閑話71 とある配信者のWBW本選決勝トーナメント決勝戦同時視聴
・おーい
・配信中やぞ
・また難しい顔して固まってら
・最近多いな
っと、ごめんなさい。
ビックリし過ぎて思わず黙り込んじゃった。
えっと……。
秀治郎選手はまずアメリカ代表の1番、キッド・ラビリンス選手をインコースに食い込むシュートで3球三振に打ち取って場面は1アウトランナーなし。
打順は2番のセオドア・サンパー選手。
ここで秀治郎選手は両投げ用グローブをつけかえてサウスポーにスイッチ。
左バッターのセオドア選手に対する1球目はインコースに沈むシンカー。
見逃しストライク。
2球目はアウトコース低めいっぱいに決まるスライダー。
これも見逃し。
そしてノーボール2ストライクからの3球目を今……投げた!
インコース高め! 空振り!
170km/hのフォーシームで2者連続3球三振!
・ヤッバ
・マジか
・アメリカ代表相手やぞ
ホント、凄い……。
まだバットにかすりもしてない……。
まだ2人だけど、アメリカ代表がこんなになってるの初めて見た。
・にしては何か大人しいな
・いつもならもっと大騒ぎするはずなのに
・声に戸惑いが感じられるわ
・って、あれ? また黙っちゃった?
・配信中なの忘れないで
あ、ご、ごめんね。
打席には3番。左バッターのビスケット・L・ラルーピン選手。
秀治郎選手は引き続き左投げ。
1球目を、振りかぶって、投げた!
アウトコース低めにボールゾーンから入ってくるシュート! 見逃し!
・変化も制球も完璧過ぎる
・160km/h出てるんだけど
・オーバースローと遜色ない威力で乾いた笑い出たわ
・スライダーもそうだけど、浮かび上がってくる横の変化球とかエグ過ぎない?
続いて2球目を、投げた! 打ったっ!
高く上がった! ボールはファウルゾーン!
茜選手がマスクを取って追いかけて、足をとめた!
キャッチャーミットを構えて、捕った!
インコース高めのカットボールを打ち損じてキャッチャーファウルフライ!
3アウトチェンジ! 3者凡退!
・おいおい、あのアメリカ代表相手に1回の攻防が終わって1点リードだぞ
・夢じゃないよな?
・もしかして……もしかして、やれるのか?
・皆、戸惑ってて草
・って、また無音配信になってるぞ
う、うん。
何か驚きと戸惑いで混乱してる間に1イニング終わっちゃって。
実況するのに手いっぱいでリアクション全然できなかったよ。
・まあ、気持ちは分からないでもないけどな
・いきなりアンダースローで投げ始めて、しかも左右で170km/h出すとかな
・もう訳が分からないよ
・今回のWBW、何から何まで尋常じゃないわ
・どうしてオーバースローの最高球速がアンダースローから出てるんですかね……
・アンダースローの両投げとか、おかしなことやっとる
ホントにね。
両投げについてはオランダ代表戦でもやってたし、両投げ用のグローブをつけて登板してたからある程度予想はできたけど……。
何であのフォームで170km/hを出すことができるのか。
……ううん。違うか。
リリースポイントが極端に低いだけで体に対する腕の角度はサイド寄りだったから、出力って意味なら球速を出すこと自体は不可能じゃない。
だから、おかしいのはそこじゃなくて……。
・秀治郎選手も一応、サイドスローまでなら過去に実績があったしな
・そうか、サイドスローから更に体を倒せば……って、まともに投げられんわ!
いや、まあ。
150km/hならアンダースローで出したピッチャーが実在したけどね。
大リーグの話だし、もう引退しちゃってるけど。
・マ?
・日本最速のアンダースローも140km/h台後半まで行ってたっけ
正確には146km/hだね。
もっと昔には150km/h出てたって言われてるピッチャーもいたけど、精密なスピードガンがなかった時のことだから公式記録としては146km/hかな。
だから実際、アンダースローで球速を出せる投げ方自体はあるにはあるんだよ。
でも、さすがに170km/hなんてのは前人未踏。
160km/hだって過去類を見ない領域。
それって言うのは、やっぱりアンダースローは下半身への負担が大きいから。
とにかく体の制御が難しいことに尽きると思う。
アンダースローに挑戦するメリットに対してデメリットが大き過ぎるんだよね。
肩とか肘には比較的優しいフォームだって言われてはいるけど、さすがにこの領域だとむしろ逆効果と言うか、かえって変な負荷がかかっちゃうだろうし。
・そもそも、そこまで出力があるなら普通に投げたって十分通用するはずだしな
・アンダースローって基本的には苦肉の策なんよ
・球速が程々でもバッターが不慣れな軌道だから抑えられるってフォームだからな
うん。
それに他の投法に比べて体の使い方が大きく違うこともあって、実戦で使えるレベルにまでフォームを固めるのにも多大な時間が必要になるからね。
それこそ自分の野球人生を丸ごと賭けるぐらいの覚悟がいる。
出力が上がれば尚更のこと。
秀治郎選手のアンダースローの特異性は球速そのものじゃなく、あれ程の球をあそこまで完璧にコントロールしてることだと思う。
・アンダーで150km/h投げた選手はリリースポイントが大分高いからな
そうだね。
あの低さから投げられるのも、異常以外の何ものでもないよ。
・日本の高速サブマリンはどっちもリリースポイントがかなり低いけど……
秀治郎選手もそうだけど、とにかく体幹が凄まじいんだと思う。
後、あの不安定な体勢で踏ん張りを利かせることができる足腰。
でも、それらは最低条件。
その上で全身を隅々まで綿密に連動させる必要がある。
そうじゃないと、あんなにも無理のあるフォームからボールを四隅にきっちり投げ分けることなんてできっこないからね。
体のコントロールが神がかってるとしか言いようがないよ。
その上、秀治郎選手はホントに地面スレスレで170km/hだからね。
私だったら絶対大暴投した挙句、転んで大怪我間違いなしだよ。
・その前にオーバースローですら170km/hなんて投げられない定期
・秀治郎選手の出力だと、ミリでもズレたらガチでヤバいことになるだろうな
・ホンマにどっか痛めるで。あんな投げ方しとったら
だから、やっぱり怪我が心配になってくるよ。
普通のアンダースローどころじゃないぐらい全身に大きな負荷がかかってることは、あの映像だけでも誰だって想像できるだろうし。
それこそ1球1球、綱渡りで投げてるんじゃないかな。
・いや、いくら何でもリスキー過ぎない?
