1
春風が心地よい、とある午後の日。
ルーくん、もとい王太子ルーカス殿下は、アーモンドの花が咲き誇る樹の下の白いベンチに腰を下ろしていた。
隣に座るのは、つややかなピンクブロンドの髪をなびかせる美少女。
どこぞの財閥の令嬢、だそうだ。
肌は陶磁器のように白く、その唇は、舞い散る花びらと同じ、薄ピンク。
その容姿すべてに手入れがし尽くされている。
一介のメイドである私でさえも、息を飲むほどの美しさだ。
「陛下、さすがに今回は、ルーく、いえ、ルーカス様も前向きになられるのではないでしょうか?」
真正面にある生け垣の隙間からそれを覗き見る私は、思わず、隣にいる国王にそう話しかけた。
「そう思うじゃろ?ニーナちゃん。だが、そう上手くはいかんのじゃよ……」
「そうでしょうか?だって、今回の縁談相手、あの容姿ですよ?
あそこまでかわいければ、さすがの殿下も」
そう私が言いかけた時だった。
先程までルーカス様の方を向いていた美少女が、不意に視線を落とす。
と同時に、ルーカス様が口を開いた。
「急にどうされましたか?気分がすぐれませんか?」
ルーカス様は身をかがめ、ご令嬢をのぞき込む。と同時に、銀色の髪がふわりと揺れる。
彼もまた、ご令嬢にひけを取らないくらいの美男子だ。
「いえ、その……、殿下があまりにも見目麗しくて、恥ずかしくなってしまって……」
彼女の頬が、見る見る薄紅色に染まる。
私は、心の中で思わず「何それかわいすぎるだろオイ」と叫んだ。
その言葉にルーカス様も目を見開いた。
彼もまた、思うところがあったのだろう。
良かった、と私は軽くため息を付く。
この二人はきっと、上手くいく。
私などが介入しなくても、ルーカス様は自らに相応しい女性を見つけることができる。
だってルーくんは、あの頃のような、泣き虫で気弱な男の子ではない。
昔の面影などないくらい、凜々しく、立派な青年へと成長したのだ。
「あの……ルーカス殿下……」
俯きながら、ご令嬢が再び口を開く。膝に置かれた彼女の腕は、震えているようにも見える。数拍の間の後、彼女は、つと顔を上げた。
「もしよろしければ、今後も、このような時間を設けていただけませんか?
私、もっと、もっと、殿下とお話がしたいのですっ」
ご令嬢は目を潤ませながら、ルーカス様の方を見つめる。
その瞬間、私の頭の中では、ウエディングベルが高らかに鳴り響いた。
(来たぁぁぁ!これで、婚約成立。私の出る幕はなかったね。
よかった、ルーくん、今後もお幸せに……)
そう思い、感動で滲んだ涙を指で一拭きした時だった。
「……大変にありがたい申し出ではあります。
しかし」
雲行き怪しいルーカス様の言葉に、出ていた涙も思わず引っ込む。
その後、彼の口から続いたのは、想定外のセリフだった。
「今の私は職務に追われており、このような時間をたびたび設けることは難しいのです。
あなたには、おそらく、私などよりもっと相応しい御仁がいる。
どうか、その者と幸せな未来を歩んでください」
そう言ってルーカス様は立ち上がる。
そして、「職務があるので、これで失礼します」との言葉を残し、早々に去って行ってしまった。
(え、ちょ、ま、何?その塩対応。えっ、ま、マジで?彼女、めっちゃかわいいよ?えっ、ホントにいいの??)
