351 決戦の始まり
アリバイ作り的なブルペンでの肩慣らしを終え、最終ミーティングに向かう。
その途中で既にアメリカ代表の練習時間となっているグラウンドへと視線を向けると、決勝戦の重圧を感じさせない彼らの伸び伸びとした様子が見て取れた。
誰も彼も動きに躍動感がある。
しかし、実際には基本に忠実で緻密。芸術的ですらある。
にもかかわらず、ダイナミックさを感じるのは恐らく彼らの表情故だろう。
それこそ野球というスポーツを愛し、心の底から楽しんでいるのがよく分かる。
ただ――。
「試合の時よりもずっと楽しそう」
俺もあーちゃんの呟きと同じような印象を抱いていた。
実際、彼らは試合中。後半になればなる程、退屈さを隠せなくなっていく。
試合開始直後は相手に対する期待もあるのだろうが、徐々に虚しさや寂しさのような感情が滲み出てきてしまう。
勿論、あからさまなものではない。取り繕おうとはしている。
それでも漏れてしまうものは確かにあった。
まあ、さすがに数十点もの点差がつけば、さもありなんと思う。
それこそ圧倒的強者の悲哀と言うべきか。
対戦相手との格差が余りに大き過ぎて、WBWよりも身内と競い合っている時の方が純粋に野球の面白さを感じられるような状態になってしまっているのだろう。
だからこそ彼らは、図らずも絶対強者と成り果てた自分達を相手にして尚、野球を楽しむことができるぐらいの好敵手を強く求めている。
それはバンビーノ選手自身の口からも語られていることだ。
「俺達を熱くさせてくれ、か」
以前の伝言の内容を思い出し、それを口に出す。
「追い詰められた時に同じことが言えるか見もの」
先程の彼との会話の中で彼女もまたデリケートな部分を無遠慮に突っつかれたからか、あーちゃんは少しばかり反感を滲ませながら呟いた。
そう言いたくなる気持ちは分からなくもないが……。
「多分、バンビーノ選手達だったら、たとえ劣勢に立たされたとしても嬉々として状況を打開するために全力を尽くすんだろうな」
「……しゅー君、何か贔屓してる?」
「え? いや、相手は偉大な選手だから……尊敬もあるし」
そんな俺の返答に、あーちゃんは腑に落ちないような表情を浮かべる。
前世の功績も加味しての評価だから、彼女には過大に感じるかもしれない。
俺としては適正だと思うけれども。
「憧れは一旦放り捨てるべき。そうじゃないと相手にも失礼」
「それは、勿論。真剣勝負だからな」
自分と同一視することは決してできないが、いくらかの親近感はある。
野球狂神の享楽のためにこの世界に放り込まれた同士だ。
烏滸がましいが、どうにか彼らの退屈を晴らしてやりたい気持ちはある。
とは言え、そのためだけの存在になってはならない。
俺も今日までこの世界の日本で過ごしてきたのだ。
帰属意識もあれば義理もある。喜ばせたい人もいる。
結果としてバンビーノ選手達のためにもなるといった形であるべきで、試合は勝つために臨まなければならない。
そして勝つためには、余計なことは考えずに全身全霊で挑まなければならない。
「…………行こう」
「ん」
雑念を払うようにグラウンドから視線を切ってミーティングルームに向かう。
最終ミーティングは特に新しい話はなく、昨日の復習をするのみだった。
アメリカ代表は付け焼き刃が通用するような相手ではない。
今日までの積み重ねを信じて挑む以外にない。
それを改めて確認し、最後に選手達で円陣を組む。
「秀治郎選手、声出しをお願いします」
「はい。分かりました」
落山監督に促され、少し頭の中で内容を整理しながら前に出る。
キャプテンなしの体制でここまで来た日本代表。
それもあって年齢の上では若い俺がそれをすることに異論は出なかった。
むしろ「プロ野球選手野村秀治郎」がそうするのは立場的に自然な流れだろう。
だから俺は1つ深く息を吐き出し、全員を見回してから口を開いた。
「ここに至るまで色々なことがありました。それぞれにそれぞれの道があり、それらが交わってこの日に辿り着くことができたのだと思います」
20年。改めて振り返れば密度の濃い日々だった。
仲間集めと育成を常に考えつつ。
高校野球をすっ飛ばしたり、クラブチームをプロ球団に導いたり。
前世からすると王道とはとても言えない部分も多々あったが、それはそれ。
俺とあーちゃんだけの道のりと思えば悪くはない。
同様に、彼らも彼らだけの道を歩んでここまで来た。
甲子園優勝からのプロ入りというエリートコースでさえ、中身は千差万別。
高校まで鳴かず飛ばずだった者が大学で一気に頭角を現したケースもある。
一方で小学校時代の栄光から一転、大きな怪我を繰り返して堕ちた神童とまで言われながらも日本代表まで這い上がってきた者だっている。
価値観だって細かいところでは同じではないだろう。
それでも、少なくともここにいる者の目的は同じだ。
「これまでの全ては、今日ここでアメリカ代表に勝つためのものです」
バンビーノ選手に指摘された後ろめたさがあろうとも。
いや、後ろめたさがあるからこそ。
この試合には勝たなければならない。
そうでなければ何の意味もない。
後ろめたさどころの話ではなくなってしまう。
とは言え、表向きは「プロ野球選手野村秀治郎」としてネガティブな要素は見せないように健全で爽やかな姿を装いながら。
