第8話 勝利と敗北・その先にある希望②
道中、俺は一言も喋れなかった。
アーネストが黙々と校舎に侵入し、二階の保健室に向けて歩いていたのもあるが、それ以上に自分から話しかけるなど恐ろしくてとてもじゃないができなかった。
保健室に着くとアーネストはティアをベッドに寝かせ、治癒魔術による治療を始める。アーネストが手をかざすとティアの身体は薄い青色で包まれた。
旧校舎の講堂で切断した彼女の両腕をいとも簡単に接合した時も思ったが、この男は治癒魔術が専門の魔術師なのだろうか。
しかし、ティアの擬似魔術の属性は主に滅属性だった。おそらくティアに礼装を与えたであろうこの男も滅属性を主とするはず。とすれば、アーネストの主属性は水と滅なのだろうか。治癒といえば水属性の特徴の一つだから。
アーネストはティアの治癒に意識を向けている。
今なら不意をついて逃げることくらいは可能かもしれない。しかし、俺はそう考えただけで実行しようとは思わなかった。
俺はティアとこの男に敗れ、すでに諦めている。
そしてこの男になら――、ティアを想い、頼られるこの男になら。
今までの行為による罪を裁かれてもかまわないと心のどこかで思っているのだろう。
とりあえず、今はじっと待つことにした。
治療にそこまで時間はかからず十分ほどで終わった。
「――ふう、これで大丈夫だろう」
そう安堵の息を漏らすアーネスト。俺はその言葉が作業が終わったことを示しているのだと解釈した。
アーネストはティアに優しく布団を被せるとこちらに振り向く。
「さて、君が大講堂で言っていたことについてはティアの通信機越しに聞いたんだが、幾つかロイドくんに確認したいことがある」
言いながら俺を凝視する。
再び襲いかかるその威圧感で嫌な汗が流れそうになる。
もしここでアーネストを蛇に例えるなら、俺は間違いなく蛙だろう。
俺は訊かれたことに関しては全てを話すことにした。
――本当に惨めだ。
アーネストは続ける。
「君は妹であるエレナを救うためにここに来て『星座の魔術』を試みようとした。それは真実か?」
「はい。その通りです」
「そうか。なら、それを前提に話を進めていく」
そう言ってアーネストは近くの椅子に座った。君もどこかに座れ、と言われたので、俺も近くにあった椅子に座ることにした。
「ロイドくんは今までに使い魔を使役して多くの人を襲ったはずだ。まずはその者たちの共通点について訊きたい。俺はティアに被害者の共通点は全くないと言ったのだが――」
ああ、それで彼女は無差別に襲ったとか、恐怖心が何とか訳の分からないことを言っていたのか。
「実際のところ君が狙った者は皆、魔術師だったのだろ」
「……ええ、その通りです。この計画には複数の魔術師に生け贄になってもらう必要があった。生け贄と言っても死なせるわけではなく、ある特定の場所で全ての魔力を魔石という装置に注がせるだけですが」
「それが君のやろうとしていた魔術の前準備というわけか?」
「そうなりますね。ただ、ある魔術師が警察に死神がでたなどと言ったため、こんなに大規模な騒ぎになってしまったんですけど」
だからと言って専門外の警察がどうにかできるとは思ってなかった。死神という単語に関してはただの気の狂った者の妄想として片付けられるだろう。
それよりも、他の魔術師に気がつかれる危険性が高まったことは俺に少なからず焦燥感を植えつけた。
「なら、その魔術師は今どうしている? まさか見逃したなんてことは言わないだろ」
「その魔術師は三人目の生け贄にしましたよ。これ以上話を大きくされても困りますので」
思い返すとあの魔術師はなんとも魔術師らしくなかった。まさか保身のためとはいえ、表の世界に魔術という裏の情報を簡単に流そうとするものがいるとは思わなかった。
アーネストは俺の答えにふむふむ、と頷く。ただ「やはりそうか」という囁きだけは何かと気にくわなかった。
