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「結局、また失敗、ですか……」


国王の自室で、いつものごとく開かれた「反省会」。

私は、向かいの席に国王がいるにも関わらず、大きなため息をついた。

すると王は「そうなんじゃ……」と私より巨大で深いため息を吐いた。


「『茶会で話した令嬢の中で、再び会いたいと思う者がいたか?』と尋ねたんじゃが、答えはノー。『皆様、素晴らしい方々でした』なんて言うわりには、全っ然関心がないように思えてのぉ」


私は、気を取り直そうと、ティーテーブルに置かれたレモンティーを口に含む。

が、口の中に爽やかな香りが広がったものの、私の心までは晴れなかった。


「も~、ニーナちゃん、どうすればいいんじゃぁ~!!これじゃもう、八方塞がりじゃぁ~。ニーナちゃんを元の屋敷に返す期限もせまっておるというのに!!」


確かに、と私は思う。

前回のご令嬢達は、皆魅力的でありつつも、見た目、性格共に三者三様であった。

ここまで揃えておけば、一人くらい、ルーカス様の目に留まる方がいるだろう、と思っていたのに。

縁談はおろか、再び会いたい人すらもいないだなんて。


正直、これ以上どうすればよいのか全く見当が付かない。

まさに八方塞がりだ。


私は眉を寄せ、考え込む。

その時、ふと、お茶会後のルーカス様の表情が蘇った。


目を細め、頬をほんのり桜色に染めながら、私を見つめる彼の顔。


(……駄目だ。そんなわけないのに、あの時の顔が頭から離れない)


私は気持ちを立て直すべく、勢いよく立ち上がった。

そして、国王を真正面から見つめた。


「国王陛下。もはや時間がありません。

こうなったら私……直接ルーカス様に尋ねてきます。

度重なる破談の。その原因を」


「な、なんと!」


同じく陛下も立ち上がる。


「で、ででで、でも、もし、もしじゃよ?

正面から尋ねた結果、万が一、女性や恋愛に興味が無い、なんて言葉が出たら……」


「その時はその時です。受け入れるしかありません」


「そ、そんな……。そうなれば跡継ぎは……、いや、でも今は多様性の時代じゃし……しかしわしにはまだ心の準備が……」


そう言いながら、陛下はオロオロと左右を見ながら頭を抱える。

そんな国王陛下をよそに、私は「行って参ります」と陛下に背を向ける。


「ま、待ってくれ、ニーナちゃん!」


陛下の声に、私はドアの前で振り返る。

やはり止められるのかと思ったのだが、予想に反し、陛下は私にグッと親指を立てていた。


「わ、わしは、どんな答えであっても受け入れる。ニーナちゃん、健闘を祈るっ」


陛下の親指は震えている。顔も、無理矢理口角を上げている風だった。

私は、その姿に彼の覚悟を感じ、強く頷いた。


***


その時間は丁度、10時のティーブレイクの時間だった。

私はいつもどおり、ベルガモット香る紅茶とレモンを従えて、ルーカス様の部屋の扉をノックした。


「入ってくれ」


ドアを開けると、そこにはいつも通りの、優しい笑みを浮かべたルーカス様がいた。

私は、緊張を心の奥に隠しながら、「失礼いたします」とワゴンを押す。

彼はデスクの椅子から立ち上がり、ティーテーブルの方に歩み寄った。


「……どうした、今日は。少し元気がないな」


ルーカス様は席に着くと、そっと私の顔をのぞき込んだ。


「先日の茶会で少々疲れが出たのか?そうであれば、無理せず休んでくれ」


私は少し目線を上げる。そこには、眉尻を下げるルーカス様の顔があった。


そういえば、以前、彼が縁談を断った時も、同じようなシチュエーションであった気がする。その時も彼は、私を心配して声をかけてくれた。

自分のことは棚に上げて、私の心配ばかりするルーカス様。


「じ、実は悩みがあるのです。

が……私のことではありません。ルーカス様、あなたのことです」


「……私の?」


彼は怪訝な顔をする。

私は手に持っていた銀のトレーを握りしめながら、思い切って尋ねた。


「ルーカス様は、なぜこうも、縁談に消極的なのですか?

ルーカス様も、陛下のお心を分かっておられるはずです。

先日の茶会のことを、陛下に尋ねられたのですよね?

気になるご令嬢はいないのかと。そしてあなたは、ノーと答えた。

あの茶会を含めたら、これでもう29回目の破談ではありませんか。

その頑なな姿勢が、私や陛下には、どうにも理解ができないのです。

どうしてそんなに破談を繰り返されるのですか?」


緊張も相まって、まくし立ててしまう私。

するとルーカス様は、一瞬目を丸くしたものの、すぐさま顔をそむけた。


「それは、以前も言っただろう。今は縁談より仕事が優先で……」


「こ、こんなことを言うのはなんですが、ルーカス様だっておわかりでしょう?

