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次の日、早起きした私は早速、朝の準備をするためにルーカス様のお部屋へと赴いた。
「おはようございます。ルーカス殿下」
ノックの後にドアを開ける私。
窓の傍の椅子に腰掛け本を読んでいたルーカス様は、顔を上げ、驚いたように目を見開いた。
「……ニーナ?」
私は「はいっ」と頷く。
「ここでの滞在中は、私、ニーナ・レモンドが、殿下のお世話をすることになりました。ご要望などがございましたら、なんなりとお申し出ください」
「いや、でも、なぜだ?おまえは客人なのでは……」
「客人扱いは昨日まで。今日からしばらくは、こちらでメイドとして働きます。
殿下のお世話の傍ら、国王陛下のお手伝いをさせていただく予定です」
「し、しかし、いいのか?せっかくこちらに来たのだから、たまには羽を伸ばせば」
「いえいえ。仕事というものは、一度離れると勘が鈍ってしまうものです。
だから、滞在中もメイドとしての仕事をさせてほしいと、私から申し出たのです」
私は事前に用意していた「ルーカス様に近づくための口実」をよどみなく話した。
というのも、当初の予定では、彼の言うとおり、私は客人としてこの城に滞在する予定だった。
しかし、いくら幼なじみだったとはいえ、十数年ぶりに再開した友人とすぐに打ち解けるのは難しい。
そこで、こちらに滞在する間は私をルーカス様の専属メイドとしてもらい、自然に距離を縮める作戦に変更となったのだ。
「それにしても、ルーカス様は早起きですね」
そう言いながら私は、椅子近くのティーテーブルに紅茶のポットとカップを置く。
「そうだな。早朝の、この時間が好きなんだ。
一日の中で一番空気が透んでいるような気がして」
そう言いながらルーカス様は本を閉じ、ふっと微笑む。
「それより、ニーナが早朝に来るだなんて……。おまえは、朝が苦手ではなかったか?
ほら、昔、私との待ち合わせにも、頻繁に寝坊し遅刻してきたじゃないか」
「……そうでしたかね?」
苦笑いをしながら、紅茶をカップへと注ぐ。ベルガモットの香りが湯気と共に立ち上る。
そう、ルーカス様の言うとおり、私は本来、朝に弱い。
できたら昼過ぎまで寝ていたいタイプだ。
しかし、使用人として働き始めてからは、そうも言ってられない。
毎日早起きするうちに、いつのまにかこれが板についてしまった。
「飲み方は、いつもレモンでと聞いていますが、それで合っていますか?」
「あぁ、合っている」
ルーカス様が頷くのを見て、私は彼のカップにレモンのスライスを一枚入れる。
そして、「では、また朝食の時間に伺います」と言い残し、部屋を出ようと銀製のトレイを手に取った時だった。
「ち、ちょっと待て」
不意に、ルーカス様が小さく叫ぶ。
私は動きを止め、彼の方を見やる。
ルーカス様は、ぎゅっと唇を閉じ、顔を赤らめた後に静かに言った。
「あの……、もしよかったら、少し話をしないか?」
「えっ?」
思いも寄らぬ言葉に、私は眉を上げる。
ルーカス様は耳たぶを真っ赤にし、視線を反らしながらも続けた。
「その……、久しぶりに顔を合わすことができたのだ。
座って、紅茶でも飲まないか?」
「え、えぇ。でも」
「でも、なんだ?」
「私、カップを一つしか持ってきていませんが」
そう言いながらテーブルを指さすと、ルーカス様は一瞬、息を止める。
そして頬をますます赤らめながら「そ、そうだったな」と咳払いをした。
私はここで、次に取るべき選択肢を瞬時に思い浮かべた。
普通に考えれば、メイドが王太子とお茶をするだなんて、分不相応だし断るべきだろう。
しかし、私は今、国王陛下の特命を受け、ルーカス様の内情を探ろうとしている。
そんな中で、彼からのこのような申し出は、千載一遇のチャンス。掴まない手はない。
私はすぐさま彼の向かいの席に座ると「カップはありませんが、私もルーカス様とお話したいです」と微笑んだ。
「そ、そうか」
ルーカス様は照れくさそうにこちらに顔を向けた。
「ところで、昨日は二人して池に落ちてしまったが、大丈夫だったか?
