↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/118

第106話 射抜く眼差し

大和の孤立を狙う不穏な動きを前に、何もできない己を呪う台与。

しかし、ルナが持ち帰った「ある肩書」を巡り、話し合いは予想外の方向へ……!?

国家の危機に、台与が出す答えとは――?


難波津・森ノ宮の長老の館にて――


台与たちは、腰を据えて話し合った。

だが、埒が明かない。

台与は小さく、ため息をついた。


「いろいろと想像は出来ますが、今は風聞でしかありません……」


紀玄人は、床に両手をついた。


「先ほど、カゲマルを行かせました。……知らせを待ちましょう」


だが、間髪を入れず、久米が言った。


「……ですが、大和の孤立を狙っていることは確かです。

 それまで、手をこまねいておるのも、いかがなものかと……」


水惟(すい)も、独り言のように呟いた。


「ナギサヒコ王は、以前から疑問だったみたいです。『都を置くなら伊都だろう?』と、よく言ってましたし……」


羽越は薄く笑った。


「でも、大きな声では言えない……。阿蘇の大巫女様のご神託ですから……」


台与は、皆に尋ねた。


「……ということは、こちらから手を出さない限り、戦になることはなさそうですか?」


ルナは一人、台与に顔を向けて静かに言った。


「……周辺の国々が、我慢し続けてくだされば……でしょうか」


森ノ宮の長老は、待ってましたとばかり、声を張った。


「月一で開かれる壱岐の市に行けぬとなりますと、我ら海の民は暮らしが立ちませぬ」


台与は口を固く結び、大きく息を吐いた。


「やはり、ここは私が伊都に行って……」


「――だめです! 捕らえられたら、いかがなさるおつもりですか?」


言いかけた言葉は、紀玄人の一喝で遮られた。

久米や水惟、ルナまでもが無言で頷く。

羽越に至っては、うつむいたまま、ひとこと


「むしろ、それが狙いかも……」


と呟いた。

台与は、がっくりと肩を落とした。


「……こんな時に何も出来ないとは……阿蘇の斎女が聞いて呆れます……」



そう呟くと――



ルナと水惟が顔を見合わせ、クスッと笑った。

台与は二人を交互に睨んだ。


「……何がおかしいのです?」


すると、水惟は笑みを浮かべて言った。


「室長殿から、ご説明を」

「構わないけど……なにその呼び方、嫌らしいわね……」


そう言ったルナに、台与は顔を向けた。


「室長?……お姉様、室長になられたのですか?」

「はい。伊勢の大巫女様から、『神話編纂室長』のお役目を拝命いたしました」

「神話編纂室……」


ルナは膝の上に手を置いて、軽く頭を下げた。

水惟はルナに向かい、にんまりと笑った。


「まこと祝着至極にござりまする……」

「なんなの、それ?……ありがと」


長老と紀玄人もルナの方を向き、頭を下げた。


「おめでとうございます」

「ご就任のお慶びを申し上げまする」

「ちょっと! 止めてください、お二人とも。雑用係ですから!」


ルナは慌てた様子で手を振った。

台与は、羨ましくなった。


「でも、どこの誰で、何の権限があるのか、一目で分かりますね。それが肩書……ですか」


ルナは背を正すと、目を閉じて口に手を当てた。


「おっほん!」


(わあ……)

