表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/97

第94話 静寂の重圧

公開でのヤマト長老会議が始まった。

長老たちがそれぞれの意見を出し合う中、阿蘇の大巫女が動く!

そして、ついに唐古の長老が口を開いた――


金玄基(キム・ヒョンギ)は、息を切らせて木の国の詰め所に駆け込むと、一目散に木の国の彦尊の前に平伏した。


「彦尊!……若様が……」

「……存じておる」


彦尊のその言葉に、金玄基は絶句した。

木の彦尊は、盃をあおった。


「だがの、今は勝負所じゃ……。情は捨てよ……」


「で……ですが……彦尊にとっては、たったお一人の……」

「――なれば! 親の大事な時にむざむざ死ぬような不孝は、すまい……」


酔っているからだろうか。木の彦尊の目は座っていた。

金玄基は視線を落とし、床についた両の手をじっと見つめた。


(そんな……)


後を付いて駆けてきた従者は、頭まで擦り付けて平伏している。

金玄基は、その男を振り返り、そっと囁いた。


「……私の家に、妻と義母(はは)がおります。義母には薬草の知識もあり……」

「あ、それは。既に、お手をお借りしております……」

「そうですか……ご無事のご回復を、祈るばかりです……」


その男は、上げた頭を再び深々と下げると、足早に詰め所を後にした。

木の彦尊は、その従者が見えなくなるまで、無言で見つめていた。


「……それより、玄基」

「はっ」

「情勢は、いかがじゃ?」


金玄基は深々と平伏して言った。


「辺りを巡り、訪ね歩きましたところ……我らを支持する者、六から七割程度かと」


木の彦尊は大きく仰け反りながら、安堵の声を漏らした。


「左様か。……阿波の猿知恵も、さして影響なかったと見ゆる……」

「ははっ」


だが、金玄基は床に頭を着けたまま、思った。


(もし勝ったとしても……この方について来る者が、あの六割五分の中にどれほどいるだろうか?)


    ※


その日は日暮れから――


纏向(まきむく)の演壇には、ヤマトの地の九長老が顔を揃えていた。

掖邪狗(えきやく)は壇上の端から声を張り上げた。


「これより、どちらの案が通っても影響のある、ヤマトの地の長老方のご意見を伺う」


言い終わると、掖邪狗は長老たちに深々と頭を下げ、舞台袖へと姿を消した。

すると、纏向の長老は、ゆっくりと立ち上がった。


「我ら纏向は……両者の案に協力する用意がある」


――おお……


観衆がざわめいた。


「……ただし! 都を置くならば、ここ、『纏向』でなければならぬ」


その言葉に、他の長老はこっくりこっくりと頷いた。

唐古(からこ)の長老を除いて――この日もやはり、目を閉じて腕組みをしている。


「何故ならば、この地は水嵩が増すと湖の底になるのじゃ。

 纏向ならば滅多に沈まぬ。もし水が来ても、逃げる山もある。それが理由じゃ」


言い終わると、纏向の長老は着座した。

次に立ち上がったのは、葛城(かつらぎ)の長老だった。


「我ら葛城は、大王を推す木の国の案を支持する!

 我らは神代より大恩ある身……大王を裏切ることはできぬ!」


「右に同じ!」と立ち上がったのは橿原(かしはら)、柳本、そして蘇我(そが)の長老だった。

橿原(かしはら)の長老だけは「ただし!」と声を張った。


「我らの祭祀は、これまで通り続けさせてもらう。それが条件じゃ」


――パチパチパチ……!


観衆から拍手が沸き起こった。


次には和爾(わに)布留(ふる)佐紀(さき)の三長老が一斉に立ち上がった。

声を発したのは、和爾の長老だった。


「我らは、都建設に異を唱え、木の国の案に賛同する。

 ただし、この地に都を置くならば、どちらの案にも賛成しない」


布留の長老が続いた。


「ヤマトの地に都を置くなど無理じゃ。地所の問題だけではない。

 先ほど纏向の長老が仰ったように、水の問題が大きい」


さらに、佐紀の長老も続いた。


「伊勢の方々は『大和湖を埋め立てる』と言うが、途方もないこと。出来るはずがない!」


言い終わった三長老が着座する。


――それでよい!


会場は拍手喝采であった。


纏向の長老は、唐古の長老をちらりと見やった。

唐古の長老は依然として、微動だにしない。

纏向の長老は群衆に顔を向けると、和やかに笑んだ。


「此奴は、いつもこのとおりでしてな……」


――ワハハハハッ!


