第9話 公開検証、開始
第8日の朝。初期街の中央ギルド前広場は、物々しい熱気に包まれていた。
普段は冒険者たちが足早に通り過ぎるだけの広場に、今日は街のギルド役員、野次馬の冒険者、そして商人たちまでが幾重にも人垣を作っている。
彼らの視線の先、広場の中央には二つのパーティが整列していた。
一方は、マルドが選出した「攻撃特化部隊」。屈強な前衛と高火力の魔術師だけで構成された、支援職を一切含まない五人組だ。
もう一方は、俺が編成した「支援職混合隊」。前衛の剣士は平均的な実力だが、その後ろには見習い治癒師のミレナ、老職人バルク、そして迷宮の罠や魔力滞留を察知する案内役が控えている。
「静粛に」
俺は広場の中央に進み出て、集まった観衆と、腕を組んで冷笑を浮かべるマルドに向けて声を張った。神界からの支給品である過剰な装飾の外套が、俺のような若造が場を仕切ることへの周囲の反発を、権威という盾で物理的に弾き返してくれている。
「これより、初心者迷宮における支援職の有用性についての公開検証を始める。判定条件は事前に通達した通りだ。両隊は同じ階層を同じルートで進む。勝敗は、持ち帰った魔獣素材の売却益から、消費したポーション代と武具の損耗修理費を差し引いた『純利益』の多さで決める」
単純明快なルールの確認に、観衆の中から同意のざわめきが起きる。
広場の端には、中が一切見えない黒い天幕――『観測幕』が張られていた。
創造女神エリシアは、その幕の裏側に隠れている。彼女には、迷宮内部の状況を広場の受信卓へ中継するための通信術式を維持してもらう手はずだ。これは、姿を隠したまま力を発揮できる彼女にとって最適な配置だった。
幕の奥から、微弱だが極めて安定した神力の波動が流れてきているのを感じる。準備は万端だ。
「さあ、茶番はさっさと終わらせようじゃないか」
マルドが懐中時計を取り出し、見下すような目で俺を見た。
「前線で血を流す攻撃職こそが資源を生む。安全な後方で包帯を巻くだけの寄生虫どもがいかに足手まといか、この街の連中にたっぷり見せてやるといい」
「出発の前に、一つ公式な手続きが残っている」
迷宮へ向かおうとする両隊を、俺は手で制した。
「検証の公平性を期すため、両隊の装備の『事前記録との差分確認』を行う。武器と防具をここに出してくれ」
マルドが「無駄な時間を」と舌打ちする中、俺は支援職混合隊に貸与された木箱の前に立った。
中には、ミレナたちが身につける予定の革鎧と治癒用の杖が収められている。昨日、裏庭で密かに確認し、細工を発見したものだ。俺はあえて偶然気づいたような素振りはせず、あらかじめ決められた点検作業として、手袋をはめた手で装備を取り出した。
眼球に意識を集中させる。
『表層読み』。本日一回目。
視界が暗転し、物理的な物体の上に、異常を示す赤い亀裂が網の目のように浮かび上がる。亀裂が集中しているのは、革鎧の胸元を固定する留め具と、ミレナの杖に刻まれた魔力回路だった。
「マルド査定官。ギルドの保管庫は、ずいぶんと風通しが悪いようだな」
俺は革鎧を高く掲げ、ギルドの役員たちに見えるように留め具を指差した。
「この革鎧の留め具の爪、やすりで極限まで薄く削られている。少し激しく動けば弾け飛ぶ状態だ。それに、こっちの杖の魔力回路には、刃物で引いたような微細な傷が入っている。使えば魔力が暴発するぞ」
「……何を馬鹿な。それは彼ら支援職が、日頃から装備の手入れを怠っているから劣化しただけだろう。自己責任だ」
マルドは顔色一つ変えずに言い放った。観衆の一部からも「支援職は装備もろくに扱えないのか」という嘲笑が漏れる。
「劣化じゃない。人為的な細工だ」
俺は木箱の底を指でなぞり、そこについていた粉末を広場の石畳に落とした。
「留め具の断面には錆一つない。削り跡は真新しい。そして何より、貸与されたこの木箱の底には、やすりで削った際に出た『新鮮な金属粉』が落ちていた。貸与される直前に、誰かが意図的に削らなければこうはならない」
物理的な証拠を突きつけられ、広場の空気が一変した。
ギルドの役員たちが慌てて木箱の底を確認し、顔を青ざめさせる。検証用の装備に細工をするなど、ギルドの威信を根底から揺るがす不祥事だ。
「役員殿、検証手順に基づき、これらの装備を正常なものと交換していただきたい。まさか、ギルドは不良品で冒険者を迷宮へ送り出すのが『仕様』だとは言わないよな?」
俺の言葉に、役員たちは平謝りしながら新しい装備を手配しに走った。
マルドは奥歯を噛み締め、忌々しそうに俺を睨みつけていた。敵が用意した盤外の罠を、正規の手順の中で完全に粉砕してやった。
正常な装備が行き渡り、二つの隊が初心者迷宮へと姿を消した。
ここから先、俺の目は直接彼らを追うことはできない。代わりに広場の中央に設置された巨大な石板が、エリシアの維持する術式によって淡く発光し始めた。