婚約も、仕事の一部であるということは。

寂しい話かもしれませんが、結婚は、王位継承者にとっての重要な仕事です。

それを分かっておられるはずなのに、なぜ、そこから目を背けられるのです?

ちゃんとした理由があるのであれば、それを陛下に伝えるべきです」


「……伝えたところで、どうするというのだ?

何も解決などしまい」


徐々に、ルーカス様の言葉に熱が帯びる。と同時に、私の声量も上がる。


「解決しないと、どうして勝手に決めてしまわれるのですか?

陛下は、ルーカス様がどんな趣味趣向をお持ちでも、それを受け入れるとおっしゃっていました。

話してみないと分かりませんよ。だから」


「話しても、どうしようもないことだってある。

話さない方がよいことだってある」


「だから、なぜそうやって一人で」


「私の恋は、もう叶わないと決まっているからだ!!!」


不意に、ルーカス様が立ち上がる。

その勢いに押され、私は思わず口をつぐむ。


声を張った彼は、私の目を射貫くように見た。


「私の恋は、叶わない。叶えてはいけない。それが分かっているから、口にすら出せないのだ。

口に出せば、周囲に迷惑がかかる。

だからと言って私は、他の者と結ばれる気は微塵もない。

例え形だけの結婚をしたとて、皆が不幸になるだけだ。

分かるか?ニーナ。この気持ちが。

私は、俺は、ここまでずっと、おまえのことだけを、ずっと」


そこまで言いかけたところで、ルーカス様は我に返ったかのように唇を結んだ。


時が止まる。

私は思わず、持っていたトレーを床に落とした。

カランと乾いた音が部屋に響く。


「……ルーカス、様……」


私はトレーを拾うことも忘れ、小さくつぶやく。

ルーカス様は、俯き、肩をふるわせながらも、そっと口を開く。


「……ここまで言ってしまえば、隠していても仕方が無いな」


そして、しゃがみ込み静かにトレーを拾った後、それをテーブルの上に置き、告げる。


「そうだ。私が愛するのは、ニーナ。おまえだけだ。

レモンドの地で共に過ごしたあの時から、ずっと。ずっと」


彼の言葉が、鼓膜の奥で反射する。

私はただただ唖然としながら、その告白を聞いていた。


「おまえは小さい時から、私の憧れだった。

どうにかして一緒にいたいと、日々考えていた。

だから、おまえの気を引きたくて、植物や生物の勉強もした。

将来は、おまえのそばにいたい。そんな淡い希望も抱いていた。だがそんな時……」


ルーくんはそこまで言ったところで、一旦口を閉じる。

私は「私の両親が殺された、のですか?」と、静かに尋ねた。


コクリと頷くルーくんは、再び唇を開ける。


「あの時、私は何も出来なかった。絶望の淵にいるおまえに、なに一つすることができなかったのだ。

その時感じた無力感は、今も私の心に深く根付いている。

おまえが、叔父のメイドとして働くことになったときも、私は、賛成も反対もできる立場になかった。だから」


ルーくんは、勢いよく顔を上げた。

そして私の目を真っ直ぐ見て、こう言った。


「私はあの時、誓ったのだ。もっと強くなろうと。

好きな女の子一人救えない自分など、もう嫌だ、と。

身体も鍛えた。勉学に励んだ。しかし、学ぶにつれて、わかったことがある。それは」


そこで一旦言葉を切ったルーくんは、数秒の後に、声を絞り出す。


「それは、私達は結ばれてはならない、という現実だ」


私はぎゅっと唇を噛む。


わかっていた。そのことは。私も、とうの昔に気付いていた。


私は、滅亡した王家の生き残り。

私が今、生きていられるのは、メイドという「没落した地位」にいるから。

なんの力もない、取るに足りない身分であるからこそ、私は、父母を暗殺した反逆軍にも、その軍が属する隣国からも捨て置かれている。


そんな私がもし、「オルフェンス王国の王妃」なんて立ち位置を得たらどうなるだろう。

復権した私を危うく思った反逆軍が、再び命を狙うかもしれない。

最悪の場合、オルフェンス王国が戦火の渦に飲まれる可能性もある。


だから私は、メイドのままでいなければならない。

王太子であるルーくんの隣には、立てない。


私は、昔からそのことに気がついていた。

だから、彼に会いたくても決して、自分から王都に出向くことはなかった。


そして、ほのかに抱いていたルーくんへの思いに、自ら蓋をした。

絶対に開かないように、固く、固く。


だから、自分の気持ちなどなかったことにして、ルーカス様の縁談を応援することができた。


なのに。


「……なぜ今、そのようなことをおっしゃるのですか?」


涙が一筋、頬を伝う。

自分でルーくんに問いかけたにも関わらず、我ながらひどい質問だな、と思う。

ルーカス様はただ、私が問い詰めたから告白せざるをえなかっただけなのに。


にも関わらず、ルーカス様は目線を落とし、「すまない」と呟く。


ルーカス様は、謝る必要なんて一つもないのに。

こういうところも、変わらないな、と思う。

昔、私が丸木橋を渡ろうと無茶して滑り落ち、声を上げ泣いていた時も、「助けられなくてすまない」と謝っていた。

私が勝手に怪我をしただけなのに。