風邪など引いていないか?」
「えぇ、大丈夫です。というか、ルーカス様こそ大丈夫でしたか?
私は、殿下に庇っていただいたおかげであまり濡れませんでしたが、代わりに殿下は身体ごと池に落ちて……」
「別に、問題ない。
こう見えて、あの頃とは違い、だいぶ身体も丈夫になったんだ。
昔なら確実に熱を出していただろうが、な」
その言葉を受け、私は思わず「確かに、昔なら絶対、風邪引いていましたよね」と口走る。そして、無礼な物言いをしたことに気がつきハッとする。
慌ててルーカス様の表情を伺うが、彼は、そんなこと気にも留めていない様子で「そうだな」と続けた。
「特に、レモンドに滞在する前は、始終部屋に引きこもりっぱなしだったからな。
だが、そちらの地に出向き、おまえに出会ったおかげで私は、外界に興味を持った。
だから城に戻ってからも、雑木林や森の散策に出ていたのだ。
おかげで今は、人並みの体力がついた」
「すべておまえのおかげだ」とルーカス様は付け加える。
私はすぐに「そんなことありませんよ!」と首を振る。
「確かにきっかけは私だったかもしれませんが、それはルーカス様自身の努力の結果です」
私が言い切ると、不意にルーカス様がぷっと吹き出す。
「変わらないな、ニーナ。その言い回し」
「言い回し?」
私は首をかしげる。
「あぁ。昔もよく言っていたではないか、『それはルーくんが頑張ったからなんだよ』って。ちょっとした幸運もすべて、おまえは過去の行いに結びつけていた。
『今日ルーくんが珍しい石を見つけられたのは、昨日夕食を残さず食べたから』『蜘蛛の巣に引っかからなかったのは、ちゃんと部屋の掃除をしたから』なんて」
そうだっただろうか。私はますます首をかしげる。
「そのくせ、悪い出来事はすべて『ただ運が悪かっただけ』で済ましていた」
そう言いながら、ルーカス様はフッと笑った。私はあまり記憶にないものの、釣られて口角を上げる。
「つまりそれって、『良いことは全部自分のおかげ、悪いことは全部ただの偶然』ってことにしていた訳ですよね?我ながら、都合の良い言い分ですよね」
「あぁ、そうだな。だが」
そこで一旦言葉を区切ると、ルーカス様は外を見やった。
「その考え方に、私は今も救われている。
というのも、責務が重くなるにつれ、悩みも増える。
そんな時、おまえのその思考を思い出すと、少し、肩の荷が下りるんだ。
本当に、昔も今も、私はおまえに、一方的に救われてばかりだ」
静かにそうつぶやくルーカス様。遠くを見つめるその瞳は、どこか憂いを帯びている。
彼は「昔も今も一方的に」なんて言うが、私はルーカス様を救った覚えなど少しもない。
むしろ私の方こそ、オルフェンス家の屋敷に匿ってもらい、おかげで今も生きている。
そのことを告げようと、私が口を開く前に、ルーカス様は「ところで」と発した。
「おまえは、父へ業務の進言をするために来たのであったな。
意見会はいつ頃開かれる予定だ?レモンド地方のことであれば、私も関心がある。
ぜひ同席したいのだが」
その言葉に、私はハッと我に返る。
ルーカス殿下と楽しく歓談していたが、私には、国王から仰せつかった「殿下の婚約を後押しする」という重大な任務があったのだ。
時間も限られている中、思い出話に花を咲かせている場合ではない。
「ど、同席は結構です。なんでも、特別な業務らしくて、できたら内密に事を進めたいとのことで……」
「……そうか」
殿下は不思議そうに眉をしかめる。
私は愛想笑いをしながら、本来の任務について、考えを巡らせた。
(うっかり忘れるところだったけれど……。
今は殿下の婚約成就につながるような情報を引き出すのが先決よね。
自然に話をしてもらえたら良いけれど、う~ん)
私が顎に手を添えて考えあぐねていると、殿下は「どうかしたのか?」と尋ねてきた。
「具合でも悪いのか?やはり昨日池に落ちたことが祟って」
「い、いえ、そんなことはありませんよ?!