観衆から一斉に笑い声が上がった。


    ※


台与は、長老たちの話を演壇の袖から見つめていた。

だが、この時に至って、がっくりと膝を落とした。


「……ダメですか……」


隣では、水惟(すい)が腕組みをして唸った。


「う〜ん……掖邪狗さんが作った掟が裏目に出ましたね……」

「我のせいかよっ!」


掖邪狗が振り返って水惟を睨みつける。

ルナが台与の肩に手を置いて言った。


「気を確かに……。纏向は『都が纏向なら良い』と言っています。

 最後に立った三長老は、水利の心配をしている……ならば、説明すれば済むことでは?」


その言葉に、台与は顔を上げ、ルナの目をじっと見つめた。


    ※


金玄基は、演壇前の広場から壇上を見上げていた。

その隣には、木の彦尊が腕組みをして座っている。

その耳元で金玄基は囁いた。


「『大王をこの地にお招きする』方針を取り下げれば、八人から同意が得られます……」


木の彦尊は即座に、語気を荒げて囁いた。


「……それでは、意味がないではないか!」

「ははっ……」


金玄基は向き直ると、黙したまま壇上を見つめた。その時だった――


――ハハハ! ハハハハッ!


会場のどこかから、笑い声が一つだけ浮いた。


「……誰じゃ?」


纏向の長老が、観衆を見渡しながら尋ねた。

すると、笑った男がゆっくりと立ち上がった。金玄基は目を疑った。


(――お義父さん!?)


カイは自分の尻についた土を払い落とした。

後から続いて立ち上がったのはタケノオだった。周囲を気にしている。


(……お義兄さんも?!)


カイは薄笑いを浮かべたまま、佐紀の長老を指差した。


「……さっきの……あなた! 少し土木を勉強したほうが良いですよ!」


「なにを……?」

佐紀の長老は唸った。

カイは両手を広げた。


「前もってこの辺りを調べさせてもらいました。やって出来ないことはないですね!」


    ※


演壇の袖では――


掖邪狗が呟きながら駆け出した。


「誰だよ……厄介だなあ……」


    ※


会場では――


佐紀の長老がカイに食いついていた。


「どのようにするのか?」


「『出来る』ということだけ、ご承知おきください。その場合、どのようなご意見か、お聞かせ願いたい」


言い終わると、カイはゆっくりと腰を下ろした。

タケノオも続いて座った。


壇上では、佐紀の長老がカイを見据えながら唸り続けていた。

纏向の長老は黙したまま佐紀の長老を見つめていたが、

おもむろにカイに目を向けると、静かに言った。


「この地の水は、扱いが難しいのです。雨が少ない。降ってもすぐ流れ下ってしまう。

 畑に撒く水くらいは湖に汲みに行けるが、それも無くなってしまうとなると……」


そこに、和爾の長老が割り込んだ。


「我らの飲み水と、田畑の水を確保できることが条件じゃな」


布留の長老は、纏向の長老を覗き込んだ。


「我らは、纏向との繋がりを断たれると困る……。なあ、汝はどちらなんじゃ?

 大巫女様のほうがよい、と申しておらなんだか?」


――ワハハハ……


会場から小さく笑い声が上がった。

纏向の長老は眉を下げたその顔を、布留の長老に向けた。


「『大王か都のどちらかなら”都”』と申したのじゃ……。あ、皆の衆に告げておくが……」


言いかけると、纏向の長老は会場を向き直った。


「我らは本音を言い合えるうちは割れるが、一度決まったらまとまって行動する。

大巫女様の伊勢案が通っても、大王の木の国案が通っても、我らが戦を始めることはない」


長老たちが揃って頷く。

その間も、唐古の長老だけは、ずっと目を閉じたままだった。


佐紀の長老は、声を高くして言った。


「では、今のうちに本音を申しておこうかの!」


だが、すぐに真顔に戻り、睨むように会場を見据えた。


「我らは大巫女様の伊勢案に賛成じゃ。淡海(おうみ)との繋がりも大事ゆえ……」

「右に同じ!」と声を張ったのは、和爾の長老だった。


布留の長老は心細そうに呟いた。


「和爾との繋がりも我らには大事じゃ……なあ、纏向の……?」


会場は再び静かな笑いに包まれた。


    ※


台与は、舞台袖で成り行きを見守っていた。

ルナが耳元で囁く。


「ほら。都を纏向に置けば、こちらに四票入りますよ……」


水惟が続けて呟いた。


「ずっと黙ってる唐古の動向が気になりますね……」


台与は無言で水惟を見つめ、頷いた。


その時だった――


「コトン」という音がした。

台与が振り返ると、阿蘇の大巫女の湯呑が床に置かれていた。

それまでずっと白湯をすすっていた大巫女は顔を上げ、一点を見つめていた。


「あらよっこいしょ……」


と言いながら、阿蘇の大巫女が立ち上がろうとしていた。

ミズハが肩を貸そうと近づく。

だが、阿蘇の大巫女は構わず歩き出し、演壇と袖の境目に一人、たたずんだ。


    ※


木の彦尊は低く唸り、拳を握った。


「おのれ……どいつもこいつも食えぬ奴らよ……」


金玄基は黙したまま、彦尊にちらりと横目を向ける。

だが、すぐに演壇に視線を戻した。


(ここからは聞き逃せぬ……)


ところが、木の彦尊は


「……ふん、下らぬ。どいつもこいつも泥の話ばかり……理想というものがない……」


そう呟くと立ち上がり、金玄基に囁いた。


「我は詰め所におる。動きがあれば知らせよ」

「ははっ!」


金玄基が小さく返すと、彦尊は足早に去っていった。


    ※


来ぬ国の王・クニトラは会場の端から、群衆に紛れて演壇を見据えていた。

黙したまま、しかし、その眼差しが他へ逸れることは一切なかった。


ウヅ改め羽越の大将は、固唾を飲んだ。

時折、周囲に気を配る。

だが、クニトラが視界を横切るたび、その鋭い眼光に魅せられた。


(一見まとまりのない長老たちの会合に、一体何を見出そうとしているのか……?)


