↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第3次パワフル転生野球大戦ACE  作者: 青空顎門
最終章 転生野球大戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

469/505

閑話73 無我夢中(黒井力皇視点)

 3回表。日本代表の攻撃が始まった。

 バッターボックスに入った大松選手は、極めて高い集中を見せている。

 秀治郎選手然り。瀬川兄弟然り。磐城選手然り。

 野村世代の男性陣は己をその状態へと持っていく術を知っているかのようだ。

 しかし、それでもサイクロン選手を攻略できていない。

 初回、茜選手と倉本選手がヒットを打って得点を挙げてこそいるが、あれはまた毛色が違うものと見なしておいた方がいいだろう。

 あの2人には、俺達には見えていない何かが見えているような印象がある。

 その様は「来た球を来たままに打つ」というある種のバッティングの極意に近いものを感じさせるが……どこか歪でもあった。


 俺はその境地について集中力を高めていった先にあるものだと考えている。

 そこに彼女達は別口から足を踏み入れているように感じるのだ。

 恐らくだが、あくまでも疑似的なものに過ぎないのだと思う。

 だが、いずれにしても。

 彼女達がサイクロン選手からヒットを打ったことは紛うことなき事実。

 多段変化球に幻惑される前に初球を積極的に狙っていく策がはまったからというのもあるだろうが、彼女達でなければ1点も挙げられなかったに違いない。


 一方で、秀治郎選手達の集中。

 あれは割と雑念も含んでいる気がする。

 それこそ「来た球を来たままに打つ」のではなく、咄嗟に球種やコースを読み取って分析してスイングを微調整しているのではないだろうか。

 集中こそしているものの、同時に考え過ぎてしまってもいる。

 サイクロン選手の多段変化に惑わされているのはそのせいでもあるだろう。

 秀治郎選手が言うところのリリースポイントの欺瞞の影響も避けられない。

 その結果としてバットの芯からズラされて、打ち取られてしまっている訳だ。


 改めて言葉しても埒外の攻防としか言いようがない。

 もはや天上の戦いだ。


「化物め」


 それを成し得ているサイクロン選手の技巧に、思わずそんな言葉が口をつく。

 彼について今大会までに知られていたことなど、氷山の一角に過ぎなかった。

 これまでの対戦相手はそのほとんどが、ただただ球速と制球力と変化球のキレに圧倒されてしまっていたからこそ見えてこなかった全容。

 真の姿が秀治郎選手達という尺度があってようやく明らかになったのだろう。


「ファウルッ!!」

「っと、危ねえ」


 初球。大松選手は振りに行き、バットがカーブをかすめる。

 打球は斜め後ろに飛んでファウル。

 もしこの1球で終わっていたら、単に相手ピッチャーの強大さを再確認しただけで打席に立たなければならないところだった。

 いや、猶予があったところで対策が考えつく可能性は限りなくゼロに近いが。


 ……一先ず整理するとしよう。

 サイクロン選手は多段変化とリリースポイントのズレで幻惑してくる。

 更に言えば相手に応じてキッチリ微調整し、人を食ったようにスカしてくる。

 秀治郎選手達は高い集中力で見極めようとしているが、思考力と分析力で見極めようとする余りに術中にはまってしまっている感がある。

 茜選手と倉本選手の打席は余り参考にはできないかもしれないが、こうなってくるとそれこそ「来た球を来たままに打つ」以外になさそうに感じる。

 しかし――。


「それができりゃ苦労はしねえんだよな」


 打撃の極意をこの僅かな間に会得しろと言っているようなものだ。

 夢物語に近い。

 思わず嘆息が漏れる。


「ストライクツーッ!!」


 とは言え、俺の頭ではそれぐらいしか思い浮かばないし、一度結論染みたものが出てしまうと思考がそこに囚われてしまう。

 不可能にせよ、まずその方向で考え切った方が離れやすくなるかもしれない。

 そう判断し、そもそもそれがどのような状態かを改めて考えてみる。

 俺が思うに極限の集中の果てにあるものであり、恐らく秀治郎選手達が今いる境地よりも更に先にあるものだろう。

 集中した状態で思考を高速化して認識を広げ、咄嗟に判断しているのではなく。

 本能的、反射的に。認識や判断を超越して打つ。

 それは即ち、究極的な没頭。言わば無我の境地。


 ……耳にタコができるぐらいよく聞くフレーズだ。

 曖昧極まりない精神論にしか思えない。

 いずれにせよ、実現不可能性が一気に跳ね上がった。

 本当の意味で実践できている人間なんて一握りしか存在しないだろうしな。

 それこそ歴史に名を残すような選手ぐらいのものだ。


 ――パァンッ!!