そ、それより、昨日の池はとても素晴らしい池でしたね!生き物が沢山いて!」
慌てた私は、咄嗟に話を切り替える。
すると、考えなしに始めた話題にもかかわらず、意外にも殿下は「そう思ってくれるのか」と顔をほころばせた。
「……実はあの池は、私が管理しているのだ。
人工池ではあるが、なるべく自然に近づけるよう、あえて手入れをしすぎないようにしている。おかげで、様々な生き物が住み着いてくれるようになった」
「そうなんですね」と私は頷く。
「私はあの雰囲気、とても好きです。まるで、森や林の茂みにぽつんと佇む自然池のようで」
「それを目指しているのだ。分かってもらえて嬉しい」
ルーカス様は目を細める。
「この城内で私は、あの場所が一番好きなんだ。あの池のほとりに立つと、自然と心が緩む」
声を弾ませるルーカス様。その「一番好きな」というワードに、私の耳はピクリと反応した。
「確かに、あの池は素敵な場所ですね。
城内でよい場所と言えば……あとは、あの、アーモンドの花が咲き誇る中庭も素敵でした」
「あぁ、確かにそうだな。今は花が見頃なだけに、美しい。
あの可憐な花弁も、ひらひらと花びらを散らすはかなさも優美だ」
深く頷く彼。
「わかります。花吹雪を見ていると、幻想的な気分になりますよね。
……となると、殿下の一番お好きな花はやはり、アーモンドの花ですか?」
さりげなく、しかし意図を持って尋ねる。
というのも昔、心理学の本で、「好みの異性のタイプと、好みの花のタイプは重なることが多い」と書いてあったからだ。
つまり、どんな花が好きなのかを探れば、おのずとどんな女性が好きなのかが分かるはずなのだ。
瞬間、少し黙り込む殿下。その後彼は、「そうだな」と口を開く。
「……確かに、アーモンドの花は可憐で、とても美しい。
しかし、あの花は樹に咲くため、目立つし皆が愛でるだろう。
私は、そういう花より、敷地の隅にぽつりと咲いているような花が好きかもしれない」
彼の言葉に、咄嗟に「例えば?」と、尋ねる。
「例えば……、そうだな。タンポポのような。
誰にも見られていなくても、人知れず地面に根を張り、踏まれても踏まれても、くじけずに強く静かに花を咲かせる、そんな花が好きだ」
「つまり、逞しい、タフな花が好き、ということですか?」
私は思わずテーブルに手を付き、身を乗り出す。
ルーカス様は少し身を引きながら「そういうことになるのか」と答える。その瞬間、私は心の中で「なるほどっ」と叫んだ。
(つまり、ルーカス様が好きなのは、可憐な女性、というよりは逞しい女性ということね。これは、使える情報だわ!)
