見えない世界を視る
ホームズ女史と出会ってもう5年になる。その間に一つ私は気付いたことがある。見えない世界で視ていることと現実は必ず一致しないのではないかということだ。いつものように、ホームズ女史とハドソン夫人と3人で食事をしていた。そこは、フアミリー居酒屋でそれこそ、老若男女。様々なお客様が来ていた。食事が終わってから、ホームズ女史が口を開く。
「困ったなあ。ハドソンさんに、女の人がついてきている。波長が合って、あの店にいたのがついてきたのだわ。」
まあ、様子を見るからとその晩は別れたのだが、深夜ハドソンさんに憑いた女の人がホームズ女史を訪ねてきたそうだ。女はハドソンさんに憑いてもよいかとホームズ女史に尋ねたそうだ。それは、困る。と、ホームズ女史は言い手近に会った人形を示し、ここになら入ってもいいと言うとそれは、嫌だと言う。次にホームズ女史が特に大事にしていた人形を示し「これは」と聞くと「これならいい」と言って
その人形に入っていったそうだ。そして、その、瞬間。その人形はま二つに割れてしまったのだという。
後日、彼女はこの人形を、人形供養のお寺に供養に持って行ったのだが、やはり、ハドソンさんはお母様に守られていて、憑ききれず、自分の所に来たのだなと思ったという。このとき女が言った「憑く」と言うのは今まで私に憑いてきている肩口後ろに憑くというのとは意味が又違っていたのだそうだ。
ホームズ女史曰く、
「人間の中にもう一人、人間がはいりこんでいるように見える人がいるのよ。これは、本当に憑依されていて、気をつけなければいけない憑かれかたなのよ」
そうか、「憑く」ということは、単純に肩口にいるということだけれど「憑依」となると、体の中に入り込まれてしまうのだと、気がついた。そうすると、人形を真二つに裂いた、ハドソンさんに憑いてもいいかとホームズ女史に尋ねた女はハドソンさんの中に入り込むつもりだったわけだ。
この時の話を別の人と話していたら、その人が又私の知らない事を教えてくれた。
「体の中に入り込む時はここからはいるらしいよ。」
示してくれた場所は背中の肩甲骨の真下の背骨よりの位置だった。しかし、憑くにしろ憑依されるにしろ、私を含め見えない人には雲をつかむような話。ある意味現実に関係しないのならば、好きにしてという気持ちすらある。
先日、私は所用で山に住む知人宅に夜出向いたのだが、その帰りから体調がくずれはじめ、3日間寝込んでしまった。山の真っ暗な闇がチカチカと脳裏に点滅するが
「まさかね、憑かれたわけじゃない。単に疲れがでただけ」と思っていた。ホームズ女史と付き合うようになり、私の中では見えない世界はもはや遠い世界のことではなく、ふとした瞬間に距離が縮まる世界だと認識していた。
しかし、体がきかない。ひどい頭痛に鉛のように重くなった体が悲鳴をあげていた。そうして、そんなときタイミングよくハドソンさんから連絡がはいるのだ。私の変調を知ったハドソンさんは早速ホームズ女史に確認してくれる。
「確かに体の疲れもあるけれど、病気じゃなくそういう症状がおこっているのかもしれない。8人目をひろったか7人目が悪さをしはじめたかもしれない」
やはり、こんなふうに体に影響があるのでは、「好きにして。勝手に憑いていなさい」というわけにもいかない。前言撤回である。ホームズ女史はその後お寺で、私とハドソンさんの厄払い祈願をしてきてくれた。
それから体調が回復して後、再び山の知人に会う機会があった。
「この間は、ここからの帰りから体調が悪くなりだして私3日間寝込んだのよ。山にいるのじゃないの。何かが」
「いるよ」知人は事もなさそうに相槌をうった。
「山にはいるよ。人もいる。動物もいる。神様もいる」
知人は男性で、どうやら感じるだけではなく、少しは見ることもできるのだそうだ。