私がぽかんと口を開けていると、ご令嬢はすっと無言のまま立ち上がる。
そして「んだよ、こっちが下手にでてりゃ、いい気になりやがってー!!!」と絶叫した。
先程までの可憐さはどこに行ったのか、という気もするが、まぁ、そう叫びたくなるのも分かる。
「これで通算、27回目の縁談失敗……。
な?ニーナちゃん、わしの言ったとおりじゃったろ?」
私の真横でしゃがみ込む国王はそう言って、ガクンとうなだれた。
***
ルーカス・オルフェンス王太子殿下。
彼はここ、オルフェンス王国の第一王子だ。
軽やかな銀髪に、切れ長の眉。トパーズブルーの瞳は、彼の涼しげな顔によく映えている。
その端正な顔立ちは、幼なじみの私ですら、ため息が出るほどの美しさだった。
「いやぁ、噂には聞いていましたけれど、ルーく、いえ、ルーカス殿下は本当にご立派になられましたね。私、驚いちゃいました」
そう言いながら私は、国王陛下の向かいの席で紅茶をすする。
本来であれば、一メイドが応接間で国王と同じテーブルに着くなど考えられないことだ。
が、昔のなごりで私は、この分不相応な場を簡単に受け入れている。
言葉遣いもまたしかり。
しかしこれは、私が並外れた常識知らずだから、ではなく、「昔のように接してほしい」という国王陛下からの事前の申し出によるものだ。
「そんなんじゃよー。ルーくんはマジで激イケメンなんじゃよ。
わしに似たんじゃろうなー、おそらく。
だから、嫁選びには苦労せんと思っていたんじゃが……」
陛下は大きなため息を付く。
眉間に刻まれた皺の深さからも、事態の深刻さが見て取れた。
ルーカス様は私と同い年。つまり今年で19歳。
普通であれば、妻の一人や二人いてもおかしくない年齢だ。
国王陛下は、五年ほど前から、ルーカス様の妻選びに時間を割いてこられた。
陛下の権限で政略結婚させようと思えばできるらしいのだが、今は亡き王妃に「それだけはやめてあげて」と懇願されたらしい。結果、縁談を取り持つまではするものの、実際に婚約するかどうかの判断は、ルーカス様に任せているらしい。
らしいのだが。
「正直、こ~んなに手こずるとは思っておらんかったよ。
今日の相手など、家柄、容姿共に相応しい娘であったはずなんじゃが。
一体何が不満なのか……。
わしが聞いても『相手に不満があるわけではない』の一点張りでな。
不満がないんなら、なんで婚約しないんじゃって話じゃ」
「そうですねぇ。なんでなんでしょうねぇ……。
というか、呼び出していただいてなんですが、こんな深刻なご相談を、私ごときが何とかできるものなのでしょうか?」
陛下の顔を伺いながら、恐る恐る伝えてみる。
すると陛下は急に立ち上がり、バンッと勢いよく机を叩いた。
「きっと、できるはずじゃ!というか、ニーナちゃんが最後の頼みの綱なんじゃ!!
ニーナちゃんは、ルーくんの幼なじみではないか!!!
男友達では見栄の張り合いなどあって、本音が晒せんときもある。
が、幼なじみで異性のキミなら、毎日のように遊んでいた仲だし、きっと、心を許すじゃろう。
どうか、オルフェンス王国の存続をかけて、ルーくんの本心を探ってくれ!そして婚約に導いてくれ!!!」
そう言って陛下はテーブルの上におでこを押しつける。
私は「顔を上げてください!」と言いながらも、ボソッと付け加える。
「でも……遊んでいたと言っても、もう10年以上前の話ですよ?
今更、あの頃のような仲に戻れるでしょうか。
それに私、今はただの」
そこまで言って私は、続く言葉をあえて切った。
「今はただのメイドなのですよ?身分が違いすぎる私が、王太子殿下と再び友好関係を築けるでしょうか?」
そう、本当は尋ねたかった。
だけれど、そんなセリフは、例え心に浮かんだとしても言うべきではない。
陛下に気を遣わせるだろうし、なにより、自分の今の境遇を否定すべきではない。
私はこのメイドという仕事に誇りを持っている。
惨めな没落貴族だと皆に笑われても、私は、胸を張って生きていきたい。
それが、全てを失った私に残った、唯一の矜持なのだ。
「ところで、ルーカス様は普段からお仕事が忙しいのですか?
先程も、『職務が職務が』とおっしゃってましたが」
話題を変えようと私は、あえて明るく陛下に話しかけてみる。
陛下は「そうじゃなぁ」と顎に指を添える。
「確かに最近、わしの代わりに色々書類審査もしてくれるし、多忙ではあると思う。
あの子はわしに似て、仕事ができるからつい、こっちも頼んでしまんもんでなぁ。
あ、でも」
陛下は人差し指を突き立てて顔を上げる。
「たまに、中庭の池のほとりで本を読んでおるぞ?
