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第73話 格差と誤解

帯方郡は馬韓に新羅を討たせようとする。しかし、瓢公が先回りしていた。

呉では大都督・陸遜がまさかの承諾!その真意を語る。

台与の文は伊都国に届くが、それを見たナギサヒコは激怒!どうなる?ヤマト……


帯方郡・太守の間では――


「そのような得体の知れぬ輩、軍を差し向けて駆逐せよ!」


凄まじい怒号と共に、太守・弓遵(きゅうじゅん)は拳を机に叩きつけた。

だが、裴世春(ぺ・セチュン)は、巧みに言い淀んでみせた。


「……しかし、太守様。ここの兵は……」

「分かっておる!将軍が来ないとなった今、ここに余剰の兵はおらぬ」


弓遵は裴世春を横目に見ながら、しばらくの間、沈黙した。


「……よし。ならば、馬韓(ばかん)にやらせよ。

 馬韓王に、その反乱軍を速やかに討つよう命じるのだ。さっそく使者を送れ!」


「――ははっ、御意にございます」


裴世春は深く平伏した。


    ※


しかし、当の馬韓では――


馬韓王は、新羅(しら)から送られた見事な装飾の壺を愛おしげに撫でながら、ふくふくと笑みを漏らしていた。


「ふっ……実に見事な、面白き奴じゃったのぅ……」

「ははっ、陛下。

 あの者、金回りも異様に良く、我が国の産物も根こそぎ買い叩いていきました。

 ……どうやら、どこぞの異国へ売りさばいておるようでございますが……」


脇に控える大臣も、皺の寄った顔をにんまりと歪ませた。


馬韓王は、あの日、謁見の間に現れたその男の顔を思い出していた。

魏の圧政に息を潜める日々の中で、それは王にとって唯一の、心躍る出来事だったのだ。



   ◇◇◇


その日――


ナカツヒコは、新羅国王の特使・瓢公(ひょっこう)と名乗り、馬韓王の前に現れた。


「これなるは、新羅王からの貢物にござりまする」

「うむ」


王は生返事を返したが、その聞き慣れぬ国名に眉をひそめた。

玉座に深く腰掛け、目の前の得体の知れぬ男を値踏みする。

すると、瓢公と名乗る男は居住まいを正して言い放った。


「恐れながら申し上げます。

 これなる品々を献じます故、馬韓王におかれましては、速やかに

 新羅国王に『降伏』なされませ」



――なぁぁにぃぃぃぃっ!?!?



静寂を切り裂く絶叫と共に、馬韓王は弾かれたように立ち上がった。

顔面は怒りで真っ赤に沸騰している。


「何故だ?!何故、我が国が新羅ごとき小国に降伏せねばならん?!

 だいたい新羅の王とは何者だ?!新羅という国はどこにある?!

 はっ!……新羅……新羅だと……?

 新羅などという国――聞いたこともないわ!」



王は激昂し、瓢公を指さした。


「この者の首を刎ねよ!

 そして、新羅王とやらに突き返せ!」


その時だった――



ーーはっはっはっはっは!



瓢公は天を仰ぎ、高らかに笑い声を上げた。

馬韓王は低く尋ねた。


「……何がおかしい?」


瓢公はスッと真顔に戻ると、馬韓王を真っ直ぐに見つめた。


「王者様は今、我が国の名を『七度』も仰せられました」


「……何だと?」

「大成功でございます。私めの役目は果たされました。

 どうぞこの首、お刎ねください。

 そして、今後とも新羅国を、何卒よろしくお見知りおきくださりますよう……」


言い終わると、瓢公は深々と平伏した。


馬韓王は口を開けたまま、瓢公を見つめた。

やがて、掌を天にかざすと、高く笑った。


「はっはっは!

