第6話 決別・絶望の淵へ③
そんな感じで気分転換することができたわたし。
寮に戻り遅めの昼食を食べると、まずわたしの頼れるおじさんことアーネストさんに連絡することにした。
できればわたしの力だけで解決したかったけれどあの魔法陣を見る限り、わたしの手におえない事件の可能性がでてきたから。
念には念を。心配するに越したことはない。
さっそく自室に戻り鍵をかけるとベッドの下の隙間に隠してある目当ての物を取り出す。
直方体の鉄の塊。それには蓋などの開く部分はどこにも存在しない。
「――」
鉄にそっと手を当て一言呟く。
すると天面の中心から赤く変色し、まるで熔けていくかのように穴を拡げていく。
最終的に鉄の塊から蓋の無い箱へと変化した。
中には様々な魔術礼装が入っている。このように隠しているのも念のためだった。魔力の漏れも防いでいるためロイドくんのような魔術師に見つけられる心配もなかった。
その中からダイヤルのついている鉄の塊を取り出す。これは魔術版の通信機器のような物。科学による通信機器との違いは多々ある。
例えば小さくてコードがないため持ち運びができること、魔力の供給が続く限り使用できること、そして盗聴されないというメリットを持つ。
大きさについてはそのうち科学側が追い抜きそうだが。と言うより、世の中にはすでに携帯電話とか言う電波を用いた小形通信機が存在しているらしい。
数年後には一般的なものになりほとんどの人が持つようになりそうだ、とアーネストさんは言っていた。このままでは公衆電話の存在意義が無くなってしまいそうだけれど、どうなっていくのだろうか。
逆にデメリットとして二つで一組なので通信できる相手が決まっているというものがある。
わたしは魔術師ではないので魔力を込める必要のある礼装を使うことができない。だからアーネストさんが事前に細工を施してくれていて箱から出して十分間だけは使用者の魔力なしで通話できるようになっている。
どうも話によれば鉄の箱自体が魔力を精製していて、中の礼装へ魔力を供給しているらしい。
取り出した礼装をいじってから耳に当てる。
基本的な使い方は電話と同じだ。
「…………」
数秒待つと男の声が礼装から発せられた。
『こっちで連絡してくるってことは盗聴を警戒しているのか? 何か厄介な事に巻き込まれでもしたのかい?』
「まあ、そんなところです」
声の主はアーネストさん。わたしにとって現在一番頼りになる存在。
こっち、というのはもちろん礼装のことだ。
言ってたことも概ねその通り。わたしがこれを使う時は大抵こんな事情がある時なのだ。
「アーネストさん。今日の朝方にも連絡したんですけれど気づいてましたか?」
実は今日の朝に寮から出る直前、アーネストさんに連絡をとろうとしていたのだ。結局、アーネストさんは応答せずに時間切れ。魔力が底をついた。
『あの時はどうしてもでられなかったんだ。すまなかったな』
「……まあ、いいですけど。さっそくなのですがアーネストさん。少し聞きたいことがあります」
わたしはアーネストさんにテレジア市街で起きている事件、死神、そして巨大な魔法陣について一通り話した。ロイドくんのことは今のところ黙っておくことにした。
するとアーネストさんはふむ、と考える。
『だいたい理解した。それじゃあ、まずは死神について話す前におまえの勘違いを正しておくとしようか』
勘違い?
どのような勘違いをしているのだろうか?
『おまえはある魔術師が死神を使役してこの事件を引き起こしている、と言ったな。もしも、その死神が本物だと思っているようなら、その考えは今すぐ捨てろ』
「捨てろ、って。本物じゃないってことですか」
『ああ。死神を模したただの使い魔である可能性が高いだろうな』
「本物じゃなくて使い魔? それってたしか魔術師の手伝いをする妖精さん……?」
『妖精さん? 単に妖精だけが使い魔に分類されるわけじゃないぞ。例外はあれど、己の魔力のみで顕現させた使い魔を妖精と呼称する。後、手伝いなんて生易しいものじゃないぞ。多くの場合で絶対服従だ。今回の死神はそれを模した使い魔である魔物か妖精だろうな』
「そうですか……」
と答えるも、わたしには魔術について理解できないことが多すぎる。
「では、魔物か妖精っていうのは……?」
『魔物と妖精は同じ魔術で造り出したもの。おおまかな違いはその製造方法だ。妖精は先の説明の通り。魔物は現実に存在する生物・非生物を改造し使役したものを指す。一般的にはどちらも術者自身より強くはできず、そして複数同時に生み出すほどそれぞれの個体の能力は低くなる傾向にある』
とアーネストさんは簡潔に説明してくれた。
しかしなぜ死神が本物ではなく、それを模した魔物か妖精と言い切れるのだろう。
『目撃者やおまえ自身がそれを死神だと思ったのだろ。それなら少なくとも獣ではなく人の形をしているはずだ。一般に死神は動物の形ではなく人の形で知られているからな』
「それではわたしが目にした死神は偽物だった、ということですか?」
『おまえの話を聞くかぎりは、だ。それにもし本物だったとすればテレジア市はすでに壊滅してるだろう。死神に遭遇したおまえが生きている時点でそれは偽物。妖精か魔物か。使い魔の分類を考えるまでもない話だよ』