その澄んだ声に、台与は一瞬、身を引いた。

だが、そのままルナの言葉を待った。


「台与様には『伊勢の斎女の席を用意してあります』……と大巫女様が……」


台与は思わず、目を丸くした。


「……それは……以前、お断りしたはずです……」


台与は黙したまま、じっとルナを見つめた。


「それに……今は無理です。

 私が阿蘇の斎女を降りたら、誰が阿蘇のお社を代表して、都造りに参加するのです?」

「はっ!」


ルナは手のひらを口に当て、わざとらしく驚いてみせた。

その姿に、台与は思わず、両の拳を握った。

だが、ここで怒っても仕方がない。

耐えながら、続けた。


「……そういう無茶は、新たな阿蘇の後継者を定めてからにしていただかないと……」


すると、ルナは澄ました顔で言った。


「両方なさればよろしい」

「は?!」


台与は思わず、身を乗り出した。


    ※


そこで――


紀玄人は、片手を上げた。


「……ちょっと分からないことがあるので、教えてください」

「――おっほん! なんでしょう……?」


ルナが、こちらに顔を向けた。

誰でも良かったのだが、この際なので、ルナに尋ねた。


「斎女というのは、大巫女様の後継者を言うのですか?」

「いいえ。少し身分の高い巫女で、お社ごとに何人かいらっしゃいます。

 でも、その中から『斎王(さいおう)』が選ばれます」


「……斎王とは、『大巫女様』とお呼びしている方のことなのですか?」

「おお、鋭いですね。……近からず、遠からず……」


「では、台与様は……?」

「だいぶ以前に、阿蘇の大巫女様から阿蘇の次期・斎王に指名されていらっしゃいます」


「阿蘇と伊勢の斎王を『兼任する』というのは、通常あることなのですか?」

「いいえ、通常はありません。台与様の場合は……特例です」

「……それが、特別すぎるのです……」


ボソリと呟いたのは、台与だった。

紀玄人は一瞬、そちらを見やった。

だが、すぐに視線を戻した。


「私が魏の役人だった頃、大巫女様のことを『倭国女王』とお呼び奉ったのですが……」


その途中で、ルナは眉を下げ、薄く笑った。


「……それは向こうの方のご都合ですわ。我らの国に、女王などおりませぬ」


紀玄人は少しの間、顎に拳を当てて唸った。


「……すると、どうなるのですか?」

「さあ……前例のないことですので、どうなることやら……?」

「ほら、何も考えてない……」


台与がまた、低く呟いた。

すると、ルナはすっくと立ち上がり――



――ドンッ!



足を踏み鳴らした。


「――台与!」

「は、はいっ……」


    ※


台与は驚きのあまり、ルナを凝視した。

すると、ルナは口を尖らせながら、こちらを見下ろし、低く声を張った。


「阿蘇の斎女よ……だったら、どうするのです? この、ヤマト連合分裂の危機を?!」

「お……お姉様……?」

「いいえっ! 私は、伊勢の大巫女ですっ!」

(うわあ……なりきってる……)


その時だった――


紀玄人がこちらを向くと、平伏しながら言った。


「台与様! お受けなされませ!」

「ええっ?!」


台与は思わず仰け反った。

久米も続いた。


「斬新すぎて、我には理解できませんが……」

「久米……」

「あるいは、『手』かと……」


水惟も両手を床につけ、


「どうなるかではなく……台与様の次第です……」


そう言うと、ゆっくりと頭を下げた。

羽越は呟くように尋ねた。


「台与様は、子供でいたいのですか? 子供のままではいたくないのですか?」

「……なんですって……?」

「……『上手く行かないのは子供だからか?』と、お尋ねだったようですが……?」


台与は何も言えず、ただただ唸った。


と、そこに――


スミレが駆け寄ってきた。


「あー!」


高く声を上げ、その場にすとんと腰を下ろしたかと思えば、寝転んでしまった。

台与は尋ねた。


「……スミレちゃん……どうしたの?」


すると、スミレは立ち上がった。


「……体の病ではなく、心の病ですので、起きりゅことは出来ますりゅ」

「えっ?」


「……台与たまは、まだ一身のご名分にばかり拘っておいででしゅ……。

 悲しみのあまり、床に伏したのでございますりゅ……」

「……?!……?!」


「お父とよくするの。『諸葛孔明ごっこ』!」

「………………」


台与は、すっくと立ち上がり、紀玄人に叫んだ。


「――諸葛孔明で遊ばないように!」


    ※


台与がいなくなった後――


紀玄人は、スミレを膝の上に乗せ、呟いた。


「いきなり決断を迫るのは、酷だったでしょうか……」


すると、森ノ宮の長老は静かに笑んだ。


「否、すでに覚悟を決めておられるやも知れませぬ」


久米は腕組みをしたまま、頭を垂れた。


「我なら諸手を上げて名乗り出ますけどね。

 下っ端でいては、守るべき者を守れませんから……」


水惟はそれに、黙したまま頷いた。

羽越もまた、じっと床の一点を見つめていた。


紀玄人は、誰にともなく尋ねた。


「香取にも大巫女様がいらっしゃいますよね? この策……あの方は、なんと?」


その時、なりきりルナが立ち上がった。

何故か、口元を押さえながら声を張った。


「ふふふ……それは問題ないわっ!」

「……伊勢の大巫女様が、そう仰ったのですね……?」


そう返すと、羽越はその眼を鋭く光らせた。


「いや……あの方が、一番の壁でしょう……」


    ※


その頃、香取の宮では――



「――次!」



稽古場に、香取の大巫女の声が凛と響き渡った。

その足元には、割れた木の兜が転がっていた。

近くの床の上には、奴佳鞮(なかてい)が伸びている。

その周りには、巫女たちが寄り集まってきていた。


弥馬獲支は、運ばれてゆく奴佳鞮を横目に、冷や汗を垂れた。

その間にも、大巫女の声が耳に届く。

以前と変わらず、低く澄んだ声だった。

だが、凄みは日に日に増していた。


「我が香取は、降魔の軍なり……汝らのその剣は、世の悪しきを断つものと心得よ!」


ついうっかり、目線を上げた。

すると、大巫女と目が合ってしまった。


「その意気や、よしっ! 弥馬獲支――参れ!」


大巫女はそう叫ぶと、こちらに木剣を向ける。


(……わあ……)


弥馬獲支は震えながら、手にした木剣を床に立て、立ち上がった。

着ている鎧兜に緩みはないか、入念に確かめる。


(仕方ない……)


と、意を決する。

数歩、大巫女に歩み寄り、木剣を構えた。

そして、叫ぶ――



「――参ります!」



と同時に、木剣を振り上げると――



――バシンッ!



