黄色い人
まだ、母が存命中の話だが、ある夜、兄の家へ立ち寄った。どこもかしこも電気がこうこうとつけられている。
「どうしたの」
と聞くと兄の3歳の娘が
「お家に黄色い人がいる」といって
暗闇をこわがると言うことだった。
「黄色い人って何」
「よく、わからないよ。子供の言う事だし。けれど、黄色い人がおるって、言うのや。真相はわかっているけどな。たぶん、前の家の人が車で帰ってきて車庫入れしているとき、そのライトがカーテンに反射してゆれているのだと思う」
その時は、それ以上の話にならなかったが、自宅へと帰る車中の中で当時中学生と小学生だった子供達が話しかけてきた。
「今日、従兄弟たちと遊んでいたら、急に怖くなったわ。お母さん」
「怖くなったって。何が」
普通に風呂場近くで皆が遊んでいたのだけれど、急にみんなが顔を見合わせて、怖くなってそこから、逃げ出したの。何かわからないけれど、怖かった」
それで、子供達に3歳の女の子が怖がる黄色い人の話をした。子供達は
「ぎゃー、やっぱり、何かおったんや。とにかく、怖かった」
と、帰る車中兄妹二人がずっとくっついていた。その様子に念のため、後でホームズ女史に連絡をしてみた。
「その、土地に昔建てられていた家に住んでいた女の子ね。黄色い着物を着ているわ。でも、そんなのは、残像みたいなものだから、心配はいらないわよ。子供が特に敏感な年齢でちょっと感じただけよ」
とのことであった。それだけの話で、私も
「ふーん、そうだったのか」
と思っただけでそれ以上気にとめなかった。たが、私がそんなことがあったことも忘れた頃、母の闘病中にその「黄色い人」と私はふたたび遭遇することになったのだった。
死期も迫った母の看病中のことだった。
「今、足をさわってるかしら」と苦しそうに母が尋ねてきた。
「ううん、さわっていないよ」
「だれかが、足をさすってくれているような気がするのよ」
そんな、ことが、2度ほどあった。そして3度目に同じ会話がかわされた時、母が続けて話はじめた。
「不思議なことを話してあげようか。昨日の夜、寝ていたらね、頭の上の壁のところから女の子と、もう一人は男の子か女の子かはっきりわからなかったけれど、二人がすうっとと出てきて、廊下に抜けていったのよ。おかっぱ頭で、着物をきていたわ。まだ子供だったわね」
私は、母を怖がらせてはいけないと思い、
「お母さん、お母さんの生まれなかった子供達が心配して、来てくれたんじゃないの。ほら、産まれなかった、子供は7つまでしか育たないとよく言うじゃない。たぶん、そうよ」
苦しい解釈をつけた。母はそうかとも言わず、ただ頷いていた。その時私が「産まれなかった子供」を持ち出したのはとっぴなことではなかった。実は子供の頃見た夢で、どうしても忘れられない夢があった。
それは、私が寝ている部屋のすりガラスの入った戸を5センチほど開けて、おかっぱ頭の女の子と少し小さい男の子が私をのぞき見ているという夢だ。二人とも何ともうらやましそうな目つきで私の寝顔を見ていて、子供心に忘れることができなかったのだ。子供の頃から私は母に、産まれなかった二人の兄弟のことを聞いていたので、生まれる子と生まれることができなかった子との運命の差に少し感じるところがあり、そんな夢を見たのだと思っていた。だから、母の話にそう解説したわけだが、念のために母に確認してみた。
「その子、もしかしたら黄色い着物を着ていたかしら」
「着ていたような気もするし、はっきりと覚えていないわ」
母は小さく答えた。 兄の家の黄色い人がここまできたのだろうか。いいや、きっと、違うだろうと思った。母には「産まれなかった子供だ」と、説明をしながら10中8.9その子達は母の死の予告者だと、私は感じていた。心霊関係の話にはなぜかおかっぱ頭の着物の子供という話がよくでてくる。家の母もそういうケースだと思ったのだった。
その後、母は亡くなりその葬儀の通夜のことだ。「黄色い人」が見えると言った娘とその兄を私の中学生の子供と小学生の子供にあずけ、大人達は雑事に追われていた。しかし、見送る人も、ほとんど親族の人ばかりと、わずかの弔問客というひっそりとした葬儀であった。小さな従兄弟達が寝てしまってから、娘が私にそっと耳打ちをした。
「お客様の中に、白い着物を着た人がいたって、言っていたよ」それとか、大きなおばあちゃんや、小さなおばあちゃんが死んだおばあちゃんを見ていたって」
3歳の娘は、本当にそういうモノが見えているのだろうか。もしかしたら、ホームズ女史と同じ世界の
住人なのだろうか。3歳の娘がもう嘘をつくことなどできるものだろうか。従兄弟や大人の気をひくため
に。私はいぶかしい気持ちでいっぱいだった。その後葬儀も終わり、あらためて、ホームズ女史に女の子の話をしてみた。
「たしかにね、お母さんの御先祖さまたちが見にきていたようよ。でも、それは『ああ、この人も死んで仲間になったね』と様子を見に来ていただけ。深い意味はないの。でも、問題は、その女の子」
やはり、と思った。そして、見えない世界系の話になると予測していた。
「その女の子はね、お父さんがこわくてね、お父さんに気をつかっていつも、失敗しないようにと、ものすごく緊張しているの。それで、そういうものをよびよせるというか、見てしまうの。よく、気をつけてあげて」
以外にも問題は見えない世界のことではなく、現実にあると言うのだった。しかし、それなら頷ける。
兄は突然シングルフアーザーになり、子育てに必死だったし、それ以上に、甘える存在の母親を突然なくした子供達のショックはいかばかりであっただろうか。
「お兄さん、少し力を抜いたほうがよいわよ」
私はさりげなく兄に声をかけた。あれから数年がたつ。3歳の女の子は小学生になり「黄色い人」を見ることも怖がることもなくなったのだった。




