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第7話 決戦・大講堂の死闘⑥

 それは一瞬の出来事だった。

 ロイドはたった一度の跳躍のみで奥の舞台上まで下がると咆哮とともに大鎌を大きく横に凪ぎ払う。

 空気を切り裂き衝撃の波が吹き荒れる。放射状に拡がる黒い波動。それは床も壁も呑み込み破壊する。

 ティアはそれを回避しようと壁伝いに天井付近までジャンプする。短剣を突き刺し下に落ちないようにしたが、それは無駄に終わる。

 攻撃の範囲が広すぎた。

 たとえ大きな講堂だったとしても、全てを飲み込むロイドの攻撃に逃げ場などなかった。


(どうすれば。どうすれば……)


 ティアは確認する。

 前後、左右そして上下。

 どこに行っても直撃は間逃れない。


(これで、終わり? ……そんなの、嫌だ)


 思考するも虚しく、ティアはその波に呑み込まれた。

 身体は吹き飛ばされ目も開けられず、どの方向が上なのか下なのかも分からない。

 轟音が耳を襲う。身体中が痛い。手足が裂けそうだ。


(何か、何かないのか)


 必死に考える。この波から抜け出す方法。手遅れになる前に。


(…………そう……だ)


 一つだけ閃いた。

 しかし、それは大きな賭けだった。

 一瞬たりとも気を抜けば取り返しのつかないことになるほどの捨て身の策だ。

 それでも――


(ここで終わるよりマシだ!)



          ◇



 ティアを直撃した黒い衝撃波は講堂だけで収まらず、直線上にある旧校舎、森林を巻き込み破壊しつくす。

 数秒の破壊行為の後、ようやく静止した。

 やけに静かだった。

 パラパラと小さな瓦礫の破片が落ちていく音だけが存在しているようだった。

 空間そのものを薙ぎ払うかのような一撃。

 砂埃の舞うなか、反撃の気配がないことによりロイドは思う。

 勝った、と。

 風で砂埃が払われる。ぐちゃぐちゃに破壊された講堂の半分はすでに原形を保っていない。

 そこでロイドは一つの疑問をもつ。


「あいつは、どこだ」


 目の前は崩れたコンクリートばかりで人の姿がない。ロイドの一撃がどれだけ凄まじかろうと、ティアが素直に跡形もなく消え去ったとは考えにくい。とすれば瓦礫の下敷きになったか。

 少しばかりの沈黙。辺りを警戒する。

 敵の生死が確認できないというのもある種の恐怖となるものだ。


(さて、どうするか。あいつのこともあるが、勢い余って魔法陣を壊してしまったからな。魔力が大量に漏れてしまっている。結界も一部が壊れているし。こちらの修復を優先するべきか。魔力も使いすぎて立っているのも限界だ。やはりあの一撃はやりすぎたかもしれない。それとも、今までの疲れが一気に襲ってきたか。でも、これで終わったんだ)


 そうロイドは安心する。

 前へ一歩踏み出そうとする。


(後は魔法陣を修復し、ティアの身体を探すだけ。これでやっとエレナを助け――)


 瞬間、ロイドの真後ろに気配が現れた。

 間違いない。これは。

 とっさにその場から逃れようとする。

 直後、びゅん! と風を切る音が耳元で唸る。

 横目で月の光で輝く一閃を確認した。

 それは刃物だった。


(――まさか!)


 頬に熱さを感じる。触れてみれば手に赤い液体が付着した。

 間一髪で致命傷を避けることができたロイドは、自分に目掛けて刃物を振り、切り裂こうとしている者の正体を捉える。

 服は既にぼろぼろ。身体中にできた切り傷からは血が流れている。


(生きていたか、ティア! しかし、どうやって俺の背後に回り込んだ。……ん?)


 よく見れば、ティアの背後で今まさに消えようとしている渦があった。

 それはまさに空間の捻れ。

 その奥にはうっすらと大量の武器が見える。


(まさか、あの空間を通ってきたというのか? しかし、以前はそのような使い方は安定せず、人が入るには危険だと言っていたはず。こいつはその危険を顧みずこんなまねをしたというのか)


 大鎌を瞬時にかまえ直そうとする。

 しかし、ティアはそれを上回る速度でロイドに猛攻する。

 完璧に気を抜いていた。


(くそ、くそ、くそ!)