昔から、ルーくんのこういう優しいところが好きだった。

静かなところも、知識を決してひけらかさないところも、少しお人好しなところも。

ルーくんは、おてんばな私をいつも静かに見守ってくれていた。


彼がいるから、私はどんな場所でも前へ進むことができた。


そんな大好きな彼を、私は今、困らせてしまっている。

早く涙を止めなければ。

そう思いながら私は、かすむ彼の顔を見ながら精一杯の笑顔を作った。


「私のことを思ってくださっているだなんて、そんな。

それはきっと、何かの勘違いですよ。

雛が初めて見たものを親だと思うのと同じです。

私達は幼なじみだから、その郷愁に近い感情を、恋だと勘違いされているだけですよ」


ルーカス様は、ぎゅっと唇を噛みしめた。が、私は、涙を拭いながら、続ける。


「愛しているだなんて、メイドの私にはもったいない言葉でございます。

そんな素敵な言葉は、未来の王妃様に取っておいてください。

その言葉に相応しいご令嬢が、きっとこの世界のどこかに」


「違う、私は、おまえとでなければ」


ルーカス様が、咄嗟に顔を上げ、私の手を握ったその時だった。


「待てっ!!!!待つんじゃ!!!!!」


バンと鋭い音が響くと同時に聞こえたのは、国王陛下の叫び声。

なにごとかと視線をやると、そこには息を切らした陛下、その後ろには、側近の方々が控えていた。


驚いた私とルーカス様は、一瞬固まった後、すぐに互いの手を解いた。

しかし、もうすでに遅かったようだ。


「話は聞いていたぞ、ルーくん。ニーナちゃん!!

そんなことなら、もっと早く言ってくれればよかったものを……」


そう言いながら、陛下はこちらに駆け寄り、私達の肩をバンバンと乱暴に叩いた。


「し、しかし、その、ですが……」


いきなりの父親の登場に困惑したのか、ルーカス様は目を見開きながら、私と陛下を交互に見やる。


「しかし、も、ですが、もない!!

ルーカス、よくぞ自らの本音を告白してくれたな。

儂は父として、この時をずっとずっと待ち望んでおった!!

ここから先は、儂に任せなさい!

必ずや、ルーくんとニーナちゃんがくっつけるよう、最大限のことをするぞ!

それが儂に唯一できることじゃ!!」


「ですが、身分のことも、隣国との関係もありますし、やはり私達は一緒には」


そこまで私が言いかけた時「ならん!!」と陛下が遮った。


「人の恋路というのはな、いかなる事も邪魔をしてはならんのじゃ。

しかし任せなさい、ニーナちゃん!!

儂、こう見えてすっごい権力あるんじゃぞ?政治力も半端ないんじゃぞ?

そんな儂がくっつけると言うておるのじゃ。男に二言はないっ!

儂の本気を見せてやるわ!!!」


そう言って、胸を反り「フォッフォッフォッ」と笑う陛下。

一体、何をどうしてどうしようというのか、私には全く想像ができない。


「陛下」


そこでルーくんの声が響く。きっと、陛下に冷静さを取り戻してもらうために発言するのだろう。そう思ったのだが。


「率直に言えば、私は、ニーナと結ばれるためならば、王太子の地位ですら、惜しくはないと考えております」


なんて、真剣な表情で言い放った。


いや、なに?その爆弾発言?!


理解が追いつかない私をよそに、ルーくんと陛下はなにやら打ち解けた様子で会話をしている。


そんな姿を呆然と見ながら立ち尽くしていると。


「ニーナ」


不意に私の名が呼ばれ、我に返る。

目の前には、笑顔をほころばせるルーくんの姿がある。

その瞳には光が宿り、プリズムのようにキラキラと反射していた。


「一緒に、いてくれないか?」


その表情は、昔、レモンドの森で夢中になって植物採取をした、あの頃と同じ笑顔だった。


「……はい」


その輝きに、はずんだ声に、私は咄嗟にそう答えてしまった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

本当に感謝です!

☆の評価や感想をいただければ大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。


なお、現在、不遇ヒロインが、ヒーローの献身的な愛情により自分を取り戻していく小説、

「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」を連載中ですので、

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くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。


最後までありがとうございました。

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連載中の長編小説です。  「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」 また、先日発売しました新刊です。 「如月夫妻の春夏秋冬」  覗いていただけると嬉しいです。
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