第6話 決別・絶望の淵へ④
午後七時頃、外は雨雲が広がっているせいかすっかり暗くなっていた。
さっきの会話を思い出す。
――ロイド・エルケンス。
今アーネストさんと一緒にデート、もとい保護中の女の子エレナ・エルケンスのお兄さんだという。
アーネストさんはロイドくんを探しているようで、もし知っているのなら縛りつけてでも逃げられないようにしておいてくれ、と静かな口調でそう言った。
もちろんロイドくんのことは知っているが、アーネストさんの言い様からわたしは言えるはずもなく、一言「知りません」と言うだけだった。
アーネストさんは身内に対してはとても優しいけれど、敵に対しては容赦がない。ロイドくんを探している理由によっては……、と考えると少しだけ時間が欲しいと思ってしまった。
その後もアーネストさんは何も教えてくれずに会話は終了した。
まあ、あっちにはあっちの事情があるから無理に関わろうとは思わない。それに、すぐに問題を解決してこっちに向かうって言ってくれたのだから、そのときにでも聞き出せばいいだろう。
今はこっちの問題に集中しよう。
そんなことを考え多数の武器を並べて手入れをしていた時だ。
こんこん、という音が聞こえた。
誰か部屋を訪ねに来たのかと思ったがそうではない。音の出た場所は部屋の扉からではなく、部屋の壁からだった。
隣の部屋、レンちゃんとニコルちゃんの部屋からだ。
音が鳴りやむと続けてニコルちゃんの声がする。
「ティア、いるか?」
壁越しだからはっきりとは聞こえなく確信は持てないのだが、何かいつもと雰囲気が違ったように感じた。
「いるよ、ニコルちゃん」
短くそう答える。
「そうか、よかった。訊きたいことがあるんだ。今からそっちに行ってもいいか?」
「えっと――」
隔離空間の倉庫の整理をするため、わたしの部屋にはそこから取り出した大量の武器が散らかっている。
それを見てから答える。
ニコルちゃんにこっちに来てもらうか、それともわたしがあっちに行くか。
こんなこと考えるまでもない。
もし見られでもしたらなんて言い訳をすればいいのか。
「ごめん。今ちょっと部屋が散らかってるんだ。だからわたしがそっちに行ってもいいかな?」
「うん、それでもいい」
やっぱりおかしい。
風邪でもひいたのかな?
「わかった。今すぐ行くから待ってて」
そう言ってわたしは部屋から外に出て念のために鍵を掛け、そして隣の部屋に行く。
鍵は掛かっていなかった。
「おじゃまします」
と扉を開けて部屋の中に入る。
ニコルちゃんはベッドの上に座り壁に背を預けていた。
レンちゃんは、いなかった。
「レンちゃん、帰って来てないの?」
ニコルちゃんはため息混じりに微笑する。
とても辛そうだ。
「よく、わかったな」
この部屋に入った時どこにもレンちゃんの靴がなかったことからこの部屋にはいないのではと思っていたけど、やはりどこかに行っているようだ。
そしてこの時間になっても帰ってきていない。
「ティア。おまえ、レンがどこに行ったか知らないか?」
「ううん。何にも」
わたしはただ、首を横に振るだけだった。
「そっか。ティアも知らないか。レンのやつどこに行ったんだよ」
普段ならここまで心配はしなかった筈だ。どこかに遊びに行ったんだろうと軽く考えるだけで済むだろう。
しかし今は状況があまりにも悪すぎる。
死神。魂を狩られる。
皆にとって死神は神出鬼没。どこで誰が次の被害者になるかわからないのだ。
少し熱かったので許可をもらってから窓を開けておく。そしてニコルちゃんの隣に腰をおろして、冷静さを装い訊く。
「レンちゃんは朝から一回もここに戻ってきてないの?」
「いや。ちゃんと帰ってきたよ。三時半くらいだったかな。あたしが部活から帰ってきて、その数分後に。でもすぐにどこかに行っちゃった」
「その時レンちゃんは何か言ってた?」
何でもいい。
些細なことが大きな手がかりになる可能性だってある。
しかし、ニコルちゃんは何も言ってなかった、と言うだけだった。
「どこか深刻な顔をしててちょっと声をかけづらかったんだ。でもさ、最近あいつ一人で何かしてるみたいなんだ。風邪で休んでた日も、あたしに何も言わずにどこかに出かけてたみたいなんだ」
「何でそんなことわかるの?」
と訊いてみる。
「昨日のことなんだけど、あいつが寝てる時にこっそり靴を見たんだ。そしたら、朝は綺麗だったはずの靴の底が何故か夜には泥で汚れてて……」
「わたしたちが授業を受けてる間に、レンちゃんは一人でどこかに行ってた、ということになるね」
わたしの言葉を聞いて、そうだよな、と呟くニコルちゃん。
「やっぱり、それがわかった時に止めるべきだったのかな? ちゃんと何をしてるのか問いただしとくべきだったのかな?」
わたしはそれに「だろうね」と一言で答えるだけだった。
死神はおそらくあの旧校舎に身を潜めていることだろう。この学園が危険なことに変わりはない。
ニコルちゃんはしゅんと落ち込む。少し相手の気持ちを考えない発言だったかもしれない。
「ご、ごめん。ニコルちゃんが悪いって意味で言ったんじゃないからね。それにほら、まだ何かあるって決まったわけでもないでしょ。そのうちふらっと帰ってくるよ」
そうだといいんだけどね、とニコルちゃんは力なく呟く。
少しの時間、沈黙が部屋を包み込む。
カチカチと時計の針の音が響く。
「――もう七時半だし食堂に行こ。そろそろお腹も空いてきたし」
そう切り出したのはわたしだ。
「もしかしたらレンちゃん、食堂にいるのかも」
ニコルちゃんはわたしの言葉を聞くとベッドから降りて立ち上がる。
「そうだな。ふらっと帰ってきてるかもしれない」
わたし達は部屋を出て一階の食堂へ向かうことにした。
二人静かに廊下を歩く。
階段を下る。
そこで、
「あ、ごめんニコルちゃん」
「え、なに?」
「わたしの部屋に鍵かけてくるの忘れちゃった。先に行っといてくれない?」
ニコルちゃんは黙ってわたしを見る。
無表情なのもあって何を考えているのか予想できなかった。
そして口を開く。
「――そうか。わかった」
その後、ちょうど近くを歩いていた友達と一緒に食堂へ向かったニコルちゃんを見送ったわたしは踵を返して歩きだした。