・秀治郎選手はWBW決勝戦に選手生命すら懸けてるのかもな。本気で
・日本の勝利に尽力するのは代表選手として当然のことだとしても、そこまで……
秀治郎選手、ことある毎に打倒アメリカ代表を公言してたからね。
そのためにやれることは全てやるとも言ってたし。
その内の1つが正にこれだったのかもしれない。
とにかく、怪我で力尽きるようなことだけは起きないで欲しいよ。
・それな
・さすがにWBWの犠牲になるとこなんて見たないで
・けど、逆に怪我することなく最後まで投げ切ったら超人過ぎんか?
・この投げ方でアメリカを抑え切ったら、ロシアがイチャモンつけてきそう……
それはあるだろうね。
実際、既に第3者機関の調査は他の国も同様にすべきって叫んでる訳だし。
こんな歪なフォームでも怪我することなく投げることができる秀治郎選手はきっと自分達と同じようにドーピングしてるに違いない! みたいな?
・言いそう
・前にも似たような論理振りかざして藪蛇になったってのに学ばん国だわ
・まあ、今回は疑いをかけられてもおかしくないレベルではあるけどな
・正直な話、非常識過ぎてちょっと否定し切れない……
ま、まあ、ロシアの主張は落山監督にも秀治郎選手にも伝わってるだろうし?
さすがにその辺のことはちゃんと考えてるんじゃないかな?
それこそ第3者機関の検査を受けたところで何の問題もないって、少なくとも日本代表選手団は認識してるからこその今日の起用だと思うよ。
・つまり問題なし?
・いや、逆にドーピングじゃないのにこれの方がヤバない?
・本当に怪我なく最後まで投げ切れるんか……?
そこは私も心配で仕方ないけど、相手は史上最強のアメリカ代表だからね。
それぐらいのリスクを負わないと抑えることなんてできない。
更に言えば、初顔合わせのこの決勝戦は後にも先にもない唯一無二の機会。
ここで出し惜しみしようものなら一生アメリカ代表に勝つことはできない。
秀治郎選手自身がそう判断したんだろうね。
・まさか、そこまでの覚悟を……
・1人に背負わせ過ぎや
・けど、これって明らかにつけ焼き刃じゃないよな?
・一体いつからアンダースローなんて仕込んでたんだ?
それは分からないけど、ここ2、3年の話じゃないのは間違いないと思うよ。
明らかにそんな完成度じゃなかったもん。
っと、それについて監督のコメントだって。
・成程。アンダースローは秀治郎選手から直前になって提案された、と
・アメリカ代表に漏れないように情報統制は徹底してた、か。当然だな
もしバレてたりしたら、あのアメリカ代表が3者凡退するとは思えないしね。
絶対徹底的に対策してくるだろうし。
隠し玉にして奇襲する以外なかった……って、え?
・小学校の頃から手慰みで練習し続けてたって?
・嘘やろ
・マジでそんな子供の頃から今日という日を見据えてやってたってこと?
高校時代に浜中選手にナックルを習得させたって話だけでも先見の明があり過ぎるって思ってたけど、これは……。
さすがに言葉を失っちゃうね。は、はは。
・秀治郎選手には何が見えてるんや
・アメリカ代表を倒すためにこの世に生まれてきたって言われても信じるわ
……そうだね。
ちょっと畏怖の念で寒気がしちゃったけど、日本の代表としては心強い限り。
この上なく頼もしいよ。
・せやな。俺達皆の代表や
・ここまで来たんだ。勝ってくれ
・応援するぞ!
うん。でも、どうか最後まで怪我することなく。
その上で最良の結果が得られますように。
2回以降も頑張れ、秀治郎選手! 頑張れ、日本代表!!