迷宮内の案内役が持つ特殊な紙に短い状況を書き込むと、それが即座に石板の表面に文字列として浮かび上がる。映像や音声は送れないが、時刻、場所、短い観測文だけを中継する『分散記録』の仕組みだ。
広場の観衆が固唾を飲んで石板を見守る中、最初の報告が浮かび上がった。
『攻撃隊:第二層にて魔獣群と遭遇。罠を踏み抜き強行突破。前衛二名が重傷。高級ポーション三本を消費』
広場がざわめく。攻撃特化隊は進行こそ速いが、罠の解除や回避を軽視するため、被弾率が異常に高いのだ。
続いて、支援隊の報告が浮かぶ。
『支援隊:案内役が魔力過負荷の罠を警告し、迂回ルートへ。魔獣と交戦。前衛の剣が刃こぼれするも、バルクが現地で即席修理。ミレナが軽傷を即座に治癒。ポーション消費、ゼロ』
「……嘘だろ。あんな浅い階層で、もう高級ポーション三本も使ったのか?」
観衆の冒険者の一人が、信じられないというように声を漏らした。
石板には次々と報告が追加されていく。攻撃隊が魔獣を倒し素材を得るたびに、高価なポーションや解毒薬が湯水のように消費されていく。彼らは「傷ついても高価な薬で治せばいい」という力技の戦術しか持っていないのだ。
対する支援隊は、進行速度こそ一歩劣るものの、案内役が危険を避け、職人が装備のパフォーマンスを保ち、治癒師が被害を最小限に抑え込んでいる。
そして規定時間が経過し、二つの隊が迷宮から帰還した。
攻撃隊は、背嚢いっぱいに魔獣の素材を詰め込んでいたが、その顔は疲労で土気色になり、全身血まみれだった。
一方の支援隊は、素材の量こそ攻撃隊の八割程度だったが、誰一人として重傷を負っておらず、息も上がっていない。
「さて、結果発表と行こうか」
俺はギルド役員が計算した羊皮紙を受け取り、大声で読み上げた。
「攻撃隊の持ち帰った素材の売却益、三万ゴールド。対して、消費した高級ポーション五本と解毒薬、破損した武器の買い替え費用の合計、四万五千ゴールド。純利益は『マイナス一万五千ゴールド』の赤字だ」
広場が水を打ったように静まり返る。
「続いて、支援隊。素材の売却益、二万四千ゴールド。ポーションの消費、ゼロ。武器の修理費、現地修理のため消耗品費の数百ゴールドのみ。純利益は『二万三千ゴールド』の黒字」
数字は残酷なまでに明確だった。
支援職は足手まといではない。彼らがいなければ、前衛は莫大な修理費と治療費で自滅するのだ。彼らは戦わない代わりに、出費という名の『損失を極限まで防ぐ』最大の利益創出者だった。
「たまたま運が良かっただけだ!」
マルドが声を荒げ、前に進み出た。
「一回の検証で何が分かる! 私の査定記録には、過去数年間の莫大なデータがある。支援職が利益を圧迫しているという事実は、帳簿が証明しているのだ!」
「そう言うと思ったよ。だから、昨日あんたの帳簿の写しを『読んで』おいた」
俺は懐から、昨日集めた『マルドの査定帳簿』と、薬材商会から回収した『裏伝票の束』を取り出し、机の上に叩きつけた。
本日二回目の『表層読み』。
俺の視界の中で、帳簿に記された偽りの討伐記録から、赤い亀裂が空中に伸びる。亀裂は一本の明確な因果の線となり、薬材商会の裏伝票へと結びついた。俺はその赤い線を視覚でなぞりながら、一切の淀みなく言葉を紡ぐ。
「マルド。あんたの帳簿の十五ページ、三行目。ミレナが三人の重傷者を救った記録は消され、同じ時刻に迷宮にいなかったはずの上級剣士ガランの『討伐点』として付け替えられている。三十ページ、バルクが修理した防具の功績も、別の魔術師の手柄に化けている」
「なっ……き、貴様、何をデタラメを……!」
「デタラメじゃない。その上級者たちは、不当に得た莫大な報酬で、昨日俺が確認した薬材商会から高級ポーションを買い占めている。そして、商会の裏伝票には――」
俺は裏伝票の一枚をマルドの顔の前に突きつけた。
「上級者にポーションを売った利益の三割が、『情報提供料』という名目で、あんたの個人口座に振り込まれた記録が残っている」
広場の観衆から、怒号が沸き起こった。
今まで支援職が無能だから貧しいのだと信じ込まされていた冒険者たちが、自分たちの血と汗が一部の人間に搾取されていた事実を知ったのだ。
完璧な金の流れと物証を突きつけられ、マルドは反論の言葉を失い、その場に力なく膝をついた。
「マルド査定官。あんたの『仕様』は、ただの横領だ」
俺はギルド役員たちを振り返り、明確な処分を求めた。役員たちはもはやマルドを庇う余地もなく、即座に彼の査定資格停止と、不正利益の差し押さえを宣告した。
歓声と怒号が入り混じる広場の喧騒の中、俺はふと、観測幕の方へ視線を向けた。
黒い幕の奥で、エリシアの美しいシルエットが微かに揺れていた。彼女は決して表に出てきて称賛を浴びようとはしないが、その背筋はピンと伸び、俺たちの共同作業が世界の一角を正したことを、心から誇らしく思っているのが伝わってきた。
悪党の処分は終わった。だが、これで全てが解決したわけではない。
奪われた金と名誉を、誰にどうやって返すのか。次の問題が、俺の目の前に横たわっていた。