 それがそなたの目的であったか。これはまんまと一杯食わされたわ!」


馬韓王は玉座に座り直すと、瓢公を愛しげに見つめた。


「では、その品々、確かに受け取った。

 ……新羅とやら、困り事があれば、我が国が力になろうぞ」

「ありがたき御言葉……我が新羅と貴国が永久に栄えますこと、それのみが、我らの望みにござりまする……」


   ◇◇◇


「ふふ……ふふふ……」

馬韓王はまた、思い出し笑いをした。


    ※


ちょうどその頃――


ナカツヒコもその出来事を思い出し、ひとりごちた。


「大陸の御仁ってのは、どうしてああいうトンチ話が好きなんだろうな……?」


鼻をこすりながら海へ目を向けると、水平線の向こうから見慣れた船影が近づいてくるのが見えた。

船体は積荷の重みで深く海に沈み、喫水線を波に洗わせながらも、北風を孕んだ帆が力強く港を目指している。

その帆には、ナカツヒコが独自に考案した紋章が鮮やかに描かれていた。


ナカツヒコは目を細め、その船を見つめた。


「……これでいい。馬韓を窓口にすれば、魏の産物も、鉄の鋼材も、買いたい放題だ。

 おまけに倭の産物も新羅を通じて大陸に流せるとくりゃあ……ひっひっひ……」


ナカツヒコの口角は、自然と吊り上がった。


    ※


一方、長江にも船は行き交う――


揺れる船上で、呉の大司馬・呂岱(りょたい)は独り、冬の風に吹かれた。


「……まさか、大都督が承諾されるとは……」


脳裏に浮かぶのは、数日前、荊州総督府で交わされた対話だった。


   ◇◇◇


呉軍総司令・大都督たる陸遜(りくそん)は、呂岱の言葉を「うん、うん」と静かに、深く頷きながら聞き届けていた。

だが、終わるや否や、その穏やかな瞳に剃刀のような鋭い光が宿った。


楼船(ろうせん)一隻、蒙衝(もうしょう)四隻までならば出せます」


呂岱は一瞬、その返答に絶句した。


「大都督……貴殿は東夷と結ぶ策には反対かと思っておりました」


陸遜は呂岱を正面から見据え、迷いなく答えた。


「反対です」

「……では、何故に?」


陸遜はふと目を閉じると、ゆっくりと椅子を立った。

窓外の長江を眺めるように数歩歩み、背後で静かに手を組む。


「……陛下に、現実を()っていただくため……」


呂岱はその背中に向かって尋ねた。


「貴殿は、倭国までもが陛下を軽んじる、とお思いか?」

「いいえ」


即答だった。

陸遜は一拍置いて振り返り、真剣な眼差しを呂岱に向けた。


「倭の大王が同盟を望むなら、それも良し。

 あるいは我が艦隊で倭国を征服するも、また良し。……されど」


陸遜は淡々と続けた。


「倭国には騎兵がおらず、剣は主に青銅、土を焼いた甲冑をまとい、短弓を用いる……と聞き及びます。

 我が呉軍の敵ではありますまい。

 つまり、味方に付けても敵に回しても、大局に影響は無いということ。

 ……それは魏にとっても同じことでしょう」


陸遜は言葉の最後に、その目尻をわずかに和らげた。


「実情を深く知れば、陛下もきっとご明察くださります」


呂岱は、この陸遜という底知れぬ才人を、長年敬愛して止まない。

この時もそうだった。


「では、使者には誰を?」

諸葛径(しょかつけい)衛涼(えいりょう)の二名に勅を下されますよう」


呂岱は、はっと息を呑んだ。


「諸葛径と衛涼……!

 いずれも以前、遠征に失敗し処刑された将軍らの遺児ではありませぬか」

「はい。現在、その二人を『琉球』に留め置いております。

 何卒、この者らに汚名挽回の機会を賜りますように……」


そう言うと、陸遜は静かに、深々と頭を下げた。


   ◇◇◇



「大都督は、常に我らの数手先を読んでおられる……」


呟く呂岱の視界に、夕日に映える建業の城壁が飛び込んできた。

使者の人選だけが気がかりだった。

だが、皇帝・孫権も喜ぶであろう報告を持って、これからその門をくぐる。


それでも、不思議と呂岱の心は浮きも沈みもしなかった。

それが、呂岱という男であった。


    ※


数日後――


伊都国王・ナギサヒコは港で差配を振るうナカツヒコの元へ、ゆっくりと歩み寄った。


「ナカツヒコ、積荷の検分は全て終わったぞ。いつでも船を出してよい」

「ありがとうございます!」


ナカツヒコが快活な笑みを向けると、

ナギサヒコは顎をさすりながら、横目で山積みの荷を見やった。


「頼んでいた物の他にも随分と買い込んだようだが……どうする気だ?」

「森ノ宮の父の元へ送るのですよ」

「ほう……親孝行か」

「はは……。まあ、そんなところです」


ナカツヒコは目を伏せた。


(親孝行か……してないな……)


