ、一部の人間は魔術機関に回収する必要があったけどな」

「そう、ですか。でも、ちゃん生きているんですよね?」

「ああ、生きているよ」

「本当に?」

「本当だ」

「嘘じゃないですよね」

「嘘を吐いて何の意味がある。レンちゃん含め、みんな無事だよ」


 ここまで聞いて、やっと強張っていた身体から力が抜ける。口元が緩んでははは、と微笑した。


「――よかった。本当によかったです」


 アーネストさんの約束に例外はなかった。

 魔術師同士の争いにおいてそれは本来あり得ないことなのに。


「アーネストさんは本当に凄いですね」


 羨ましい。その強さが。その力が。

 しかしアーネストさんは小さく笑って何を言ってるんだ、と言った。


「俺はただ自分に出来る事をしただけに過ぎないんだ。何も凄いことはない。俺にだって出来ないことはいくらでもある。今回だって実は他の数人に助力してもらってたんだぞ」


 この世で何でも出来るやつは神様くらいだ。あるいは至宝に選ばれた人間か、とアーネストさんは冗談半分に続けた。


「それに、俺だけの力で解決したわけじゃないことは分かっているだろ。俺はただの脇役で、主役は間違いなくおまえだ。おまえがいなかったら、おそらくこの事件は最悪な結果をもたらしていただろう。だから、おまえはもっと自分を誇っていいんだよ」

「そう言ってもらえると、とても嬉しいです。ありがとうございます、アーネストさん」


 と頭を下げた。

 アーネストさんは「何故そんなことを言うのか」と非常に困惑していた。

 皆生きている。

 死者は一人も出ていない。

 それは敵であろうと同じ。

 命を落とした者はいなかった。

 死神に襲われた人たち。

 レンちゃん。

 ニコルちゃん。

 ロイドくん。

 そして、わたし。

 無事に全部が終わったのだ。


「それでも言わせてください。アーネストさん、本当にありがとうございます」


 このときのわたしは満面の笑みだったに違いない。

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