「その時、魔術師たちは魂が抜けたように昏睡状態に陥っていたという。ティアからも死神が魂を抜き取ったのではと聞いたが、どうなんだ。実際にできるのか? 今の俺が知る限り、そんな魔術を行使できるのは世界中を探しても知り合いの一人しかいないのだが」
そんなことは通常の魔術師ではできない。君がやったとは信じられない、とアーネストは言う。
「……拍子抜けするかもしれませんが、あれはただ死なない程度に魔力を根こそぎ奪った後、強力な催眠で眠らせ続けているだけです。俺が意図的に解かない限り、眠り続けます。彼女の友人、確かレンさんでしたか。その人もただ眠らせてあるだけなので命に別状はありません」
「だが、レンちゃんは魔術師ではない。何故襲うようなまねをした」
「理由は二つあります。まず一つ目はできる限り関係の無い他人を巻き込みたくなかったこと。計画を調べようとし、魔石を持っていった彼女が真相を知る前に、魔術という闇を知る前に対処しておきたかったんです。そして二つ目がティアさんの憎しみの対象になること。『星座の魔術』発動のためには膨大な魔力に加え、強力な魔術と異能が対峙する必要があった。その上で勝利し、敗者を媒体として魔術を発動させる」
「全てはティアと戦う為の布石だったわけか」
「そう考えてもらってかまいません」
次にニコルさんを襲うと言ったのも、ティアに逃げ道を無くさせるためだった。
それを聞いてからアーネストは気がついたように言う。
「そう言えば、君はレンちゃんが何故計画を探っているって分かったんだ。魔石を持っていったことも含めて」
「魔石が無くなった時点ではまだ誰が持っていったのか分かっていませんでした。ですので、その者を見つけるためにある魔術を使ったんです」
「ある魔術?」
「はい。特殊な膜で全身を覆い姿を見られなくするもの。元々は学園内に侵入するために使おうとした魔術でした。ですが俺の魔力に触れた者のみ俺の姿を察知でき、声も聴こえる欠点も持っています」
ついでにある程度の魔力を遮断してくれるため、自分の使い魔にもこの魔術をかけておいた。というのを付け加えてから話を続ける。
「ただ先程言ったような自分の魔力に触れた者には効果がないという欠点があったので、それをうまく活用しました。魔石には俺の魔力も含まれていますので。後は、まあ物凄く恥ずかったのですけど、口ずさんだりしながら街を歩き回りました。しかし魔石を持っていった者を特定する前に、別の人に見つかってしまいまして」
「それがティアだった、ということか」
俺は頷くと続きを話した。
「先ほどの方法で捜しながら学園内の構造を調べている時です。ティアさんが物凄い速さでやって来たんですよ。彼女にぶつかられた瞬間、姿を隠すために纏っていたものが消滅したんです」
それ以上に喉が潰れそうで恐かった。
「あの時は俺を殺るために来たのかと身構えましたが、授業の時間に間に合わせるための近道を走っていただけだと。ここの制服を着ていたことが幸いしたのか、そのまま俺が魔術師だと気がつかずに行ってしまいました」
それを訊いたアーネストは何故か「やはり役に立ったか」とわけの分からないことを囁く。
俺は無視して話を続ける。
「そのせいで計画を少し変更することになりましたけど。元々はティアさんと深く関わらず、学園を破壊するとかいう予告状を送ってティアさんと戦う予定でした。彼女がどれだけこの生活を大事にしているか、俺は知っていましたから。しかし、その後もいろいろ付きまとわれまして。何とかその場をしのいで距離をとろうとしたのですが、結局一緒に行動することにしました。うまくいけば魔石を持つ者についてティアさんから情報を聞き出せる可能性もありましたし」
アーネストはそうか、と頷いてから訊いてくる。
「それでティアは正直に全て話したのか?」
少し怒り気味だった。
ティアはこの恐怖にいつも耐えているのか?
