第382話 切り札
目の前に迫る人影。煙幕のせいでシルエット程度しかわかりませんがその大きさは子供。僅かに包帯が横に伸びているのが見えるため、人間の幼子なのは間違いないでしょう。
「舐めるなぁ!!」
立ち上がった直後。煙幕による視界不良。たったそれだけで不意を突いたつもりか。そう言わんばかりにガレスは態勢が崩れた状態であの音速を超える拳を放ちました。
「ッ……」
彼の右拳は的確にその人影を捉え――はらりと解けます。煙幕の中から出てきたのは包帯でできた人形でした。そして、包帯の奥から本物のノンが左腕を引いた状態で現れます。
「は――」
包帯の人形に騙されたのは悔しいですが今度こそ、本物。そう確信した彼は右腕を突き出した状態のまま、左拳を放ちました。
「させねぇって言ってんだろ」
水が弾ける音。ノンの背中に隠れるように姿勢を低くしていたアレッサが前に飛び出し、両腕でガレスの左拳を後ろへ流します。その代償として無理な態勢でガレスの拳を流したからでしょう。彼女の体も後ろへと吹き飛んでしまいます。
ですが、これでノンの前に立ちふさがるものはなくなりました。
右腕も左腕も伸ばした状態にされたガレス。そして、そんな彼の前にはフリーなノン。一撃、もらう。そう確信した彼は奥歯を噛み締めて痛みに備えます。
しかし、ノンが次の起こした行動はまさにガレスにとって予想外なものでした。
「これを――見てください!!」
ノンは引いていた左腕を勢いよく前へ伸ばし、その手に掴んでいたものをガレスへと見せつけたのです。
「なっ」
突き出されたのは一通の手紙。開封していないのか、蝋でできた封に傷はありません。一見、ただの手紙であり、こんな戦場で相手に見せたところで何も起こらないでしょう。
ですが、相手が獣王であるガレスの場合のみ、この手紙は意味を持ちます。
「その、紋章は!?」
「僕たちは獣人たちを助けに来たんです! 信じてください!!」
目を見開き、思考が停止するガレスに畳みかけるようにノンは叫びました。精霊の国に出る際、もしもの時に使えと渡してくれたオウサマの手紙を見せながら。
「なんで、お前が」
精霊王の紋章が掘られた蝋。それは精霊王本人が渡したことに他なりません。しかし、彼女は精霊。今も世界のどこかにある精霊の国で騒がしい精霊たち相手にため息を吐いているでしょう。だから、こんな人間の子供に手紙を渡すわけがない。
『人間の子供が、家に帰られなくなった。頼む、力を貸して欲しい』
偽物に決まっている。そう、結論付けようとした頭に前回の種王会議で珍しく出席した精霊王の言葉を思い出しました。確か、その人間の名前は――。
「ノン?」
「はい、ノンっていいます!」
少しずつ沸騰していた脳が冷却されていくのがわかります。そして、闇魔法による煙幕が晴れ、砂浜を見渡しました。
「いてて」
「アレッサさん、大丈夫ですか!?」
「ええ、なんとか」
そこにはガレスの拳を後ろへ流した反動で吹き飛んだアレッサとその傍で心配そうに支えているミア。その近くにいつでも矢を放てるように弓を引いているグレイクと大槌を構えるアゼラの姿がありました。
「……」
彼らは人間と獣人。この数年、魔族との戦争により、交流はほぼなくなった種族同士です。特にケレスカ大陸で人攫いの噂が流れてから獣人たちは人間に少なからず思うところがあり、あのように力を合わせて戦うことなどしないでしょう。
しかし、アレッサたちからは決して軽くない絆があるように見えました。
「船の中に先月攫われた獣人たちを保護してます! お願いします、僕たちの話を聞いてくれませんか!」
「……わかった」
そして、目の前に立つ人間の幼子、ノンの必死な様子を見てガレスは突き出していた両腕を降ろしたのです。
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