「そ、それは恐ろしいですね。では、その使い魔と旧校舎の魔法陣はどのような関係があるんでしょうか」
もしあれが偽物の死神を造り出すのだとすれば、すぐにでも潰しに行かなくてはならない。
『そう焦るな。使い魔は魔法陣と関係していないだろう。ただし半分だけだが』
「はい?」
『そうだな――』
アーネストさんは少し考える。
おそらくどうすればわたしにわかりやすく説明できるのか、が理由だろう。
『質問だ。まだ確定ではないが今回の事件が死神を呼び出した魔術師の手によって引き起こされたものだとする。ではその魔術師はなぜ街の人々を襲っている?』
「え、えっと……。精神、魂を奪って何かをする、ですか」
全く答えになっていなかったがアーネストさんは礼装越しでうん、と頷いた。それがどういう理由でなのかは知らないが。
『その何か、というのは置いておくとして精神、魂を奪う、と誰もがそう考えるだろう。それを魔力に変換し自分のものとすることができる魔術師は確かに存在するからな。そこで、魔力への変換という役割を担っているのが魔術師とする。なら使い魔、死神の役割はなんだ?』
「人の魂を奪うことですよね」
『そう。それが使い魔の担っている役割だ』
アーネストさんは一つ間をあけてから再び話し始める。
『では、もう一つ訊いてみるとしよう。あの魔法陣は何の役割を果たしているかわかるか?』
「それは……ずっと死神を顕現させるための儀式場のような役割があるのだと考えていたのですが、やっぱりわたしにはわかりません」
『そうか。しかし、そう考えてしまうのは無理もない。だがな、最初に言うべきだったのだろうが、その魔法陣は使い魔の召喚とは全く関係がないと俺は考えている』
「えっ、じゃあわたしの考えは検討違いだったってことですか?」
『使い魔の召喚に関してはな。だが、検討違いってわけでもない。半分は、と言っただろ。使い魔自体とはしっかりと関係しているだろう。魔法陣だが、その大きさがおまえの言っている通りならさっき言ったようにそれは使い魔を召喚するための物ではないはずだ。その死神が使い魔だったとしても、それを召喚するためだけに構成した陣だったならそこまでの大きさは必要ない。複数体召喚するにしても使い魔を大きくするにしてもそれに必要なのは陣の大きさではなく術者本人の魔力の量なんだ。魔法陣は魔術を行使するための言わばきっかけのようなもの。大げさに聞こえるかもしれないが、使い魔を召喚するための魔法陣などCD程度の大きさがあれば十分だ。であれば他に目的があるはず。例えば、魔法陣の役割を貯蔵と仮定する。死神に奪わせた大量の魔力をそこに集中させれば……』
一瞬アーネストさんの言葉が詰まる。
ここまで説明して何かに気がついたかのように。
『いや、まさかな。そんなことあるはずが……しかし場所が……』
一人でぶつぶつと聞き取れないくらい小さな声で何かを言うアーネストさん。そのなかで微かに聞き取れた言葉があった。
――まさか、被害者の襲われた位置は獅子座の位置と関係があるんじゃないだろうな。
確かにその通りだった。しかし、それはわたしがまだ報告していなかった情報だ。
「すいません。獅子座っていうのはわたしも考えていました。でもどうして分かったんですか? まだ被害者の襲われた位置も言ってなかったのに」
『聞こえていたのか? ああ、いや。何でもないんだ。気にしないでくれ。今からそっちに向かいたいところだが少し調べたいことができた。早くても一日はかかるかもしれない。着くとしたら明日の日が沈んだ頃だろう。何もするなとは言わないが、決して無理はするなよ。さて、もうそろそろ十分経つんじゃないのか? 一旦終わりにして、また後で連絡してくれ』
そう露骨に誤魔化した。
あと調べたいことってなんだろう?
「……わかりました。こちらでも出来る限りのことはやってみますので。何か分かり次第また連絡させていただきます。ついでに襲われた人たちの関連性と獅子座の位置の関係について調べておいてもらえると助かります」
そう言ってから応答を待ち、通信を切ろうとしたが、一つ余分な質問をする。
「――あの、アーネストさん」
『なんだ?』
「少し気になっているのですが、今いったいどこで何をしているんですか?」
少し、どころかとても気になっていた。
こうして連絡はとれたのだが、二週間ほど前に話をして以来アーネストさんと直接会っていないのだ。そして、その居場所も分からない。
アーネストさんはわたしの唯一の家族だ。今どこで何をしているのかくらいは知っておきたい。
わたしの問にアーネストさんは自慢気な口調で答える。
『場所は言えないが、やってることは単なる人助けと人探し。そして一人の女の子とデート中だ』
「……そうですか。わかりました」
もちろん男女が付き合う時の愉しい意味でデートという言葉を使っていないことはすぐに分かる。
あっちはあっちで何かに巻き込まれているのかもしれない。やはり簡単には言えないか。
『もう少しデートって言葉に反応してもいいだろうに。……あ、そうだ。こっちも聞きたいことがあるんだ。知らなければそれでいいのだが……』
そしてアーネストさんは一人の、わたしのよく知る男性の名前を告げる。
『ロイド・エルケンスという名の魔術師を知っているか?』




