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第76話 器の見定め

王たちの戦いが再燃する――

ナギサヒコvs尾張の彦尊、魏帝曹芳の孤独、呉帝孫権の過去……

伊勢の大巫女は足場固めに奔走していた。

その中で、台与たちが見たものとは――?

正始四年三月・伊都国では――



伊都国王・ナギサヒコは自信満々に、丸い小山を指した。


「とくとご覧あれ!あれなるが――墳丘じゃ!」


そして、高らかに笑った。


「技という技を凝らし、雨風を受けても崩れぬ。これぞ伊都の力!」


朝貢団の彦尊たちは、皆黙したまま、その人工の山を眺めた。

その中には数日前に合流した、明の国の彦尊と、登の国の彦尊の姿もあった。


ひとり、尾張の彦尊だけが食いついた。


「……ふんきゅう? 言いにきー名だわ……。ただの土盛(つちもり)だぎゃあ?」

「ははは。これだから大陸を知らぬ者は……」


「そんな山、わざわざ作ってどーするんだわ?」

「最後は墓にするのじゃ。王たる者の、な」


「なんで円形(まる)なんだわ? 墓なら方形(しかく)できゃいかんがね……」

「あの形ならば、どこからでも同じく見えるのじゃ」


「あんなデカい墓、いるんか?」

「大きければ大きいほど良かろう?王たる者の墓なのだから」


すると突然、尾張の彦尊は腹を抱え、身を捩らせた。


「くっくっく……ひーっ、ひっひっひっ……」


ナギサヒコの笑い顔が引きつった。


「……なにを笑う?」

「死んでからも自慢かや? 何を? 『我は死んだぞ!』ってか?

 がぁーっはっはっは!たわけが!」


その言葉に、一同沈黙した。


    ※


これから彼らが向かう先、魏国の朝廷では――


この日も、活発な廷議が繰り広げられていた。

議題は、尚書郎・鄧艾(とうがい)が淮水に開いた新田の”アガリ”について。

予定収穫高・五百万石という鄧艾の触れ込みに、朝廷は色めき立った。


「米の値が高いうちに、国庫の備蓄を売り払うべきでござる!

 市井から銭を回収し、貨幣を改鋳すれば、経済は安定し国力の回復も早まりましょう!」

「憂いがなくなった今こそ、軍を動かすときじゃ!

 蜀は今や虫の息。先日は呉も破り、我が国の勢いは既に破竹!」

「……それでは、国家も民も潤わぬ……」

「戦がなくなれば、国も民も次第に潤う!」

「経済が先じゃ!」

「軍事が先じゃ!」


喧々諤々の議論を眺めながら、皇帝・曹芳は玉座に片肘をついた。


司馬懿(しばい)は『より良いほうを選べ』と言ったが……不確かな先々の見込みばかりでは……)