    ※


唐古の長老は、ゆっくりと目を開けた。

ふと、脇を見やる。

舞台袖には、立ったままこちらを見つめる阿蘇の大巫女がいた。


「……大巫女様……」


目が合った。

唐古の長老は、大巫女を見つめ続けた。

阿蘇の大巫女もまた視線を逸らさず、こちらをじっと見つめている。

お互い黙したまま、しばらくの間、見つめ合った。


    ※


その間にも、長老たちの話し合いは続いていた。

纏向の長老は淡々とまとめた。


「……つまり、我らは

 ー、我らの地で争いを起こさない

 ー、これまで通りの暮らしを保証する

 一、各邑、個別に出した条件が保証される


以上が満たされれば、大巫女様でも、大王でも受け入れる。

……ということでよいかの、長老方?」


「――異議なし!」


他の七名の長老は強く頷いた。だが、一人だけ――



「――異議あり!」



声の主は、唐古の長老だった。

纏向の長老はゆっくりと顔を向けた。


「ようやく、なにか言う気になったかの……?」


言い終わるや否や、唐古の長老は強く声を張った。


「その決定を――拒否する!」



他の八名の長老は目を丸くして、唐古の長老を凝視した。

にわかに会場がざわめく。


「今までの話はなんだったのじゃ……?」

「……なんじゃ、拒否とは?」


纏向の長老は、両手のひらを下に向け、会場の群衆に顔を向けた。


「ああ、今のはの……この地の長老会議のやり方でな。

 オオヤマトの四長老には特別に、拒否権があるのじゃ」


そこに、葛城の長老が纏向の長老に尋ねた。


「……だが、あまりにも理不尽で、受け入れられない場合に限るのでは?」


その言葉に、会場がにわかに沸き立った。


――どこが理不尽なんじゃ?

――乱用ではないのか!

――理由を述べよ!


纏向の長老は両手を上下させながら、立ち上がった。


「静かに! 落ち着け、皆の衆!……もちろん、理由を言う必要はある」


纏向の長老は唐古の長老に目を向けると、静かに言った。


「……話してくれるな? 唐古の……」


唐古の長老は黙したまま纏向の長老を見据えていた。

だが、やがて沈痛な面持ちで視線を落とした。


    ※


ウヅは見逃さなかった。

覆面から覗くクニトラの眼が鋭く光ったことを。


ウヅは、周囲を取り巻く兵士たちに目配せをし、強く頷いてみせた。

クニトラの周辺にだけ、緊張が走った。

兵士たちは、剣の(さや)をしっかと握った。


    ※


台与は、舞台袖から演壇を見つめていた。


「……拒否権……」


隣からルナが呟く。


「数だけではないのですね……」


ちらりと横を見ると、阿蘇の大巫女は膝を折って座っていた。

演壇の長老たちをじっと見つめている。

だが、不意に目線を下げると、


「ふっふっふ……」


と声を漏らした。

台与は阿蘇の大巫女の肩越しに、その横顔を凝視した。



辺りはすでに暗くなっていた。

篝火(かがりび)の灯りだけが、演壇と群衆を照らしていた。

纏向は、闇と緊張と沈黙に包まれていた。



お読みくださりありがとうございました。

私も、カイお義父さんのご指摘を真摯に受け止め、本作の改善に努めて参ります。


意図的に「拒否権」という言葉を使っていますが、国連安保理を批判する意図はありません。

当時の言葉での類義語を見つけられませんでした……。

もしかしたら、『あかんがな!の理』とかいう言葉が存在していたかもしれませんが

纏向の長老「大倭の四長老には特別に、『あかんがな!の理』があるのじゃ」

……分かりにくいですよね?


それよりも、大和盆地を徹底的に開発困難地域扱いにしていることのほうが重大です。

この点は、本作全体のテーマでもあり、後で解決されます!

主人公サイドが肥沃な土地を得て、あとは無双……という話にしないための「縛り(制約)」でもあります。

今しばらくご忍耐いただければと思います。


次回「第95話 本音の地平」

ついに発動された、唐古の長老の『Veto(あかんがな!の理)』。

静寂を破り、彼が語り出した「ヤマトの真実」とは……?!

(木曜20時ごろ更新予定です)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