表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/97

第82話 鉄と血と

水惟から渡されたナギサヒコの手紙――しかし、伊勢の大巫女の裁定は……

金玄基は来ぬ国の動向を伝えた。一方、ナカツヒコは新羅で鉄の話をしようとするが……。

そして、ついにヤマト王権誕生の瞬間を迎える――


翌朝、難波津・森ノ宮の館では――


伊勢の大巫女を中心に、朝会が開かれていた。


大巫女はもちろん、御簾を垂らした向こう側の上座にいる。

大巫女の右手、筆頭の座に台与、次いでルナが並ぶ。

左手には、伊都から戻った水惟(すい)が座し、その隣に久米(くめ)金玄基(キム・ヒョンギ)はその末席に控えていた。


最初に口を開いたのは、水惟だった。


「台与様。ナギサヒコ王から文を預かって参りました。

 あくまでナギサヒコ王のご見解と思し召しください。

 台与様からのお文を、阿蘇の大巫女様がご覧になる前に綴られた書状です」


水惟は数歩進み、台与の前で膝を折って文を差し出す。

台与はそれを受け取ると静かに立ち上がり、御簾の向こうの大巫女へと手渡した。


部屋には、大巫女の呟きだけが響いた。


「ふむふむ……。

 『千年もかかるはずはない。よく考えよ。』……うーん、何をよ?

 『……都と関係ないことには気を取られるな。伊都以外の国は、こちらに米と兵を出せる程度でよい。百姓は死なない程度に生かしておけばよい。省みる必要はない』……はあ?」


やがて、「火鉢をこれへ」と台与に命じると――



――ちーん!



御簾の向こうから、鼻をかむような音がした。

大巫女は「ふぅー」と一つ息を吐いた。

すると、火鉢がにわかに大きな炎を上げた。


「……何が言いたいのか、全くわからない文だったわ……」


大巫女はそう吐き捨てた。

水惟は黙したまま、揺れる御簾を見つめていた。


    ※


次に、金玄基が御簾に向かって直った。


「申し上げます。カゲマルからの報せによりますと、

『大陸の呉国が、来ぬ国に親善の使いを送ると決めた』との由……」


御簾の向こうの大巫女は低く呟いた。


「……なんですって?」

「……詳細に申し上げますと、楼船一隻、蒙衝四隻の艦隊編成とのこと。

 楼船は巨艦で、水夫の他に歩兵百名、騎兵なら二十騎程度が搭乗できます。

 蒙衝は、倭国の大船より一回り大きい船となります」


即座に、水惟が口を開いた。


「では、攻撃艦隊で使者を送ってくるというのか?」

「真意は分かりませぬ。

 ただ、これだけの軍兵を乗せていれば、即座に機動戦を展開できる規模かと存じます」


金玄基は、そういうと深々と平伏した。

すると、その場にいた者たちが次々に声を上げた。


「もしその援軍が、来ぬ国の兵と合わされば、手強い相手となります。伊都一国で対抗できるかどうか……」

「援軍とは限りません。来ぬ国を威圧するための兵とも考えられます」

「いずれにせよ、来ぬ国と呉が結ぶ事態となれば、ヤマト連合としては看過できません」


御簾の向こう側からの声も届いた。


「来ぬ国とは長らく行き来がないの……。どうしたものかしら?それに……」


全員の視線が御簾に集まる。

大巫女は続けた。


「来ぬ国と呉が結ぶとなれば、木の国の彦尊がどう動くか……?

 来ぬ国と木の国は海でつながり、いわば地続きみたいなもの。その援軍はすぐにでもヤマトの地に現れるでしょう。

 さらに、木の彦尊は『ヤマトの都に入るべきは、クニトラ王であるべきだ……』と触れ回っている男です」


ルナは首を傾げた。


「ええっ? 来ぬ国は『ヤマトとは関わらない』と言って離れた国ですのに……」


台与は目を伏せた。


「おかしなことを言う人です……でも、油断はなりません」



木の国――?



その響きは、金玄基の胸に突き刺さった。

何故だかは分からない。

だが、不思議と因縁を感じるのだった。


「木の国に参れば、来ぬ国の動向がもっとよく分かるのでしょうか?」


尋ねた後、金玄基は「はっ」とした。


(ついつい、妙なことを口走ってしまった……!)