「……ベターではなく、ベストの結果を掴み取るために。相手の名前に臆することなく、全力を出し切りましょう」
俺は息を大きく吸い込み、気合を込めて告げた。
「行くぞ!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
皆も負けじと大きな声を応じ、それから自然と拍手が巻き起こる。
少なくとも試合前の今。
気持ちで既に負けている選手はいないようだ。
挑戦者の気概を持って、全員で決勝戦のオープニングセレモニーのためにバンクノート・パークのライトファウルグラウンド側入場口に向かう。
そして俺は選手達を代表して大きな日章旗を持ち、その先頭に立った。
『全世界の頂点を懸けて戦う選手達の入場です!!』
アナウンスと共に壮大な音楽が流れ始め、それに合わせて行進を開始する。
グラウンドには参加国全ての国旗が運営スタッフの手で広げられている。
反対のレフトファウルグラウンド側の入場口からは、アメリカ代表選手達が星条旗を伴って姿を現しているはずだ。
それを示すように。
『『『『『『『『『うおおおおおっ!! USA!! USA!! USA!!』』』』』』』』』
恐ろしい程の歓声がスタンドから巻き起こった。
さすがは野球に狂った世界の趨勢を左右する大会の決勝戦。
前世と今生全てを見渡しても桁違いだ。
「「「ニッポンッ!! ニッポンッ!! ニッポンッ!!」」」
日本代表応援団からも声が上がっているが、今にもかき消されてしまいそうだ。
しかし、必死に張り上げた声援はちゃんと俺達の耳に届いている。
それだけで十分だ。
やがて、日本代表選手達とアメリカ代表選手達がファウルライン上に並ぶ。
ホームベース上には優勝トロフィーが置かれた台が設置されている。
それを挟んで八の字に相対しているバンビーノ選手を始めとしたアメリカ代表選手達は、どこか期待のこもった瞳を俺達に向けている。
歯応えのある相手であってくれと祈っているようにも見える。
『日本代表、監督、背番号66、ヒデミツ・オチヤマ!!』
監督とスターティングオーダーのアナウンスが開始される。
まずは先攻の日本代表から。
『1番、キャッチャー、背番号22、アカネ・ノムラ!!』
あーちゃんが社交辞令的に帽子を取り、胸に抱くようにしながら軽く礼をする。
電光掲示板に彼女のアップが映し出される。
『2番、セカンド、背番号39、ミク・クラモト!!』
倉本さんは不敵に笑い、あーちゃんより大きな動作で帽子を掲げて頭を下げる。
『3番、センター、背番号7、カズヒロ・ヤマサキ!!』
『4番、ピッチャー、背番号19、シュウジロウ・ノムラ!!』
山崎選手は淡々と。
俺は「プロ野球選手野村秀治郎」のイメージを崩さないように爽やかに。
『5番、サード、背番号2、ショウジ・セガワ!!』
『6番、ファースト、背番号51、マサキ・セガワ!!』
『7番、ショート、背番号18、タクミ・イワキ!!』
『8番、レフト、背番号17、カツジ・オオマツ!!』
『9番、ライト、背番号20、リキオウ・クロイ!!』
昇二は控え目。正樹は無愛想。磐城君は真面目に。
大松君は派手に。黒井選手は複雑な表情で。
いずれにしても初の決勝戦。
場慣れしていない様子が動作の端々から滲み出てしまっている。
一方のアメリカ代表は――。
『アメリカ代表、監督、背番号6、トーマス・ポール・リーランド!!』
『1番、センター、背番号9、キッド・ラビリンス!!』
『2番、レフト、背番号24、セオドア・サンパー!!』
『3番、ファースト、背番号4、ビスケット・L・ラルーピン!!』
『4番、ライト、背番号3、バンビーノ・G・ビート!!』
『5番、DH、背番号44、ハンマー・A・ルイス!!』
『6番、ショート、背番号8、オリオール・エドウィン・ジュニア!!』
『7番、サード、背番号20、マイケル・フィリー!!』
『8番、セカンド、背番号99、ラージャ・H・スプリングフィールド!!』
『9番、キャッチャー、背番号5、ジェネラル・ビッグレッド!!』
『ピッチャー、背番号0、サイクロン・D・ファクト!!』
全員、手慣れたもので各々電光掲示板映りのいい姿を見せていた。
『『『『『『『『『USA!! USA!! USA!!』』』』』』』』』
それを受けてスタンドのボルテージも更に上がる。
まさしく敵地。
雰囲気作りも巧い。
こういったところにも国家としての積み重ねの差が感じられる。
そんな中で最後は順に国歌斉唱を行い、オープニングセレモニーは終了。
一旦ベンチに戻り、各国の国旗を広げていた運営スタッフが撤収するのを待つ。
グラウンドから人の姿がなくなる。
セレモニーから試合へ。
その移行を肌で感じる。
時間はとまらない。戻らない。
改めてベンチから出てきたアメリカ代表選手が守備位置につき、先発ピッチャーのサイクロン選手が投球練習を始める。
「あーちゃん」
先頭打者である彼女に激励を込めて呼びかけると、彼女は「ん」と応じて俺に頷いてからネクストバッターズサークルに向かった。
本当の本当に。この時が来たのだ。
「プレイ(ボール)ッ!!」
そして遂に。WBW決勝戦の火蓋が切られたのだった。