私はガタンと椅子を引き、立ち上がる。
そして「用事を思い出しましたので、これで失礼します!」と叫び、部屋を出る。
「ニーナ?」という声が背中越しに聞こえた気がしたが、今はそんなことより、国王陛下にこの情報を伝える方が先だ。
「という訳なんです、陛下っ!!!」
興奮冷めやらない私は、警備の方の制止も聞かず、無礼にも勢いをそのままに王室のドアをバンと開き、その顛末を伝えた。
ベッドで眠そうに目を擦る国王陛下だったが、そのニュースを聞いた途端、「なるほど、でかした!」と声を上げた。
「確かに私は、今までルーくんに、守りたくなるような可憐な令嬢ばかりを紹介しておった。しかし、彼の好みは全然違ったということじゃな?」
「そういうことだと思います!」
「なんじゃ~。それならそうと、最初から言ってくれれば良いのに~。
全く、ルーくんは恥ずかしがり屋じゃなぁ~」
陛下がニヤニヤしながら銀色の髭をさする。
確かに、ルーくんは昔からとても恥ずかしがり屋だった。
出会った当初は話しかけても中々返事をしてくれず、初めての会話が成立するまで2週間ほど要した。
実際、昨日、今日も、私と顔を合わせただけで、頬を赤らめている。
本当に、筋金入りの恥ずかしがり屋なのだろう。
「よし、そうと決まれば、早速、好みに合う女性を探してみる。
ニーナちゃん、『ふぁいんぷれー』じゃっ!!」
そう言いながら親指を立てる陛下に、私も強く頷く。
良かった。これでルーくんは、理想の女性と巡り会うことができる。
これで万事解決……かと思いきや。
そう事はそう上手くは運ばなかった。
***
前回と同じく、アーモンドの花が咲く木の下。
白いベンチに腰掛ける二人は、どちらも花に負けないくらいの美しさだ。
「今回は、なんだか話が弾んでいますね」
「そうじゃな。気が合うみたいじゃ!!!」
前回と同じく、私と国王陛下は、ベンチの向かい側に位置する生け垣の隙間から、そんな二人を隠れ見る。
「今回の相手は、見た目も麗しいが、武術にも秀でた令嬢じゃ。彼女の領地では、『戦乙女』などと呼ばれておるらしい」
戦乙女……、めちゃくちゃ格好よく、そして逞しい渾名!!!!
ベンチに座る二人は笑い合っているし、ルーくんとも気が合う感じ。
うん、いける。これはいける!!!
そう確信した私は、拳をぎゅっと握りしめた。
しかし。
「えっ、ルーくん、また縁談を断ったんですか?!!」
王室内で私は叫ぶ。
国王陛下は肩をがっくりと落としながら「そうなんじゃ……」と消え入りそうな声で言った。
「話は合ったようなんじゃが、お互い『これからも良い友人でいよう』となったらしい。
『良い友を見つけてくださり感謝します』と、ルーくんから礼を言われたよ。満面の爽やかスマイルでな」
陛下は重いため息を付く。
「気が合ったのであれば婚約しても……」
「そう思うじゃろ?わしもそれは聞いた。だがルーくんは『友としては見れるが、婚約者としては見れない』との回答でな。
あ~、恋愛って、こんなにも難しいものなんじゃなぁ~」
「そうなんですね」と私は宙を見ながらつぶやく。
正直、陛下も私も絶対に婚約成立すると思っていただけに、その分落胆も大きい。
私は気落ちしながら、とぼとぼとルーカス様の部屋へ向かった。
そろそろ10時のティーブレイクの時間なのだ。
「ニーナ。いつもありがとう」
私が部屋のティーテーブルに紅茶を置くと、ルーカス様はペンを持つ手を止め、デスクからこちらにやってきた。
ルーカス様の様子は、至って通常通り。
見合いを破談にしたことなど、何一つ気にかけていないようだった。
「どうした?今日は浮かない顔をしているな。なにかあったのか?」
銀のトレイを持ちながら俯く私の顔を、ルーカス様が不意にのぞき込む。
私は慌てて「いや、ちょっと……」と言葉を濁す。
「なんだ、何か気になることがあれば、何でも言ってくれ。
慣れない城での暮らしが、少し疲れてきたのか?」
「……そういう訳ではないのですが」
私は少し逡巡した後に、切り出してみる。
「殿下……、縁談をお断りになったと伺ったのですが」
すると、ルーカス様はブッと紅茶を吹き出した。