だとしたら、すごい精神力だ。
「いいえ。そんなことはありません。ですが、ティアさんは俺の髪、普段は黒色ですけど、これを見てあることを言ったんです。自分の友人が珍しい髪の色をした外国人を見た、と。そこで確信しました。彼女の友人に魔石を持っていった者がいると。この学園って意外と外国人の生徒が多く、それらを見慣れている人の言う珍しい髪の色といえばその数はある程度絞られるんです。そこからいろいろ探って、目的の人物がレンさんだと判明しました」
「そうか。話が逸れるが、君の地毛はどちらの色だ」
「黒ですけど。死神の魔術を使う時のみ髪の色が銀になるんです」
それがどうかしましたか? とアーネストに訊いた。
「特に害はないだろうが、使い過ぎには気を付けろよ。元に戻らなくなる可能性があるからな」
「は、はい。わかりました」
この男は俺を気遣ってくれたのか?
よくわからない。
「それで?」
急にアーネストが訊いてくる。
「それで、とは?」
「レンちゃんが魔石の所持者だとわかった後だ。君はすぐに魔石を取りに行かなかったのだろ? そこに何か理由があるのか?」
「あるにはあります。一番の理由はティアさんの前から違和感なく消えるためですね。なるべく消えてからティアさんと戦うまで準備期間が欲しかったので。後は裏切られた時の衝撃をより大きくするためです。その時期をうかがっていたのですが、なかなか来なくて。そこで旧校舎の探索時に死神を最大まで強化させ、ティアさんと共に戦うことにしました。そこで負けて俺が連れ去られる、というのを考えていたのですけど。先にティアさんが殺されかけまして。さすがにここでティアさんに死んでもらっては困るので、捨て身で庇いました」
それでも想定内の結果ではあったが、あまり使いたくはない策だった。下手をすれば俺が先に死んでしまう可能性だってあったから。
だけれど、そうでもしなければティアさんはこれが芝居であるとすぐに見破ってくるだろうから。
少しの間しか行動を共にしていなかったけれど、それでも分かる。あいつの警戒心は常人のものじゃない。その目は俺の全てを見透かそうとしてくるかのようだった。
「ティアさんを庇って負けたため彼女は負い目を感じていたのでしょう。自分のせいで俺を傷つけた、自分がいなければ勝てていたかもしれない、と。ここが最後の機会だと思いティアさんの前から姿を消しました」
俺を探さないように書き置きを残して。
それに、あれ以上一緒にいれば、ティアを殺す時に躊躇してしまいそうだったから。
「……それからの一週間は充分な魔力を魔石に蓄えるのに使用しました。そして奪われた魔石を回収し、ティアさんを挑発して旧校舎へ誘き寄せました」
その後、ティアを戦闘不能まで追いつめることには成功した。そこまでは良かった。概ね予定通りと言えただろう。
だが最後までは出来なかった。
「これが、今回君がやっていたことなんだな」
「はい。間違いなく」
「そうか――」
アーネストは数秒の間何かに引っかかったかのように沈黙した。
問いかけが途切れたタイミングで俺からも質問をしてみる。
たぶん答えてくれはしないだろうけど、それでも訊いておきたいことがひとつあったのだ。
「その……俺からも一つ質問があるのですが。ティアさんの腕、あれはなんですか? うっすらと見えたあの断面。あれはまるで――」
と言いかけた瞬間、アーネストの冷たい視線が俺を貫く。
「ロイドくん。それ以上はいけない。君は今、口にしてはならないことを口にしようとした。その情報は記憶の奥底にしまっておくことだ」
「――は、はい」
その時点で俺はもう口を開くことができなくなった。
そんな俺の反応を確認してから、特に表情を変えることもなくアーネストは訊いてくる。
「話は変わるが、君の炎と死神の魔術は親から受け継いだものか? それとも独学か?」
なぜ今になってそんなことを訊いてくるのか。
それに、俺はまだ炎の魔術を使うなど一言も言っていない。まあ、ティアから聞いたのだろうが。
「どちらも違います。両親は普通の人でしたし、一から独学で身に付けれるような代物ではないことはあなたのほうがよく分かっているはずです」
言うと、そういうことかとアーネストは納得したように呟いた。
「それでは話を戻そう。これが最後。俺が一番訊きたかったことだ。『星座の魔術』を発動するための手順を言え」
アーネストは今までになく命令口調だった。
「はい、俺の知っている手順はこのようになっています……」
と、俺は素直に手順を説明することにした。