すると、大巫女は答えた。


「木の国に行くだけでは足りないわね。彦尊の懐に潜り込まないと……。

 けれど、それは並大抵のことではないわ。誰か、行ってくれるかしら?」


金玄基の額に、うっすらと汗が滲んだ。


(あー……これは。この流れは……)


その時――。


別棟の方から、スミレとアヤメの叫ぶ声が響いてきた。


「あーーーーー! おとう、飛んでっちゃった!」

「こら! 何ばしょっとかね、こん子は?! お人形拾ってきんしゃい!」



金玄基は、思わず声のする方を振り返った。

だが、その騒がしさを聞いているうちに、勇気と覚悟が湧き上がってくるのを感じた。


    ※


その頃――


当の『木の国の彦尊』は、新羅(しら)国の王都で、朝食を摂っていた。

場所は、宰相・瓢公(ひょっこう)の居館の一室。そこに、倭国朝貢団が一同に会していた。


瓢公ことナカツヒコは、かしこまって言った。


「おはようございます、皆様。 昨夜はよくお休みになれましたか?」

「うむ……もぐもぐ……まあまあじゃった……」


木の彦尊はそう言うと、また食べ始めた。

ナカツヒコは続けた。


「魏の都に行けなかったのは残念でしたが、せっかくの機会。ここ新羅の都を見て行ってくだされ。

洛陽ほど規模は大きくありませぬが、造りは概ね同じでございます。

商人や学者も集まっておりますゆえ、皆様が欲しかったものも見つかるやも知れませぬ」


「ふうん……では、そうするか?」


木の彦尊は、他の彦尊たちに尋ねた。

だが、朝のうちは、周囲の反応は芳しくなかった。


ナカツヒコはふたたび平伏した。


「では、今日は皆様を南門の高楼にお連れいたします。この都が一望できる場所です」


    ※


新羅国・王都南門・高楼――


ナカツヒコは、中央にそびえる大きな建物を平手で指し示した。


「あれが王宮です。その周囲には、宮殿で働く役人の住まいや兵舎が並んでおります。

 民の街はそれより手前。あちらが居住地、向こうが市……」


朝貢団の彦尊や長老たちは、皆どこか気のない様子で頷いていた。

尾張の彦尊だけが、野太い声で尋ね返した。


「洛陽っちゅうとこは、これより、もっと、おっきゃあ(大きい)のかね?」

「ええ。そうですね、洛陽は……南北に四倍、東西に三倍ほどはありましょうか」


彦尊たちは口々に呟いた。


「縦に四倍、横に三倍……?」

「ここでも我らの邑より、だいぶ大きいが……」

「まったく想像がつかぬ」

「どえりゃーもんだな、洛陽っちゅうとこは……」


ヤマトの四長老は顔を見合わせると、その内の一人がナカツヒコに尋ねた。


「これと同じものを、ヤマトの地に作ろうとしておるのか?」

「うーん……どうでしょう? 我は詳しいことは存じぬのですが……」

「いやあ、無理だぞ。こんな広大な平地はないし、水はどうする……ああ、あれか」

「ええ。城壁の下を潜らせた川から引いております。ちなみに田畑は城外――つまり壁の外側にございます」


そう言ってナカツヒコが背後の郊外を指さす間、尾張の彦尊は足を高く上げ、力強く足元を蹴っていた。


「この床、何でできとるんだがや?」

「石ですね」

「大陸にゃあ、えらく形の揃った石があるんだなも」

「いやあ、切るんですよ。切り出すというか……人の手で作った形です」

「……石って切れるもんなんかね?」

「そこで必要になるのが、『鉄』なんですねぇ」


その言葉に、木の彦尊が食いついた。


「鉄と銅はどう違うんだ?」

「鉄は銅より硬くて……」


突如、尾張の彦尊がひとり、腹を抱えて笑い出した。


「……くっくっく……銅はどう……銅はどう……って。

 えーか、教えたるわ。 銅は銅だがや! がっはっは……っ!」


すると、周りの彦尊にも笑いが広がった。


「いや……洒落を言ったわけではないのだが……」


木の彦尊が不機嫌そうに呟くと、ついには伊声耆(イセイギ)掖邪狗(えきやく)までもが吹き出した。

ナカツヒコも苦く笑った。


「……よろしければ、鍛冶場(かじば)にもご案内しますが……」

「――いや、いい!」


木の彦尊はそっぽを向いた。


「……それよりナカツヒコ。このどこかに学者がいる、と言っていたな?」

「ええ、それらしき者を時折見かけます」

「あの辺に行けばいるっていうことか?」木の彦尊は市街地を指さした。

「おそらく……どこにいるかまでは分かりませぬが……」

「それは、我が探す。構わん」


木の彦尊は鼻を鳴らし、にやりと笑った。


続いて、登の彦尊が尋ねた。


「ナカツヒコ殿。魏では天子を神と崇めるそうだが、この地では王が神なのか?」

「うーん……」


ナカツヒコはしばらく唸ったのち、答えた。


「そう自称する王もおります。

 ですが、我の見てきた限り、ろくな死に方をいたしません。

 やはり王は王、神は神。新羅の王は至って柔和な方ですよ」


登の彦尊が目を点にして頷いていると、「ナカツヒコ殿!」と明の彦尊が叫んだ。


「『兵法三十六計』という書物は、どこかにあったりするか?」

「古書屋に行けば、もしかしたら、あるかも知れません。