「いつもおる女のひとがいるのや。俺の子供2人もみているよ。顔がはっきりと見えないので、見てやろうとじいっとみようとするとふっと、いなくなる。先祖とかの関係じゃなく、山関係だと思う。俺は神さんは、みたことはない。でも、俺の母親がいつもいっていたよ。山には神さんがいっぱいいるって。
俺は仕事柄出張が多くて他県に行くと、滝を見に行くことにしているのだけれど、そういうところにはたくさんいるよ。まず、気配がする。そして、音が聞こえなくなるんだ。その次には、反対に音がうずまくように、『ゴーッ』と唸り声をあげるようにせまってくるんだ。だから、もしかして、山の何かを連れて帰ったのかもしれないね。まあ、動物でなければ大丈夫だよ。動物はいかんけどね。」
そんなことを言われても、私には何がどうなっているのか分かりもしないのだから。見えない世界の耳年増にも困るものだ。その日も用事をすませると、先回よりは早いけれどやはり遅い時間となりもう外は真っ暗だった。山の闇は本当に深い。怖いほど暗い。そして、その暗さのすぐそこに何か自分と違う異質なものが息づいている気がする。それが怖いのだ。そう思いながら山を降りて行き、麓の人家の明かり、街の明かりを眼にしてやっと、私はハンドルを握り締める力を抜いたのだった。
山の夜の闇の中を帰ってきてから、3日間調子をくずしたとき、実はホームズ女史の解説はおそろしいものだった。症状としてとにかく頭痛がひどく、頭を前にたれれば前が右に向ければ右が、左に向けば左が、後ろに向けば後ろがというふうに尋常でなく頭が痛んだ。きりきりとではなく、にぶく痛んだ。
体は体でとにかく重く感じる。寝返りをうつことすらがのたうつほど、体が重い。少しも身動きができないくらい苦しいのだ。もともと私は至って健康体で、風邪でもなくこんなに寝込むことはない。
「ただごとではない」と自分で思っていた。そして、これほど苦しいのに痛み全体としては鈍く不思議と病院にいこうとは思わなかった。そんなときタイミングよくハドソンさんから、ホームズ女史と一緒にお茶をしようと連絡が入ったわけだが、私は動く気力もなくハドソンさんにホームズ女史にこの状況を伝えってもらってお誘いを断ったという経緯だった。そして、ホームズ女史は電話で私の名を聞いたところで、即座に気分が悪くなったという。ホームズ女史が見えない世界の相手を見たときに、それがよくないものであった場合、そのよくないものは、ホームズ女史に自分の目的をじゃまされるのを嫌がって攻撃をしかけてくるのだそうだ。
それで「体の不調が基本にあるにしても、それは8人めか、7人目の影響が関係しているかも知れない。
でも、たまたま今度自分が某神社に行くので、その時にワトソンさんのこともハドソンさんのことも一緒にお願いしてくるから心配しないでいいよ」
と、言ってくれていた。
そして、寝込んで3日め、ホームズ女史から「もう大丈夫だからね」と、メールが入り3日間寝込んで休養がとれたせいもあるが、私は徐々に体調を取り戻していった。その後、体調が戻って再び山に行き、これこれこんなことがあった。山に何かいるのじゃないのかと、山の知人に聞き、平然と「いる」と答えられ、「人はまだええけど、動物はいかんで。山には動物がいるからな。この動物につかれたら、いかん。動物につかれたのを抜ける人はこの県にはおらんやろうから」と聞いて帰ったわけだ。この最後の会話がキーワードだったことを知るのは、数カ月後のことだ。ホームズ女史とハドソン夫人といつものように食事をしていた時、ホームズ女史は私が体調が悪かった時、見えない世界でどのようなことが起きていたのかを説明してくれたのでした。
「山の動物に憑かれていたね」
「山の動物って、たぬき」
「そんなかわいいものじゃ、ない」
そうしてホームズ女史は語り始めた。ホームズ女史は某神社にていつものように女史が先生と仰ぐ神社関係者と拝礼をしていたのだそうだ。その時、ハドソンさんのこと、私のこともあわせて祈っていた。