曹芳は、傍らの司馬懿をちらりと見た。

司馬懿は表情もなく、静かに廷議の行方を凝視していた。


その時、廷臣の一人が声を上げた。


「――陛下!ご裁断を!」


曹芳は背筋を正して、玉座に座り直した。


「本件は……保留とせよ。今秋の収穫を実見してから、再度議題とする……」


廷臣たちは、ひとり残らず閉口した。

曹芳が司馬懿を伴って退廷すると、残された者たちは口々に不満を漏らし始めた。


「……またか。やはり陛下には暗愚の相がある……」

「これではみすみす、機を逃すのみ。まこと嘆かわしい……魏も末かのう……」

「……司馬太傅はお役目をいいことに、陛下をそそのかしておると噂に聞いた……」

「いっそ、曹爽(そうそう)殿下にご相談申し上げるべきやもしれぬ……」


曹芳は居室に戻ると、威儀を正して司馬懿に尋ねた。


「太傅、本日の廷議……あのように応じたが、いかがであったか?」


司馬懿は拱手礼を取ると、深々と頭を下げた。


「大変けっこうなご裁断にございました。臣も、全く同じく存じまする」


すると、突然、居室の扉が音を立てて開いた。


「陛下!……おお、司馬懿殿もこちらにいらしたか……」


そう言って姿を現したのは、侍中・曹爽であった。


    ※


一方、魏と対峙する帝国・呉の皇宮では――


大司馬・呂岱(りょたい)は皇帝・孫権の居室へと歩を進めていた。

先導していた宦官が扉の前で直立し、声を張り上げる。


「大司馬・呂岱様、参られました」

「……通せ」


部屋の主の、低く重みのある声が届いた。

入室した呂岱がまず目にしたのは、夫人・潘淑(はんしゅく)の姿であった。

孫権のすぐ傍らに置かれた丸椅子に腰を下ろし、親密に語らっていたようであった。

孫権は夫人の肩に手を置くと、穏やかに告げた。


「内密の話がある。しばらく座を外すがよい。終われば、また呼ぶ」


潘淑は淑やかな笑みを浮かべ、優雅な所作で拝礼すると、静かに部屋を退出していった。


「陛下……」

「おう、首尾は如何であった?」


呂岱は平伏したまま応じた。


「はっ。大都督は、倭国に使者を送ることに同意なされました。

 艦船をこちらに送る、と申されております」


孫権は拳を握り締め、すっくと立ち上がった。


「おおっ、陸遜が同意したか! やはり朕の考えは、天の時を得ていたようだな」


孫権は背を反らせ、豪快に笑った。


「……して、使者には誰を充てよと申しておった?」


呂岱は再び拱手し、言葉を選びながら答えた。


「大都督は、諸葛径(しょかつけい)衛涼(えいりょう)の両名に勅を賜りますよう、と」

「……諸葛径と……衛涼……?……陸遜がそう……申したのか?」

「ははっ」


呂岱が深々と頭を下げた後、室内は不気味な静寂に支配された。

いくら待てど、孫権の返辞が聞こえてこない。

呂岱は恐る恐る顔を上げ、袖越しに玉座の方を伺った。

すると――



そこには、底知れぬ暗闇が広がっていた。

孫権の巨躯は、まるで黒雲に呑まれた夜の山の如く佇んでいた。

その影の中で、双眸(そうぼう)だけが獣のように鋭く光っている。

一瞬、室内に稲光が走り、落雷が轟くかのような錯覚さえ覚えた。


(やはり……この人選は、陛下の逆鱗に触れたか……?)