私が慌ててナフキンを差し出すと、彼は咳き込みながら「すまない」とそれを受け取った。
「……確かにそうだか……なぜ、そのことを知っているんだ?」
「陛下から伺いました」
するとルーカス様は「あの父は……」と舌打ちでもするかのようにつぶやいた。
「……余計なお世話だとは思いますが、陛下は殿下のことを心配しておられますよ?」
「それは、分かっている……」
ナフキンで軽く口を拭いながら、ルーカス様は小さくため息をついた。
「しかし、私はおそらく、今後も、誰とも婚約などしないと思う。
仕事が先決だからな。それに」
そう言いながら、ルーカス様はチラリと私の方を見る。
私は先程口を拭いたナフキンを取り替えてほしいのかと思い手を差し出すが、彼はふいと目をそらした。
「それに、なんでしょう?」
私が続く言葉を急かすと
「な、なんでもない」
そう言ってルーカス様はそっぽを向く。その耳たぶは赤く染まっている。
「……そもそも、恋愛というのは、本来、あのようにお膳立てされて行うものではないだろう。
苦手なんだ。ああいう場は。とても不自然で」
彼がそうつぶやいた瞬間、私はハッと気がついた。
(そういえば、私がルーくんと話すようになったのも……)
そうだ。私がルーくんが初めて話をしたのは、二人で森に出かけた時のことだった。
ルーくんの別荘に私がいくら通い詰めても、彼は一向に私の相手をしなかった。
そんな私たちを見たルーくんの両親が、「一緒に森に行ってカレイドベリーを摘んできて」と頼んできたのだ。
ルーくんは気が進まない様子だったものの、両親の命令には逆らえず、彼は私と森に入った。
道中で、珍しい草花や動物を見つけるたびに、それらを指さし興奮する私。
最初は知らぬ顔をしていたが、徐々に関心を向けてくれたルーくん。
そして、カレイドベリーが群生する場にたどり着いた頃には、すっかり打ち解けていた。
(そうか、ルーくんは、お見合いみたいな場じゃなくて、もっと自然に会話できる場の方が他人と打ち解けられるんだ。
これは……、良い事聞いたかも)
そう思うと、自然と口角が上がる。それを見ていたのだろうルーく……いや、ルーカス様は眉を上げた。
「……どうした、急に表情が明るくなったな」
「あ、いえ、なんでもありません!!!
ところで、急用を思い出しましたので、私は一旦これで失礼します!」
「急用多いな、おまえ」
不審がるルーカス様を置いて私は、再び王の部屋へと駆け込んだ。
この頃には、護衛兵の方も、私を見るやいなや、自分から扉を開けてくれた。
「どーしたんじゃ、ニーナちゃん、慌てて」
国王陛下もティーブレイクの時間なのか、クリームたっぷりのカップケーキを頬張っているところだった。
「陛下、私、良いこと思いついたんです。
ルーくんの縁談のことで!」
「なんじゃ、良いこと、とは」
「はい。ルーくんは、お膳立てされた見合いというものが苦手のようで。ですからもっと、自然に会話が弾む場を用意し、そこにご令嬢の方々をお呼びするのはどうでしょう?」
私は、先程のルーくんの会話と、私がルーくんと仲良くなったきっかけを話した。
「う~ん、確かに、果物狩りなどの共同作業は自然と距離が縮まりそうじゃが……。
しかし、当時は普通の貴族であったが、ルーくんは今や王太子。
以前と同じように森に行かせるのは、危険性を考えるとじゃなぁ」
そう言いながらケーキを食べ続ける陛下。
私は腕を組みながら、目を閉じ考える。
確かに、外に出て行くのは危ない。できないことはないが、護衛兵などをつけるとなれば、自然な雰囲気は醸しだしづらい。
できたら城内で、外部からの危険がなく出来る共同作業はないものか……。
――赤い実を沢山パイの中に入れて焼く、カレイドベリー祭り。あれは楽しかったな。
瞬間、以前のルーカス様の言葉が頭を過り、勢いよく目を開く。
そうだ。お菓子作りだ。
お見合い相手と一緒に作業をすることで、自然と距離が縮まる可能性はある。
「国王陛下!このような計画はどうでしょう?」
私は鼻息を荒くしながら、陛下に向かって叫んだ。
***
こうして、陛下と私は新たな作戦「お菓子作りでラブラブ大作戦」を決行することとなった。(陛下がネーミングした。念のため)