すると、正座して手を合わす自分の横に私がすっとやってきて座ったと言う。
「あ、きたね。」
師とホームズ女史は頷きあう。そのときの私の顔色は土気色で、その上なんと大きなへびが2匹首にまきついていたのだという。あまりに信じられない話に私はバカな聞き返しをした。
「なぜ、私がそこに」
「魂だけになってやってきたのよ」
「幽体離脱状態やね」
ハドソン夫人が言葉を添える。
「だって、確かに苦しかったけれど、ホームズ女史を頼ろうなんてそんな意識はなかったよ」
「でも、来てたのよ」
「あの3日間の不調はただごとじゃないとは思ったけれど、まさか」
絶句する私にホームズ女史は話し続ける。
「あんな大きなへびが2匹も首に巻きついてるのだもの、重いはずだし、首から上に変調もくるわ」
なるほど、あの頭痛はこういうことだったのだ。
「魂だけになってやって来れたのもね、今回はあなた自身が自分の身を危ないと感じていたことや、実際へびは本当に力が強くて、危なくてあなたに憑いていた甲冑武者の3人があなたを連れてきたみたいね。」
「彼らは私の守護霊じゃないって言っていたのに」
「それだけ、あなたが危なかったということよ。とにかくこのへびを何とかしようということでね、先生が拝んでくれたの」
「お経を読むの」
「神社だから、お経じゃないんだけれど、祓いの言葉と後は『でろ。でろ』という気合ね。1時間半ぐらいかかってね、それでようやくあなたの口からドサッツ、と出てきたのよ。」
幽体離脱した、私の口からへびがでる。ショックな話であり、荒唐無稽な話であった。
「証拠にへびの鱗か皮でも持ってきてあげればよかったかな」
「眼にみえないへびなのに実態でうろこなんてあるの」
「あ、そうか。どうなのだろうね。私や先生には見えているのだけれどね。だいたい、1時間半くらい拝んでいたのだけれど、その様子だって誰か第3者が見ていたらバカみたいだと思うよ。だって、他の人には見えない人に向かって拝んでいて、私は黙って正座しているだけだもの。でも、1時間半の正座はしんどかったわ」
「へびは首にまきついていたんでしょう。それが何故口から出るの」
「一度からだの中に入って口から出てきたのよ。でも、口から出たということはいいことなのよ。ひじ下から出ることもあるのよ。でも、ワトソンさんは口からはきだしたでしょう。そこで、ほかに実はいろんなものがでたのよ。」
「エエッツ。」
いったい私って。衝撃は続いた。
「へびを出したときも、やっぱりワトソンさんの顔は苦痛にゆがんでいてちょっと、怖かった。でも、ほかに一緒にでてきたものもちょっと・・・・」
ちょっと・・・・なんていいよどまれたらこちらの方が怖くなる。
「本当はね一緒に出てきたあなたに憑いている人達も祓おうかと、先生がきいてくれたのよ。でも、私1時間半の正座にかなりくたびれていて、どれだけかかりますかと尋ねたの。そうしたら、3時間半か4時間っていうから、私の方が無理ですと言ってしまったの」
あああ、もしかすると、このときのホームズ女史次第で私の後ろの7人もいなくなっていたのかもしれない。しかし、ホームズ女史が「無理」といったということは、まだその時ではないということだろう。
見えない世界のショックな話の衝撃の後、私はホームズ女史に聞いてみた。
「何故、私はへびに憑かれたのかしら。へびに憑かれるって、よく淫性のある人に憑くって聞くわよ。
自慢じゃないけれど、艶っぽい話に縁はないのだけれどな」
「ちがう、ちがう。そういうへびじゃない。どちらかというと、山に住む精霊に近いへびよ。このへびはあなたに山に入ってほしくなかった。あなた、山に入るときに『入らせてもらいます』って挨拶しなかったの」
「しなかった」
そういえば、子供の頃から伯母さんに、
「山の麓にはかならずお地蔵さんがまつられているから、お地蔵様に挨拶してから入っていくんだよ。そうすればお地蔵様が守ってくれるからな」