仕事の本ではなく、趣味の本じゃ。
地質学とか、植物学とか、そういったたぐいの本。
ほら、昔から好きじゃったじゃろ?」
そう言われて、眉を上げる。
確かに私は昔、ルーカス様とよく、石拾いや植物採集に出かけていた。
しかし、彼が最初からそれらに興味を示していたわけではない。
屋敷に引きこもるルーカス様に、私が無理矢理そういう類いの話を語り聞かせた結果、一緒に野山に出かけるようになったのだ。
(そっか、私と離れてからも、ルーカス様は自ら学ばれていたんだ)
そう思うと、なんだか胸が熱くなる。
そんなことには、とっくに興味を失っているだろう、と思っていたから。
「空いた時間は一人で読書なんて、その辺はお変わりありませんね」
「そうなんじゃよ。家臣を連れて狩りに行くとかパーティを開くとか、もう少し社交的になってほしいところなんじゃが……」
困り顔の陛下の前で、私は苦笑する。
空いた時間は一人で読書。本当に、ルーくんらしい。
見た目はあれほど凜々しく大人になられたけれど、そんな彼の「変わらないところ」を見つけて、なんだか少し、安心する。
「とにかく、頼んだぞ、ニーナちゃん。
期限は丁度、1ヶ月じゃ。
あまりにキミを引き留めすぎると、君の本来の雇い主である弟に怒られるからな。
それにしても、弟は言っておったぞ?
キミがいないと、城の雑務が回らない、と。
キミはルーくんを褒めてくれたが、ニーナちゃんの方こそ、立派になったではないか。
あんな出来事があったのに、めげずに自分の足で前を向いている」
真顔で褒められたせいで、思わず頬が熱くなる。
私は顔の前でブンブンと手を振りながら、
「いえいえそんな。陛下と公爵様のおかげです」と返した。
***
応接間を出た私は、「さて」と気持ちを入れ替え、エプロンの紐を結び直す。
荷が重い依頼ではあるが、そうも言っていられない。
国王陛下たっての希望で、わざわざ王都にまで呼んでいただいたのだ。
上手くいくかはさておき、自分のベストを尽くさねばなるまい。
そう考えた私は、先程陛下が言っていた中庭に行ってみることにした。
ルーカス様は、休憩時間にはそこの池の周辺で読書をしているらしい。
つい先程、「職務に戻る」と令嬢を置いて去って行ったので、しばらくそこには現れないかもしれない。
だけれど、一度、どんな場所なのか確かめておこうと思ったのだ。
池は、綺麗に整備された中庭の中心、にではなく、隅の方にぽつりと佇んでいた。
蓮の葉が水面には浮いており、のぞき込むと、中には鯉やらアメンボやらがいるのが分かる。
様々な生物が身を寄せ合って生きているその池は、人工池であるにも関わらず、とても自然に近い感じがした。
(タニシ、メダカ、それにオタマジャクシもいる。なんだか懐かしいなぁ。
こういう池でよく、ルーくんと二人で入って遊んだっけ)
そう思いながら、地面に膝を付き、水面に顔を近づける。
が、目に飛び込んできたのは、そばかすが目立つ一人の女性、私の姿だった。
(……さっきのあの子。どこかの貴族令嬢だって、陛下が言ってたな。
私も、侯爵令嬢のままだったら、もう少し美容に気が回せただろうに)
思わず小さくため息が洩れる。
メイドとして働くのは、とても楽しい。
しかし、舞踏会や晩餐会での給仕をする際に、無意識のうちに令嬢の方々を目で追っていることが、未だにある。
つややかな髪。透き通る肌。手入れの行き届いた指先、華やかなドレス……。
自分とはもう関係のない世界の人たちあることは分かっているはずなのに、なぜか視線がいく。
うらやましい、という感情とは少し違う。
どちらかといえば、懐かしい、という気持ちだろうか。
二度と自分の手には、入らないもの。
楽しかった思い出。遠い過去の出来事。
きらびやかな彼女達を見ていると、数々の記憶がこみ上げてきて、ギュッと胸を締める。
(……駄目よ。ニーナ。私は私。誇りを持っていきていくんだから)