できるだけ「自然」な雰囲気を出すため、表向きは、貴族同士の交流会ということにしている。
複数の貴族令嬢と令息を城に招き、ルーカス様と共にお菓子を作ってもらうのだ。
一対一のお見合いではなく、さらにあえて令息も一名呼ぶため、これが縁談の一環であるとルーカス様は気付かないだろう。
しかし、招く令嬢の方々には、一応裏の目的を伝えており、殿下に積極的にアピールしてもらう予定だ。
ちなみに作るお菓子はクッキーとした。型抜きや飾り付けなど、複数で楽しめる要素が多そうだからだ。
そして、作戦決行を数時間後に控えた今、私はその準備のためにキッチンに籠もっている。
お菓子作りは、決して楽しいだけの作業ではない。
生地をかき混ぜる時は腕がだるくなる可能性があるし、生地を伸ばすのだって上手くいくとは限らない。
今回は「クッキー作り」が主の目的ではないため、そういう煩わしい作業は楽しむことへの障害となる。
なので私は、事前に生地を作り、シート状に伸ばすところまでやっておこうと考えたのだ。
木製の作業台に布を引き、混ぜて寝かした生地をその上に置く。
そして、麺棒で伸ばしていく。厚みが均等になるように、慎重に。
そうしてできたシート状の生地を長方形の大きさに切る。
最終的に、デスクマットほどの大きさの生地が3枚できた。
(そのうちの1枚は予備としてよけておこうかな。後は石窯……。よい温度に設定しなきゃ)
釜を開け、長い鉄の棒で燃える薪を突っつく。
うん、火加減は悪くはない。
最後に、星、ハートなど様々な形の型抜きと、焼き上がったクッキーをデコレーションするためのチョコやアラザンを作業台に複数置く。
これで準備は完了だ。
改めて見渡してみると、自分で用意したにも関わらず、なんだか高揚感が湧いてくる。
昔、レモンドの屋敷で、友達や両親とクッキーを作った時は楽しかった。
その頃のわくわくした感じを、皆に味わってもらえれば、と思う。
と、その時に振り子時計の鐘が鳴った。
(そろそろ時間ね。よし、作戦決行!)
私は一人で強く頷いた。
***
キッチンに集まったのは、ルーカス様含め六人
生地のシートはあらかじめ二枚しか出していない。つまり、一つのシートを三人で使うことになる。でお互い密着しなければクッキーを作ることができない。
「可愛い型がいっぱいですわ!!!」
一人のご令嬢が目を輝かせる。
狙い通りの反応で、私は石窯の番をしながらも、自然と口元が緩む。
こうして「交流会」はつつがなく始まった。
ルーカス様は、とあるご令嬢二人と一緒にクッキーの型抜きをすることとなった。
可愛らしい二人のご令嬢に挟まれ、まさに両手に花状態だ。
一方、別のグループも男性一人女性二人の構成なので、違和感はない。
「このハートの型が可愛くないですか?」
「ルーカス様、チューリップの型だなんて、結構乙女なんですね!」
ご令嬢の皆様は楽しそうに会話しながら、生地を型で抜いていく。
最初は型から生地を抜くのに苦労していた人もいたけれど、段々慣れてきたようで、可愛い形のクッキーが沢山できた。
「型抜きを終えたクッキーは、こちらの鉄板に置いてください。私が石窯にお入れします」
そう言って私は、分厚いミトンをつけながら石窯の蓋を開ける。
その様子を近くでのぞき込んでいたご令嬢の一人が「熱っ」と、腕で顔を覆う。
叫びを聞いた数名が、こちらに集まってきた。
「大丈夫ですか?離れておいた方がよいですよ?後は私がいたしますので」
そう言いながら、皆を一歩後ろに下がらせる。
と、その時一瞬、ルーカス様の顔が横目に入った。
ルーカス様は、眉を寄せ、口をつぐんだままこちらを見つめている。
が、他のご令嬢に話しかけられ、すぐに口角を上げた。
それから数分後。
(そろそろ焼き上がったかな?)
歓談に興じる一同を背に、私は再びミトンを付け、釜へと近づく。
その時だ。
「熱いだろう。私がやろう」
そう言って隣にやってきたのは、ルーカス様だ。
思わぬ事に、私は瞬間、硬直する。
「え、いやでも、私メイドですし」
「いい。大丈夫だ。ミトンもある」
「でも、火傷でもされたら」
「おまえが火傷する方が大変だ」
(いや、王太子に火傷させる方が一大事だって!!!)