と、言われていた。しかし、今回の山は田舎にもかかわらず行われる道路整備のため道路から山へと入るわき道がすでに、山の中腹の位置なのだ。だから、そんなことはすっかり忘れていたのだ。
「どんな小さな山でも必ず『入らせてもらいます』と、挨拶はしなくてはね」
「でも、今までそこには何度も入っていったのに、何故今回だけこうなったの」
「やはり、夜だからでしょう。とくに、へびは夜動くし」
「それでも、何で私だけ」
「それも、意味があってじゃないのよね。たまたま。あなたが憑かれやすいから」
「憑かれやすいって、例の太っているからってこと」
「そう」
「今度山に入るときに、一升瓶を持っていって、山に入る道にまいてくればいいわ」
「そして、ありふれているけれど、水晶はいいわよ。魔よけになるから」
最近は自然石のお店が普通にデパートにも出店しているので、今度ホームズ女史と一緒に買いに行くことにした。ホームズ女史によると、その時に必要な石が、石の方で呼びかけてくれるのだそうだ。
「でもね、あなたもすごいと思うわ」
「何が」
「魂だけになってやってきて、ちゃんと済ますことを済ませて戻っているじゃない」
私には何の自覚症状もないことだけれど、一つだけそのことに関して思いあたる節が実はある。
それは、3日め、ホームズ女史がまさしく神社にでかけたときふらふらになりながら、私も御先祖様
や母や伯母のお墓に出向いた事だ。ホームズ女史から「7人目が動き始めたか、8人目か」と予測され
ていたので、この普通ではない苦しい状況に、苦しい時の神頼みならぬ、御先祖様頼みにでかけたのだ。
子供の頃から、「御先祖様に頼み事はしてはいけないよ。御先祖さまは死んで仏様になっているからといって元は人間の身。頼みごとをされると、疲れるからね。御先祖様には感謝の気持ちで手をあわすだけ」
と、伯母さんから教わっていた。だから、常々「お見守りください」とは、声をかけていたが
「御先祖様、どうやら何か尋常じゃない状態のようです。さすがに、今回はしんどいです。本当に何か私に起こっているとしたらどうぞ、お助けください。お母さんおばあちゃん、本当に苦しいです」
と、負担をかけるのを承知で声にだしてお願いをしたのだ。そして、私の知りえない見えない世界で私が幽体離脱をしてホームズ女史に助けを求めに行き、目的を果たして帰って行ったのだとしたら
それは、きっとご先祖様たちの力添えではないかと思うのだ。私自身は本当になにも自覚がないのだから。御先祖様たちはさぞくたびれたことだろう。きっと。それにしても、山の知人が言った
「人間ならまだしも、動物はいかんで。動物は。動物はこの県で抜ける人はおらんやろうから」
あれこそが、予言のようであったなと、思う。実際、ホームズ女史は他県にお参りに行き、その縁で抜けたのだから。何気ない言葉にも、確かに意味があるものだ。
それにしても、あまりにも、衝撃的に荒唐無稽な話だった。しかし、だからといって、ホームズ女史の言葉を信じない理由にはならない。100パーセントホームズ女史の語る見えない世界を信じているのではない。けれど、100パーセントホームズ女史との人間関係を信じている。そうすると、彼女の語る見えない世界を「それはあまりにも眉唾な」と、程度の問題で、今さら否定するのも矛盾する話になる。ましてや、いままでの付き合いの中で積み上げてきた納得の行く事実があるのだから。そして、純粋に彼女がやってくれたことを考えてみても無報酬で知人の無事を祈り、事が起こっているとすれば、力の及ぶ限りで助けてくれる。ただただ頭のさがることではないか。もし、彼女がたまたまお参りに行かなければ私はどうなっていたのだろうか。もしかして、クモ膜下出血を起こすか脳梗塞でも起こしていただろうか。事実はわからない。けれど、自分自身で尋常でない体の不調を体験した私はやはり、彼女に頭をさげ言葉にだして礼をいうべきことだと思った。