 速い。速すぎる。

 さっきまでのティアの動きとは違う。

 まるで獲物を狩ろうとする猛獣のような。

 ティアの攻撃が止まる気配は一向にない。

 ロイドはこの時悟った。これが狩る側が狩られる側に変わる瞬間なのだと。


「何故だ! おまえの身体はもうボロボロだ。こうして動いているだけでも奇跡的なはず。一体何なんだ。何がおまえを動かしているんだ!」

「ロイドくんの言う通り身体中が痛いよ。もう諦めてしまいたいくらいに。でもね、わたしは……わたしはもう、大切な人を失いたくないんだ。あの時のような苦しみはもうしたくない!」


 その時、一瞬だけロイドにはティアが泣いているかのように見えた。身体の痛みではなく、心の痛みで。

 だんだんとロイドはティアの猛攻に押し負け、ついに大鎌を弾き飛ばされてしまった。

 殺られる、とロイドは身構えるが同時にティアの短剣も衝撃に耐えきれず砕け散る。

 すかさずロイドは新たな大鎌を紡ぐ。

 ロイドの手のひらに黒い渦が逆巻く。

 しかし、


「遅い!」


 大鎌を造り出す前にティアは叫びとともにロイドの胴に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


「――ぐあ!」


 その少女の身体から放たれたとは考えられないほどの重い一撃がロイドを襲った。

 まるで鉄の棒で殴られたかのような衝撃が走る。

 ミシッ、と響く嫌な音。数本の骨がやられたようだった。

 そのまま数メートル勢いよく吹き飛ばされる。

 地に転がり何度も瓦礫に身体を打ちつけるも、最終的にかろうじてロイドは倒れずに留まる。しかし、片足の膝をついてそこから立ち上がることはできずにいた。

 ティアは砕けた短剣を捨て、バッグからまた新たな短剣を二本取り出し最後の力を振り絞り駆ける。

 短剣の持つ両腕を広げる。

 ロイドは掌を地面に付け身体を支えている。

 ティアは勢いを付けロイドを狙う。

 殺す必要はない。気を失わせるだけでいい。

 ロイドは両方の掌を地面に付けたまま動かない。

 ティアは叫ぶ。


「今度こそ、終わりだ!」


 そうティアは確信した。

 しかし、ティアは軽視していた。ロイドの力を甘く見ていた。

 ロイドの口がにやりと歪む。

 彼の目はまだ死んではいなかった。


「――終わりなのは、おまえの方だ!」


 ロイドは瓦礫の中に両腕を突き刺す。

 そして、何かを掴み振り上げた。

 瓦礫の中から現れたのは二本の大鎌だった。


「――っ!」


 鎌は決して目に見える場所にしか作り出せないわけではない。

 ロイドはいつ、どこにでも大鎌という武器を作りだせるのだ。

 それはティアの腕を切断しようとする。

 大鎌を弾いたあの時、ティアはロイドの手のひらに黒い魔力が集まるのを見た。さらに鎌を精製するには二秒ほどの時間がかかる。

 そして杖の礼装を失った今、撃ち合いの最中に新しく死神を造り出すことは不可能。

 さらに、残りの魔力量から炎の壁を張って防御することもできないはずだ。

 おそらくティアはこれらを想定した上でとどめを刺しにくるだろう。

 その予想は見事的中した。

 ロイドがとった行動。それは地に伏したその瞬間、最後の儀式に必用な魔力を残した上で、瓦礫の中の見えない場所に大鎌を造り出すことだった。

 勢いをつけて飛びかかったティアはその身体の動きを瞬時に止めることができなかった。

 ティアはとっさに両腕の短剣を逆手に持ち変えロイドの大鎌を防ごうとする。

 しかし、結果は変わらなかった。

 ティアとロイドとでは圧倒的に力の差があった。

 戦闘の実力ではなくただ単純な力比べですらティアはロイドに遠く及ばない。

 二本の短剣が真っ二つに砕ける。

 続けてティアの細い両腕が裂けていく。

 内部の骨も同様にまるで柔らかいもののように断ち切られる。

 両肩から先にあったはずの腕が消え、代わりに大量の血液がまるで噴水のように噴き出す。

 言葉では表せないほどの激痛がティアを襲った。


「■■■■■■■!!!!」


 声にならない、獣の雄叫びのような悲鳴が響き渡る。ティアはそのまま倒れて動けなくなる。当然反撃することはできなかった。

 切断された傷口から噴き出す血液が止まることはない。

 どんどん意識が遠退いていく。

 身体中の感覚がなくなっていく。

 ティア自身にはどうすることもできなかった。


 レンちゃん。

 ニコルちゃん。

 ごめんなさい。

 必ず助けるって、必ずこの事件を解決するって約束したのに、わたしが弱かったばかりに守れなかった。

 絶対に戦いの中では死なない。昔にそう誓ったのに、それも守れそうに、ありません。


 アーネストさん、ごめん……なさ……い…………

 ……

 ………

 ……ロイド、くん。

 しん、じてる……から………


 そして、そのまま動かなくなる。

 ティアの意識は完全に途絶えるのだった。

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