「やべっ、まだ――」

「ボールッ!!」


 大松選手の見逃しに冷やりとしたが、どうやら僅かに外れたようだ。

 ホッとしたような表情を見るに、単純に手が出なかったのだろう。

 だが、カウントは1ボール2ストライク。

 次の1球で終わってもおかしくない。

 思考を先に進める。


 無我の境地。

 それこそ手垢がついているような概念であるだけに、それを追い求めようとするスポーツ選手は後を絶たない。

 多分に漏れず、俺や白露も模索したことがある。

 そのためにやったことと言えば――。


「……護摩行に座禅。滝行。色々やったっけな」


 俺達がプロ野球選手になるよりもずっと以前からオフになると毎年そういったことを行っている選手がいて、毎度毎度話題になっていた。

 正直なところ、直接的にプレイの質に寄与するかは眉唾だ。

 それよりも何よりも。

 オフにそういったことをやった、やれる限りのことはした、という意識が精神安定に繋がるという意味合いでやっていただけなのかもしれない。

 あるいは興行的なキャラづけ。世間へのアピールだった可能性もある。

 まあ、実態は分からないが……。

 いずれにしても、俺達も正にその先輩に連絡を取って試してみたことがある。

 迷走していたと言い換えてもいい。

 野村世代の台頭にどうしようもない焦りが生じ、とにかく何かを変えなければと手を出したいくつかの精神修行だ。


 まず護摩行。

 燃え盛る火の前で真言なるものを唱え、精神統一を図る密教の儀式。

 その先輩に倣って一心不乱に意味の分からない言葉を叫び続けたが、今となってはひたすら熱かった記憶しかない。

 叫び過ぎたのもあって途中から気が遠くなっていき、気づいたら終わっていた。

 取材に来ていた番組スタッフによると、俺は最後まで真言を唱えていたらしい。

 熱さにやられておかしくなっていたのだろうと当時は思った。


 座禅。

 右足を左の太ももに、左足を右の太ももに乗せる特殊な座り方をしながら半眼になって前方を見て雑念を払う。

 姿勢の乱れや心の緩みがあると警策と呼ばれる棒で肩を叩かれるのは有名だ。

 聞くところによると眠くなったりしないようにするための半眼なのだそうだが、俺はすぐに眠くなって何度も叩かれてしまった記憶しかない。

 途中から意識が飛んで、いつの間にか終わっていた。

 後半は警策で叩かれたりしなかったようだ。

 諦められてしまったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。


 滝行。

 滝の下で激流に打たれながら、お経や真言を唱えて精神を研ぎ澄ませる。

 プロ野球選手のオフと言えば冬だけに、寒さで死にそうになった記憶しかない。

 途中からただ朦朧としていて、いつ滝から出たか分からなかった。

 何故か時間になる前に急に滝壺から離れたそうだが、嘘か真か、その直後にまあまあ大きい流木が落ちてきていたとか何とか。

 もし頭に当たっていたら今ここにいなかったかもしれない。


「うーむ……」


 振り返ってみると、いずれも没頭の入り口に立っていたような気がする。

 それが実践に役立ったことは、少なくともこれまでなかったが。

 ともあれ、どうやってその状態に至っていたかと言えば。

 余計なことを考えていられるような状態ではなかったことに尽きるだろう。


 俺がゴチャゴチャと考えるのは大概野球のことだ。

 試合の価値だとか、勝敗だとか、バッティングの結果だとか。

 プロ野球選手になってからは特に嫌なしがらみも増えた。

 そういったものから離れていたから無我に近づけた、というところか。

 シンプルな話ではある。

 ただ、それを尚のこと余計なことばかり考えさせられてしまうこのWBW決勝戦という大舞台で実践しろ、となると――。


「無茶だな」


 そう呟いたところで。


「ストライクスリーッ!!」


 大松選手が三振に倒れてしまった。

 時間だ。

 具体的な解決策はない。

 ……無駄な思考だったか?

 そう思いながらネクストバッターズサークルを出てバッターボックスに向かう。


「まあ、それこそ余計なことを考えるもんじゃねえわな」


 打席からサイクロン選手を見据える。

 世界最強チームのエースピッチャーだ。

 対する俺は8番ライトどころではない9番ライト。

 敵わなくて元々。

 ホームランも、ヒットも、フライアウトやゴロアウトすらも贅沢というもの。

 一旦全てを捨ててしまおう。

 ここにいるのは一介の野球選手。

 プライドも何もない世界最強への挑戦者だ。


「ストライクワンッ!!」


 初球。フォーシーム。

 注視はしない。

 半眼で全体をボンヤリと見る。

 護摩行や座禅、滝行の時の自分が希薄になる感覚を思い出す。


 ――ブンッ!!

 パァンッ!!


 カーブを振りに行くも空振り。

 早々にノーボール2ストライク。

 どうしようもない。

 もう開き直るしかない。

 ボールが返球される中、座禅の時に教わった呼吸を再現する。

 次の瞬間、フッと思考が立ち消えた。


 ――カンッ!

「ボールッ!」

 ――カンッ!

 ――チッ!

 ――カンッ!

 ――カンッ!

 ――カッ!

 ――カンッ!

 ――カンッ!

「ボールッ!」

 ――カンッ!

 ――カッ!

 ――チッ!


「「「「「「「BOOOOOOOOOO!!」」」」」」」

「「「わああああああっ!!」」」


 ふと、一際大きくなった球場の歓声が耳に届く。

 気づくとカウントは2ボール2ストライク。

 電光掲示板を見ると15球投げさせていた。

 そこで欲が出てしまった。

 瞬間、余計な思考によって体の動きが鈍った。


「ストライクスリーッ!!」


 16球目。

 スイングすらできずに見逃しの三振。


「だーっ、くそ!!」


 恐らく、俺の野球人生において最もバッティングの極みに近づいた打席だった。

 にもかかわらず、結果は三振。

 悔しい。

 悔しくてたまらない。

 最後の1球は一生悔いが残るだろう。

 だと言うのに妙な清々しさもいくらかある。

 意味が分からない。

 一体この感覚は何なのか。

 そう自問して……。


「ああ――」


 古い記憶を思い出す。

 野球に夢中で、純粋に上だけを見ていた子供の頃と同じだ。


 この打席。俺は楽しかったのかもしれない。

 そう思うと共に。

 これからの野球人生は間違いなく、この1打席の感覚をひたすら追い求めていくものになるんだろうと確信しながら俺はベンチに戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。