なんて心の中で思いながらも、私は「慣れていますし、大丈夫ですよ」と笑顔を作り、彼を塞ぐ形で一歩前に進んだ。
鉄板を取り出し振り返ると、ルーカス様は不満げな顔つきだ。
しかし、他の令嬢方の「上手く焼けましたわ!」の声に表情が戻る。
こうして焼き上がったクッキーに、交流会参加者が色とりどりのチョコやアザランで思い思いに飾り付けていく。楽しいしゃべり声を背に、私は人数分の紅茶を入れる。
カップを銀のトレイに乗せ振り返ると、皆の輪の中で談笑するルーカス様が目にとまった。
(ルーカス様、良い笑顔。この交流が、婚約者選びの一歩になればいいな。
それにしてもルーくん、昔はひどい人見知りだったけれど、今ではみんなと楽しげに話してる。
良かったな……)
そう思いながら、私は一人、目を細める。
「クッキーができあがりましたら、皆様で応接間にお越しください。
お茶の準備をしておきますので。
皆様の作られたクッキーも、後ほどお持ちいたしますね」
こうして私は先にキッチンを出て、応接間の準備を進めた。
茶葉は香り高きアールグレイ。
テーブルセッティングは今朝すでに終えていた。
カーテンを開けると、窓から柔らかな日の光が差し込んだ。
うん、雰囲気作りは完璧だ。
と、その時、タイミングを見計らったかのように、ルーカス様が客人達を引き連れて応接間まで来た。私は皆に紅茶の接待をした後、クッキーを取りにキッチンへと戻る。
アフタヌーンティ用の皿にレース地のペーパーナフキンを敷き、作られたばかりのクッキーを並べた。
(全部素敵なデザイン!やっぱ貴族のご子息、ご令嬢達はセンスがあるなぁ!)
それらのクッキーはすべて煌びやかで華があった。
おそらく、デコレーションに食材をおしげもなく使っているからだろう。
ピンクやホワイトのチョコレートでコーティングされたクッキー達。
その上にはナッツやアザラン、ドライフルーツなどがちりばめられている。
(やっぱりデコレーションが煌びやかだと目を引くな。材料全然ケチってないもん)
私も一応、レモンド候国の元姫、元令嬢ではあるが、あまり裕福な国ではなかったため、節約精神が身についている。
もしこの場に令嬢として同席していたとしても、こんな華やかなクッキーは作れなかっただろう。
そんなことを考えながら、私はクッキーを応接間へと運んだ。
すでに席は歓談に華が咲いている。
私がテーブル中央にクッキー皿を置くと、「わっ」と小さな歓声が上がった。
「ルーカス殿下っ、わたくし、こちらをルーカス殿下に食べていただきたかったのです!」
急に、一人のご令嬢が立ち上がる。
すると、私も私もと言わんばかりに、他のご令嬢達もルーカス様に寄る。
堂々とクッキーを渡すご令嬢、もじもじと恥ずかしがりながらクッキーを差し出すご令嬢、顔を赤らめつつ、そっぽを向きながらクッキーを突き出すご令嬢。クッキーの渡し方一つをとっても皆、様々。
それぞれの性格が出ていて、私は思わず一人で頷く。
(ここまで色んなご令嬢がおられたら、誰か一人くらい、ルーカス様の気を引くお方もいらっしゃるでしょう。確か、ご令嬢の選抜は国王陛下がされたのよね。陛下、グッジョブ!)