 でも、最近の書物ですから、まだ渡って来ていないかも知れません」

「そうか! では探し歩いてみようかの」


ヤマトの四長老たちは小声で囁き合い始めた。


「こんな大量の石……近くにあったか?大坂山を掘り抜くか?」

「あの山を掘り抜くなんて、無理だろう……吉野の方は?」

「あったとしても、石を持ってあの山道を……石は水には浮かんしな……」

「……ヒソヒソ……ボソボソ……」


最後に、長老の一人はナカツヒコに言った。


「ナカツヒコ殿……我らは先に館に戻るよ……」


このようにして、朝貢団はなし崩しにバラバラになっていった。

気がつくと――


「――おわっ!」


ナカツヒコと伊声耆、掖邪狗の三人は揃って声を上げていた。


「……なーに()をそんなに驚いとるんだがね、おみゃあさんら……?」


尾張の彦尊は、三人を睨めながら呟いた。

掖邪狗が尋ねた。


「尾張の彦尊は、これからどうなさるおつもりで?」

「……どうするって、おみゃーらについてくに決まっとるがね。なんかおかしいかや?」


四人のは互いに顔を見合わせた。


    ※


その頃、河内・大和川では――



「――こらあ! なにさらしとんねや?!」


河内の棟梁の怒声が響いた。

タケノオは、その声に振り返った。


棟梁は高く足を上げ、川の水をバシャンバシャンと蹴立てながら、近づいてきた。


「なんで(おんどれ)らだけ、そんな捗っとんねや? ええっ?!」

「ああ……離れてしもうたな。すまんばい」

「すまんやないねん。なんでや訊いてんねん?」


言うなり、棟梁はタケノオの襟首を掴んだ。

傍らで、カイがぽつりと言った。


「道具が違うっちゃなかか?」


すると、棟梁は低く唸った。


「道具?……見してみい」


そして、タケノオの鍬をひったくるように掴み、睨め回した。


「なんやこれ……」

「鉄の鍬たい」

「鉄……?」


そうする間に、他の連中もぞろぞろと集まってきた。

棟梁は、タケノオをギロリと睨んだ。


「ちょ、使(つこ)てみてええか?」

「使ってみんしゃい」


棟梁は大きく鍬を振り上げると、川底をえぐった。


「……なんやこれ……全然ちゃうわ……」

「なに言うとんねん、ウチに貸してみい。…………ほんまや……」

「うせやろ、二人して。ワテにもやらせや。…………ほんまや……」


河内の人々は鉄鍬を回し合いながら、口々に呟いた。


「普通の鍬、使(つこ)とる場合ちゃうで!」

「石のは重いしな……」

「樫のは掘れんし、水には浮くし……」

「これは、ええな……」


「もし、鉄の鋼材のあれば、おいでも作ってあげらるっとですよ」


タケノオがそう口にした、その時だった――



「――あるで! 森ノ宮にな!」



その声は川上から轟いた。

その場にいた全員が振り返った。


渡しの頭が、船竿を刺しながら悠然と流れてきた。

そしてそのまま、彼らの横を通り過ぎて行く。

河内の棟梁は叫んだ――


「――そんだけか?! なんか言わんかい!」

「行けばええねん! なんもかも解るわ!」


そう叫び返すと、渡しの頭は遠く川下に消えた。


タケノオは河内の棟梁と見合うと、黙したまま頷いた。


それを見ていたカイは、にやりと笑った。


息子と河内の棟梁……この二人が同じ方向を見つめている。

この時が、後のヤマト王権誕生の瞬間だったのかも知れない――


――と、カイが思ったかどうかは、今となっては定かではない。


    ※


その頃、森ノ宮では――


アヤメは、金玄基との会話の最後に小さく笑むと、頷きながら言った。


「じいちゃんは、そんなこと思わんたい」


金玄基は妻の顔をじっと見つめた。そして、ただ一言呟いた。


「……そうか」


スミレはアヤメに手を引かれ、じっと黙って立っていた。

だが、金玄基が顔を向けると小さく言った。


「……じゃあね」


その顔に笑みはなかった。

だが、行かねばならない。


「じゃ、行ってくるよ」


金玄基は、スミレにそう声を掛けると、アヤメに一歩寄り、その肩を抱いた。


(これが最後になるかも知れない……)


いつも、いつもそう思うのだが、アヤメはいつでも、そしてその時も、同じことを言った。


「無事に……戻ってくるとよ」

「ああ。必ず……」


金玄基は目を閉じると、くるっと向きを変えた。

向かう先は、木の国だ。

難波津の桟橋には既に、河内へ向かう船が停泊していた。



お読みくださりありがとうございました。

だんだん定説に沿ってるだけの話になってきました……すみません。

古墳等から見つかるのは(当然、王の墓なので)剣なのですが、

ヤマト王権が強くなった理由って「剣より鋤鍬」だったのではないかな?と思うのです。

鉄の道具で開墾し、圧倒的な食糧生産力を背景に人を集めた……。

ただ、これは根拠のない、まったくの私見です。


次回「第83話 暗闇からの一歩」

古代・東アジアのカオスが貴方を待ち受けます。

(木曜20時ごろ更新予定です)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