苦い思いを振り払うように再び港へ目を向けると、

伊都水軍の船が波を蹴って近づいてくるのが見えた。

その時、隣にいたナギサヒコが小さく、震える声で呟いた。


「……台与が。もう帰ってきたというのか?」


その顔には、隠しようのない焦燥の色が浮かんでいた。


「どうされました?台与様が戻られると、何か不都合でも?」

「……いや」


そう答えたナギサヒコの顔からは、見る間に血の気が引いてゆく。

だが、着岸した船から降りてきたのは、朝貢団の地方王や長老たち、

そしてイセエビだった。


「いやあ……実は、かくかくしかじかで……」


イセエビが水惟(すい)の船に乗ってきた経緯を話すと、ナギサヒコの顔にようやく生気が戻った。

さらに、イセエビは懐に手を差し込むと、布の文を取り出した。


「それと、台与様から文を預かっております。阿蘇の大巫女様へ、とのことにございます」

「ほう……どれ、見せてみよ」


ナギサヒコはひったくるように文を取ると、広げた。

すると今度は、引いた血が逆流したかのように、顔が真っ赤に火照り始めた。


「……なんということを……!」

「どうなされましたか?」

そう尋ねるイセエビを無視し、ナギサヒコは唸るように吐き捨てた。


「『都を造るには、千年必要だ』などと抜かしおる……そんな話があるか!」


激昂したナギサヒコは、次の瞬間、鋭い目付きでナカツヒコを射抜いた。


「……難波津に船を出す、と言ったな?」

「はい」

「……待て。すぐに出すのは待て。我も文をしたためる。それを台与に届けてくれ」

「分かりました」


ナカツヒコが短く応じると、ナギサヒコは踵を返し、荒々しい足取りで去って行った。

使いの者が戻り、ナカツヒコに文を手渡したのは、その一刻後のことだった。


念のため内容を検めようと、ナカツヒコはわずかに文を開いた。

だが、そこに並んだ文字を目にした瞬間、思わず声が漏れた。


「……なんやと?」


    ※


その不穏な文を託されたのは、水惟(すい)だった。

難波津へと向かう船の片隅で、水惟とナカツヒコは声を潜めて囁き合った。


「なるほど。本気でやるな……と。

 河内だのヤマトの地だのは、伊都に兵と米を送ってくれれば十分だ……と」


「うん……酷い書きっぷりだ。大巫女様を通さず、直接台与様に叩きつけるおつもりだ」

「分かりました。台与様には、経緯も併せてお伝えします」

「うん、頼む。なんなら捨ててくれも良いんだが……これがなあ……」


ナカツヒコが指し示した先には、重々しく押された『漢の委奴国(いとこく)王』印があった。


「……流石にこれを捨てると、謀反になりますね……」


水惟は苦笑いを浮かべ、その文を大切に懐へ収めた。


「大丈夫ですよ。台与様のことですから」


水惟の静かな、だが確信に満ちた言葉に、ナカツヒコの顔から少しだけ雲が晴れた。


    ※


その頃、難波津の桟橋では――


台与は、渡しの頭の船へと、ゆっくり足を踏み入れた。

金玄基(キム・ヒョンギ)、ルナ、そして護衛に久米を伴い、これから伊勢へと向かう。


出発の直前まで、金玄基は家族と別れを惜しんでいた。


「ちいか子供ば連れ歩くんは危なかけん……」


とのイワネの言葉に従い、金玄基の家族は森ノ宮に残ることになった。

カイはこう言っていた。


「汝が行っとる間に、引っ越しとるかもしれんけん。心配せんでよか!」


その言葉が、一番の心配だった。

だが、台与の従者として随行しなければならない。

金玄基の胸の内には、言葉にできぬ葛藤が渦巻いていた。



四人とも乗り込むと、渡しの頭が台与に尋ねた。


「どちらまで行かはるん?」

「木津川の渡しまで、お願いします」

「へい……ヤマトでっか?」

「はい。ヤマトの地を越えて、その先の伊勢のお社へと参ります」

「……伊勢のお社ぇ……?」


渡しの頭は、一瞬、櫓を漕ぐ手を止めて首を傾げた。


「……伊勢のお社やったら、淡海の伊勢から鈴鹿山を越えたほうが早うおまへんか?」


その言葉に、台与は絶句した。


「……淡海の……伊勢?」

「せや。ここからすぐでっせ」


台与とルナは、顔を見合わせた。

渡しの頭はゆっくりと櫓を漕ぎ、返事を待つように二人を眺めていた。


成り行きを見守る金玄基の耳には、波音だけが虚しく響いた。

台与からも、ルナからも、次の言葉はなかなか出てこなかった。



お読みくださりありがとうございました。

誤解がテーマの本作ですが、ここまでこじれると、発見しかありません。


次回「第74話 七色の羽衣」

タイトルはきれいですが、内容は少々キツイかも?です。

(月曜20時ごろ更新予定です)

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