そう思いながら私は、不敬ながらも心の中で陛下に親指を立てた。
こうして、「お菓子作りでラブラブ大作戦」は私が見る限り、大盛況のうちに幕を閉じた。
ルーカス様が客人を見送りに出た後、私は一人、応接間で茶器などを片付ける。
先程まで賑やかだった室内は、一転して静寂で満ちていた。
聞こえるのは、私が器をトレーに乗せる「カチャ、カチャ」といった音だけだ。
爽やかな寂しさが、私の心をかすめた、その時だった。
「……まだいたのか」
扉を開ける音と同時に飛び込んできたのは、ルーカス様の声だった。
「あっ、ルーカス様。もうお見送りは終わられたのですか?」
「あぁ、今しがた、な」
そう言ってルーカス様は、片付け中の私の横に立った。
「私も手伝おう」
そう言って食器を手に取るルーカス様に、私は目を丸くする。
「いえ、そんな滅相もない。これは私の役目ですから」
「よいではないか。昔はいつも、片付けまで共に行っていたのだから」
昔、という言葉を聞き、思い出す。
おそらくルーカス様は、カレイドベリーのパイを作ったときのことを言っているのだ。
たしかに当時は、残ったパイのかけらをつまみ食いしながら、二人で片付けをしていた。
「確かにそうでしたが、昔と今とは違います」
「……何が、違う?」
そう言ってルーカス様は、手を止めると私を真っ直ぐ見下ろした。
窓から差し込んだ光が、彼の銀色の髪に降り注ぐ。
その真剣な眼差しに、私は一瞬、息を飲んだ。
「な、何って、色々。身分とか、立場とか」
「確かに。しかし、変わらないものもある」
そう言うと、ルーカス様はふと、空になったお皿に目をやる。
「このクッキーの生地、ニーナ、おまえが準備してくれたのだろう?」
その思わぬ指摘に、私は眉を上げる。
「そうです、が」と答えると、彼は小さく微笑んだ。
「やはりな。この、少しシナモンを効かせた味。レモンドの屋敷で食べたものと同じだった。とても懐かしい。私の大好きな味だ」
「……そんな昔のこと、よく覚えていらっしゃいましたね」
「当たり前だ。おまえの焼いたクッキーの味を、忘れるわけがないだろう。
茶会の準備を、客人であるおまえにすべてさせてしまったのだ。
片付けくらい、手伝いたい」
そして彼は、私の持っていたトレーに触れながら、つぶやくように言った。
「おまえはいつも、人目には付かない、目立たないところで頑張ってくれている。
そんなおまえを、私はねぎらいたいのだ。
心からの感謝を、込めて」
そう言ってルーカス様は、目を一層細めた。
一瞬の沈黙。見つめ合う私達。
不意に、以前ルーくんが言っていた、花の好みを思い出す。
――タンポポのような……。誰にも見られていなくても、人知れず地面に根を張り、静かに花を咲かせる、そんな花が好きだ
その例えは、もしや私を指していたのではないか。
そんな自意識過剰な考えが心を過った瞬間、私は頬が熱くなるのを感じて、すぐさま顔を背ける。
「と、とりあえず、後は私が片付けますので、ルーカス様は部屋にお戻りになってください。社交の場に出てお疲れでしょうし、ね?」
そう言いながら私は、急いでトレーに食器を乗せると、一目散に部屋を出た。
キッチンの方へと足を急がせながらも、私の心臓はバクバクと脈打っていた。
(何?ルーくんの今の顔。まるで……)
そう、まるで愛しい人を見つめるかのような表情だった。が、私はそれを、瞼の裏側から振り払おうと、首をブンブン振った。
(だめだめ。なんでこのくらいで動揺しているのよ、私っ!)
キッチンまで辿り付くと、私は洗い場に全ての洗い物を放り込み、事前に準備していた樽の水を勢いよく流した。
(うん、違う。きっと違う。これは恋なんかじゃない。
ただ、久々に女の子扱いされてるから、そう思うだけ。
ルーくんにだって他意はないはず。
だってそうだよ。私達、ただの幼なじみってだけだし。
うん。そんなはずない。絶対ないっ!!!)
そう思いながら私は、ヘチマのスポンジを強く手に取った。
モヤモヤするこの思いごと、すべて、流せるように。
気合いを入れて洗うぞと、決意をした。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
残り1話なので、短編感覚で続きも読んでくだされば幸いです。
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「如月夫妻の春夏秋冬」が発売されました。
こちらは、こちらは、架空の京都、大正時代を舞台とした、
頑張る女子と傷心軍人による、じれじれの両片思いな物語です。
くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。
最後までありがとうございました。