呂岱の背中を冷や汗が伝う。だが、その直後であった。



「相分かった」



呂岱は思わず、顔を上げた。

そこには先ほどまでの妖気は微塵もなく、にこやかな笑みを湛えた孫権がいた。

いつの間にか室内は、うららかな春の陽気に包まれたかのように穏やかであった。


孫権はゆっくりと立ち上がり、庭園の方へと歩き出した。


「……だが、勅は出さぬ。丞相府からの密命という形にしよう。呂岱、大儀であった」


そう言ったきり背を向けたまま、孫権はただじっと庭先を眺め続けていた。


    ※


台与の一行が淡海・伊勢を去った翌日――


入れ代わるように、淡海・伊勢を訪れた女たちがいた。

淡海の彦尊は、その来客に目を丸めた。


「姫尊……」

「淡海を一周したわ。これから山背(やましろ)の方へも足を伸ばすつもりなの」

「巫女様方だけで旅を……?なんと……無謀な……」

「案外、誰にも気づかれなかったわよ?」


聞けば、身分も『大巫女の使い・タマヨ』と名乗って各地を回ったという。

華美な装束を捨て、髪型も簡素に整えた姿は、修行中の若い巫女そのものであった。

お伴の巫女たちは精根尽き果てた様子で、館の縁側にどさりと座り込んでいる。


伊勢の大巫女は、差し出された茶を一気に飲み干すと、深く、長い溜息をついた。


「はあ〜。一筋縄ではいかないものね……」


そして、道中の苦労を語り始めた。


   ◇◇◇


「今こそ、都が必要なのです!」


伊勢の大巫女は、行く先々でそう力説した。

だが、地方の有力者たちは、普段の拝礼の場では決して口にしない本音を吐いた。


「大巫女様はそう仰るが……厳しいのではござらぬか?」

「人手と元手は、誰が出すのか?」

「一つ所に皆で集まって、同じことをするなど、何かあれば共倒れじゃ」

「だいたい、ヤマトの地は人が住めるのですか?湿気が多く、虫も多く……そのくせ、飲み水に事欠くと聞く」

「人はなんとかなっても、米はすぐ腐りましょうな」


   ◇◇◇


「……と散々に言われ、その度に説き伏せて参りましたわ」


淡海の彦尊は尋ね返した。


「誰も承服しておらなんだ……と?」

「いいえ。皆、論破して参りましたわ」


言い放つと、伊勢の大巫女は淡海の彦尊の湯呑も取り上げ、それも一気にあおった。

淡海の彦尊はその様子を見つめながら、静かに問いかけた。


「……して、論破された後、皆納得されましたかな?」

「いいえ。納得などさせられませんわ。ただ、ぐうの音も出ないほど理詰めにし、最後に『これは神の意志です』と付け加えただけよ」

「なるほど……」


淡海の彦尊は空になった湯呑を盆に引き受けながら、努めて平然と切り出した。


「それはそうと……例の台与様が、先日こちらに参られましてな」

「台与ちゃんが……?」

「ええ。昨日、お社に向かわれました」

「えっ?!」


大巫女は首を傾げた。


「ずいぶん早いわね……。阿蘇の大巫女様、そんなに話が分かる人だったかしら?」


    ※


同じ頃――


台与は、淡海の彦尊がつけてくれた馬車に揺られていた。


   ◇◇◇


淡海の彦尊は、満面の笑みを湛えながら言った。


「この四本足は、美の国(みのくに)の奥地に住んでおるそうな。

 大陸のと違い、指が三本ありましてな。

 おとなしく、言うこともよく聞きます」


   ◇◇◇


その言葉通り、馬車はゆっくりと進んでいた。

隣に座るルナは、庇うように台与を抱きしめた。


「……大丈夫ですよ、台与様。私がついておりますから……キャッ!」


二人の様子を見ていた金玄基には、「わっ!」とか「ひぃ!」とか言っているのは、もっぱらルナばかりで、台与はむしろ平然と座っているように見えた。


やがて、一行は隘路に差し掛かった。

左手は川の流れに沿った断崖。

右手は剥き出しの山肌が、高い壁のように迫っている。


ルナの震えは、いよいよ止まらなくなった。


「あの……お姉様?」

「だ、だ、大丈夫ですよ台与様っ。私が必ずお守り……」

「……私なら、大丈夫ですから……」


するとルナは、裏返った声で尋ねた。


「大丈夫?!台与様は恐ろしくありませんの?」

「え、ええ……」


ルナはなおも、ぶるぶると震えながら詰め寄った。


「も、もしですよ?今この瞬間に、目の前に子供が飛び出してきたら……この四本足はどうする気なのでしょう。

 そのまま進んで、その子を轢いてしまうのか?

 それとも避けて、私たちごと崖下に転落するのか!?」


台与は目を丸くした。

その問いには、金玄基が代わりに答えた。


「それは、馬によるかと……。

 賢い馬なら、子供が来ようが崖だろうが、『一番良い方法』を選びます」


すると、ルナがくるっとこちらを振り返った。


「その責任を取るのは誰です?あの四本足ですか?それとも、乗っている私たちですか?」


そう尋ねるルナを、台与はしばらくの間じっと見つめていた。


「そう考えると、私も怖くなってきました……」


その時――


予兆もなく、不意に馬車が止まった。

ぎしり、と車体が軋む。

前を行く一頭の馬が、首だけをぐいとこちらに向け、まじまじと台与たちを見つめていた。

感情を読み取らせぬその大きな瞳は、まるで今の問いへの「答え」を求めているかのようであった。


    ※


その頃、森ノ宮では――


スミレの声が響いていた。


「あーっ! おとう、また落ちた!キャー、アヤメさーん!」

「いい加減止めんね、その遊びは!」


アヤメは堪らず怒鳴りつけた。

スミレはアヤメの方をくるりと振り返ると、ニカッと笑った。


「いーーーーーーーーーーーーだ!」


言うが早いか、スミレは館の庭先に駆け下りて行った。


「こら、待ちんね!」


アヤメは縁側まで追いかけた。

だが、娘は庭の隅に座り込み、もう別のものに心を奪われていた。

蟻の行列を、鼻先がつきそうなほど身を乗り出して、夢中で見入っている。


アヤメはふう、と大きく胸をなで下ろした。

そして、ついこぼれてしまった笑みを伏せながら、静かに元いた場所へと戻っていった。


    ※


その夜、伊都国・大殿では――


朝貢団の一行は、阿蘇の大巫女を迎え、出発前の宴が催されていた。

尾張の彦尊は、余興の舞を披露した。


「に〜ん〜げ〜ん〜……ごぢゅうぅ〜ねん〜」


伊都国王・ナギサヒコは盃をあおると、苦々しい顔をさらに歪めた。


「まだ墳丘のことを擦っておるのか……」


そこに、登の国の彦尊が瓶子を捧げ、ナギサヒコに近寄った。


「まぁまぁ、伊都国王。酒が足らぬのではないか?」

「酒ならもう吐くほど飲んだ……」

「我の国では『吐くまで飲もう、吐いたら飲もう』と申す。ささ、もう一献!」


ナギサヒコは空いた盃を差し出した。


その時――


御簾の向こう側で見ていた阿蘇の大巫女は、絞り出すように言った。


「汝ら。習慣の異なる者に近づくならば、まず相手を知らねばならぬ。心して行け」


だが、その声は酔客たちの唸り声にかき消され、夜の闇へと溶けていった。


「めっせぬものの……あ〜るべきか〜〜」


登の国の彦尊は立ち上がった。


「では!我も舞おうかの! しなうは〜〜あぁ〜〜あっ! いちじょう〜〜」

「うぬぬぬぬ……汝もか!」


ナギサヒコは、ついに、顔を赤くして立ち上がった。


夜が更けるにつれ、岸壁を叩く波音は増し、宵闇を貫いて轟々と響き始めた。

その荒ぶる海鳴りをよそに、大殿の宴はなおも果てることなく続いていた。

遠く北の空では、暗雲が雪崩のように広がり始めていた。



お読みくださりありがとうございました。

墓を誇る者、闇に潜む者、理屈で統べる者。――そして、責任に震える者。

貴方が選ぶ『王の器』は、誰ですか?私はスミレ殿下です!


次回「第77話 香取の敗北〜雪崩のように」

ヤマト連合・香取軍を襲った、ある悲劇を2回シリーズでお届けいたします。

(木曜20時ごろ更新予定です)


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