……カラッ、コロン……!



鎧が割れ、ポロポロと崩れ落ちた。

大巫女は抜き払った木剣を手に、すぐ傍らで片膝を立てていた。


(……いつ動いたのだ……?)


その謎は解けぬまま、弥馬獲支の意識は遠のいていった。


    ※


数日後。伊勢の大巫女は淡海(あふみ)にいる――


そう聞いて、台与はルナと二人、淡海の彦尊の館を訪ねた。

台与からの報せを聞いても、

伊勢の大巫女は、特段、慌てる様子もなかった。


「……関門海峡を封鎖?」

「風の噂ではございますが、取り急ぎ、大巫女様のお耳に入れようと思いまして……」

「ふーん……」


大巫女は口を固く結び、表情なく、こちらを見つめている。


(……大巫女様は、こうなることを見越しておられた……?)


台与は、恐る恐る尋ねた。


「あの……お知らせするほどのことでは、なかったでしょうか?」


すると、大巫女は黙したまま首を横に振り、一つため息をついた。


「……大ごとじゃない……貴女にとっては、ね……」


そして、ゆっくりと立ち上がった。

眼光鋭く見下ろしながら、こちらに歩み寄り、

目の前まで来て立ち止まると、ゆっくりと腰を下ろし、


「阿蘇に帰れなくなったのよ。阿蘇の斎女が……」


両の手で、台与の頬を包んだ。

台与は、ごくりと息を呑んだ。

動けない。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。


やがて、大巫女は氷のような微笑を浮かべた。


「貴女は大和に留まり、阿蘇の大巫女の座を主張するのです……」


台与は黙したまま頷いた。

何故だろう。

だが、そうするしかなかった。

すると、大巫女の笑みは、氷が溶けるように柔らかく変わった。


「……そういえば、まだ大和の国造(くにのみやつこ)を定めていませんでした。

 掖邪狗(えきやく)に命じようと思っていたのですが……」


そう言いながら、頬に被せた手を離し、そのまま両の肩にそっと置いた。


「貴女を『大和の姫尊』に任命します。やってご覧なさい……」


台与は小さく尋ねた。


「大和の……? 国の主は、もう任命しないと……」


すると、大巫女は静かに口角を上げた。


「……やるの? やらないの?」


言葉が出ない。

台与は大巫女をじっと見つめた。

ルナが背後にいるはずだったが、振り返る余裕はなかった。

そうしていると、大巫女の顔の辺りに――



   ◇◇◇


様々な人の表情が浮かんでは消えた。


「斎女!」難升米が叫んだ。

「お受けなされませ!」紀玄人が言う。

「子どものままでいたいのですか?」羽越は尋ねた。

「台与たま!」そう呼ぶのはスミレだ。


「………………」都市牛利(としぐり)は腕組みをして、こちらを見据えた。

「それも手です……」久米は目を伏せた。

「台与様次第です……」水惟は目を細めた。

森ノ宮の長老は黙して頷き、ナカツヒコと河内の棟梁、渡しの頭の三人は肩を組んで

「うちらがついとるで!」と笑った。


阿蘇の大巫女は「……おやり……」と呟いた。


香取の大巫女は表情なく、こちらを見据える。

(お母様……)台与がじっと見つめると、

そっと目を閉じて、静かに消えた。


ルナは何も言わず、にっこりと微笑んだ。


   ◇◇◇



(安請け合いだろうか……でも……)


一瞬、そう思った。

だが、次の瞬間、台与は射抜くように大巫女を見つめた。

そして、両の手をついた。


お読みくださりありがとうございました。

台与様に、いつまでも普通の巫女のままでいていただくと、お話を書きづらくなって参りました。

そのため、半ば強引な王・就任要請となりました。

魏志倭人伝の記述より(わざとですが)三年早いです。


作者なのに抗いがたい、この抵抗感……いったい何なのでしょう?

「プロットがおかしかったのですか?」とAIに尋ねると、元気な答えが帰ってきました。

「『早すぎた』のではなく、『火がついた』のだと思います!」

つまり……女王・台与(壱与)誕生も、時代の必然だったのかも知れません。



次回「第107話 空白の叫び」

台与様、そういうわけですので「うん」と言ってください!

お願いします!

(木曜20時ごろ更新予定です)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。