第6話 決別・絶望の淵へ②
しばらくしてからわたしは旧校舎を後にした。
すぐ寮に戻り旧校舎の魔術が発動してしまうまでに対策を練るなり、武器の手入れなりをしたいと思っていたからだ。
だが帰る途中、体育館入口の前でニコルちゃんに見つかってしまった。
見つかったら全てが台無しになったり時間が足りなくなったりするような心配はないけれど出来れば見つかりたくなかった。
「ようティア。こんな所で何やってんだ?」
今は休憩中らしい。部員が床に座って水分補給をしているのが見える。
だが何故かとたんに騒がしくなった。
何を話しているのかは聞こえないけれど。
わたしはそれを気にせずに口にする言葉を探す。死神の魔術師について調査をしてました、なんて言えるはずもなく。さて、何をしていることにしようか。
「ただの散歩だよ。ちょっと暇だったから。それにいろいろな所を歩き回ったほうがロイドくんに会えるかな、って思って」
ひどい言い訳だ。
ニコルちゃんには言ってないが、ロイドくんはこの学園の生徒ではなかった。だから多分この学園にはいない。学園内をまだ調査しているのなら別だけれど。
「確かにそうかもしれないけど。流石に雨の日に散歩って……」
と呆れるような口調のニコルちゃん。
「でもおまえ、前よりだいぶ顔色がましになったな。よかったよかった」
このように心配してくれているのはわたしにとってとても嬉しかったりする。本当に感謝してます。
それじゃ、と言って早々と立ち去ろうとしたが、そう簡単に帰らせてくれるニコルちゃんではなかった。
「ちょっと待て! あたしが言いたかったのはそれだけじゃねえ。おまえどちらかと言うと暇なんだろ。どうだ、今休憩中なんだ。コート空いてるからちょっとあたしと勝負しないか?」
勝負はもちろんバスケだろう。
走ったりして激しく身体を動かすのは他の競技と変わらない。
元病人(そういう設定)になんてこと言うんだ。
すると体育館の中がいっそう騒がしくなった。
中で何が起こっているのだろう。わたしには想像できなかった。
というより、想像したくなかった。
話を戻そう。
勝負自体は悪くはない。やってみたいとも思う。
しかし、わたしは例の如くこう言わなくてはならなかった。
「遠慮しておくよ。激しい運動はしないようにってアーネストさんに言われてるから」
アーネストさんに言われてるから。
運動関係のことで誘われたときによく断るために使う逃げ口上だ。
しかし、先輩や顧問の先生の許可なしで誘うのはどうなのだろう。休み時間だからいいのか。それとも案外、既に許可を貰っていたりするのだろうか。
わたしが答えたとたん、奥からああ、という残念がるような声が多数漏れてくる。どうやらわたしがあの時やらかしてしまったことはこのバスケ部にも広まってしまっているようだ。
でも、見られたのは『足が速い』であって、決して『バスケがうまい』ではないのだけれどな。どこでそう変わっていったのだろう。噂は怖いモノです。
人の噂も七十五日だったか? 噂が次第に薄れていくのを待つとしよう。
……二、三ヶ月もかかるってこと? 長っ!
「そっか。そうだったな。また病気が再発して入院するとかなったらたまんないもんな。すまん、おまえがバスケしたくてしょうがないって言ってたからつい誘ってしまった」
と、ニコルちゃんは少し申し訳なさそうに答えた。
いえ、そんなことは言ってません。あなたの気のせいです。
「まあ、身体には気を付けろよ。これでもあたしはちゃんとおまえのこと考えてるからさ」
そう気を遣ってくれるニコルちゃん。
わたしは了解、と軽く敬礼をしてからその場から立ち去る。
――ことはできなかった。
「あ、そうだ。フリースローでの勝負ならできるんじゃね?」
ニコルちゃんはそんなことを言いだした。
それがあったか。盲点だった。
しかし、それなら身体能力は関係ないはず。
なら、やっても大丈夫か?
といってもわたしはフリースローなんて授業で少し練習した程度だし。
いや、駄目だ。何が起こるか分からない。
という訳でわたしは断ってこの場を去ろうと試みたのだが――
「ありがとうティア。よっしゃ、初めての勝負だ!」
最終的に押しきられてしまった。
バスケなんて一年ほど前にストレス発散のためにアーネストさんとしたくらいだ。しかし大丈夫だろうか。あれはドリブルさえすればあとは何でもありの危険極まりない戦いだったのだけれど。
しかしここから先、ニコルちゃんとの勝負において予想外なことやとんでもないことやアーネストさんに説教されるようなことは無事、起きることはなかった。
最初に数回練習させてもらうと運がよかったのかすぐに感覚をつかんだ。ついでにフォームの修正もしてもらい、それから本番。
結果は六回目でわたしがはずして負け。
当然負けるのは目に見えていたけど、なんだか悔しかった。でも、おもしろかった。
今まで血生臭い生きるか死ぬか、という勝負しか知らなかったわたしにとって、このようなお互いが笑って終えることのできる勝負は新鮮だった。
こんどこそわたしは体育館を去る。
バスケ部の部員たちに失礼しました、と言ってその場をあとにした。入口で手を振るニコルちゃんにこちらも応えてから寮に向かって雨の降る道を歩いていく。
後ろの体育館は休憩中の部員たちの楽しそうな声でにぎわっていた。
「――また、やりたいな」




