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第4話 人間を、世界の修正担当にする

「俺が組むための条件だ。今から言うことを、神界の契約として飲んでもらう」


 村の広場の中央で、俺は創造女神エリシアと監査補佐官ノクトを交互に見据えて言い放った。


 エリシアは信じられないものを見るように、美しい目を丸くした。


「……人間の分際で、女神に条件をつけると言うのですか?」


「俺の目とこの台帳がなきゃ、あんたはどこを直せばいいのかも分からないはずだ。世界が半年で終わるって時に、神の威厳なんて気にしてる余裕があるのか?」


 エリシアが言い返そうと息を吸い込んだが、それを制したのはノクトだった。


「聞いてみましょう。彼がただの傍観者ではなく、世界の修正に責任を負うというのであれば、契約の内容をすり合わせる必要があります」


 無感情なノクトの許可を得て、俺は手に持った『死亡台帳』を軽く叩いた。


「一つ目。今後、あんたたちが世界の構造にいじった箇所、つまり変更記録はすべて公開しろ。二度と『仕様』だのなんだのと誤魔化して隠蔽することは許さない。二つ目。神界のふざけた統計データよりも、そこで生きている住民の証言を優先すること」


「……神界の正確な集計よりも、人間の主観を信じろと言うのですか?」


「現に、あんたの集計では死者がゼロになっていた。現場を見ない数字より、泥まみれで生きている人間の声の方がよっぽど正確だ」


 俺はさらに言葉を続ける。


「三つ目。昨日みたいに、強引な修正で別の場所に被害を出すような真似はさせない。危険な修正に対しては、俺に拒否権を持たせろ。そして最後だ」


 俺は死亡台帳をエリシアの目の前に突き出した。


「この死亡台帳を、公式の記録として保全しろ。なかったことにされた死者たちを、二度とシステムから消させない」


 静まり返る広場。


 要求したのは、神界の絶対的な権限を人間に割譲させるに等しい条件だ。怒りを買うかとも思ったが、エリシアの横に立つノクトは、顎に手を当てて小さく頷いた。


「情報の透明化、現場証言の採用、修正リスクの分散、そして記録の保全。……極めて合理的なリスク管理です。神界の規則にも、現地監査官の裁量として認められる範囲内ですね」


 ノクトの事務的な承認に、エリシアは不満げに眉をひそめた。だが、俺が視線を外さずに立っていると、やがて観念したように小さくため息をついた。


「……分かりました。世界を維持するためです。あなたの条件を、一時的な契約条項として認めましょう」


 契約は成立した。互いに微塵も信用していないが、これでただの女神と厄介者ではなく、仕事相手になったわけだ。


「では、さっそく公的な手続きに移ります。エリシア様、住民への通達を」


 ノクトの促しを受け、エリシアはこくりと頷いた。


 彼女は村の鐘楼の前に立つと、微かに宙へ浮き上がり、神威を込めた声で村中へ呼びかけた。


「ルミナリエルの住民たちよ。集いなさい。創造女神エリシアの名において、通達を行います」


 その高貴で圧倒的な声は、家の中に隠れていた村人たちをも否応なく広場へ引きずり出した。大人たちも子どもたちも、震えながら女神の前に平伏する。


 村人たちが揃ったのを見計らい、エリシアは俺を指し示した。


「此度より、この者……ユウ・アルセイドを神界公認の『住民監査官』に任命します。以降、彼は私と共に世界の欠陥を特定し、修正する権限を持ちます。あなたたちは彼の調査に全面的に協力しなさい」


 一方向の公的な宣告。その凛とした声には、有無を言わせぬ絶対的な権威があった。


 しかし、平伏していた村長が、おずおずと顔を上げた。


「お、恐れながら女神様……。なぜ、よりにもよってこのユウなのでしょうか。こいつは昔から出鱈目ばかり言って、村の和を乱す厄介者でして……。神界のお役目など、到底任せられるような――」


 村長がそう問いかけた瞬間だった。


 先ほどまで完璧な威厳を放っていたエリシアの肩が、びくりと跳ねた。彼女は言葉に詰まり、村長と目を合わせることを避けるように、ふいっと顔を背けてしまった。


 質問されること。期待外れだと失望されること。彼女は、双方向の対話を何よりも恐れているのだ。気まずい沈黙が広場に降り下りる。


「……俺が偉くなったわけじゃない」


 見かねた俺が一歩前に出て、村長を見下ろした。


「神界のシステムがバグってて、俺のこの妙な目が必要になった。ただそれだけのことだ。俺は今まで通り、ただ記録をとって直すだけだ。文句があるなら神界の統計に言ってくれ」


 俺の言葉に、村長や大人たちは忌々しそうに顔を見合わせたが、女神の決定にそれ以上逆らうことはできなかった。


 公的な役職を得て立場は逆転した。だが、村人たちの目から俺への不信感が消えたわけではない。ただ、権威によって黙らされただけだ。


「……助かりました。私、どうにもああいう場は……」


 村人たちが散っていく中、エリシアが俺の背後でぼそりと呟いた。


「宣告だけして逃げるな。監査官にするなら、最低限の装備くらいは用意してあるんだろうな」


 俺がそう言うと、彼女はハッとして、虚空から一着の外套を取り出した。


「もちろんです。神界からの支給品を受け取りなさい。これは防水、防塵に優れ、何よりあなたの観測による反響痛を軽減する術式が編み込まれています」


 手渡された外套は、確かに手触りからして尋常な素材ではなかった。ただ、問題はその見た目だ。


 真っ白な生地の縁には金糸の刺繍がびっしりと施され、留め具には無駄に大きな青い宝石があしらわれている。


「……なんだこの過剰な装飾は。辺境を歩くのに、こんな派手なもん着てられるか」


「文句を言わないでください。女神の威光を示す標準意匠です。機能に問題はありません」


 エリシアはむすっとした顔で言い返した。俺はため息をつきながら、渋々その重たい外套を羽織る。


 その直後だった。


 広場の隅で待機していたノクトの持つ、分厚い書物のページが淡く発光した。


「……緊急の救援要請です」


 ノクトが眼鏡の奥の目を細め、届いたばかりの遅延報告を読み上げる。


「発信元は、ここから西にある『初期街』。初心者迷宮において、肺を傷つけるなどの重傷を負った新人冒険者が多数運び込まれています。ですが――」


 ノクトはそこで一度言葉を切り、不可解な事実を口にした。


「患者が多数いるにもかかわらず、初期街の『治癒院』が閉鎖されるとのことです」


「ノクトの報告通りか。重傷者がいるのに、治癒院を閉めるとはな」


 俺は眉をひそめた。需要があるのに供給を断つなど、どう考えても正常な社会の動きではない。


「死者が増えれば、世界評価はさらに下がります。急ぎましょう」


 俺たちは顔を見合わせた。


 厄介者から監査官へ。これが、俺と不器用な女神の最初の仕事だった。

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