そう思い、自分を奮い立たせるために立ち上がろうとした時だった。
突然、池の水面に、私以外の姿が映った。
涼やかな顔立ちに、切れ長の眉。凜とした立ち姿。
思わず振り返った瞬間、その青年としっかり、目が合う。
「……おまえは、まさか」
「えっ、あ、ルーく」
咄嗟に「ルーくん」と言ってしまいそうになり、思わず手で口を塞ぐ。
が、元々立ち上がろうとしていたこともあり、私はバランスを崩す。
いけない。このままでは池に……。
「ちょっ」
背中が後方の水面に向かって倒れゆくその刹那。
パシャンと飛び散ったのは無数の水しぶき。
そして。
「大丈夫かっ?!」
それは本当に一瞬の出来事だった。
ルーカス様が、自らの足を池に踏み入れてまで、私を抱き止めたのだ。
骨張った指が、私の腰を支えている。
「ひ、ひゃっ」
驚いた私は、助けてもらったにも関わらず、ルーカス様の腕を咄嗟に振り払う。
その瞬間、体勢を崩した彼は、盛大に池の中へ身を崩した。
「ルーくんっ!!!!」
思わずそう叫んだ私は、即座に駆け寄る。
彼は池の中で尻餅を付いたまま、水滴を払うべく顔を振った。
「あ……その……、ま、誠に申し訳ございませんっ」
ルーカス様の無事を確認した私は、我に返り深々と頭を下げる。
「いや、いい。それより、頭を上げてくれ」
その言葉を受けて、恐る恐る顔を上げる。
そこには、目を見開き私を見つめる、ルーカス様の姿があった。
「……おまえは、ニーナ・レモンド、か?」
突然そう問われて、一瞬戸惑う。
なぜ彼は、私がニーナだと分かったのだろう。
私は彼を十数年ぶりに見た時、その変わりように目を疑ったのに。
そこまで考え、ふと気付く。
私が先程、ルーカス様が池に落ちそうになった時、思わず「ルーくん」と呼んでしまったからではないか。
「ルーくん」は、彼の幼少期のあだ名だ。それを私が咄嗟に口にしてしまったから、彼は私が幼なじみのニーナであることに気がついたのではないか。
そう思い至り、私は瞬時に青ざめる。
陛下には「自分といるときは昔のままで」と言われていたが、ルーカス殿下からそのような指示はない。
なのに私は彼のことを、不敬にも「ルーくん」呼びしてしまったのだ。
「す、すいません、私、王太子殿下になんたる態度で」
「やはり、ニーナ、なんだな?」
ルーカス様は、私の言葉を遮り、顔をのぞき込む。
私は思わず「はい……」と小さく頷く。
その瞬間、彼の頬が赤に染まる。
そして「……本当に、ニーナ、なのか」と、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「それにしても、どうしてこんなところに。たしかおまえは、叔父上のところで」
「あ、その……実は、国王陛下から呼び出されまして」
「呼び出す?でもあの地はここからひどく遠いのでは」
「えぇ、でも、陛下のご命令ですから」
そう返事をしながら、私はようやく、この不思議な状況を認識する。
ずぶ濡れの殿下と、池の中で手を取り合っているこの状況を。
「と、とりあえず、池から出ませんか?
このままでは風邪を引かれてしまいます」
一拍の間の後、ルーカス様も口を開く。
「……そう、だな」
***
城に戻り着替えた私は、その後すぐにルーカス様の自室に呼び出された。
私は扉の前で深呼吸をした後、コンコンとノックする。
「入れ」
内側から扉が開かれる。私は深く腰を曲げた。
「さ、先程のご無礼を深くお詫びしたく……」
「堅苦しい挨拶はいい。早く入ってくれ」
少し上擦ったような声に顔を上げた私は、そっと、部屋に足を踏み入れる。
大きな窓を背にルーカス様は、口を真一文字に結んだまま立っていた。
外から差し込む光が、彼を後光のように包んでいる。
ルーカス様は、私と目線が合うと、再び頬を染めた。
「本当に、本当に久しぶりだな。ニーナ」
そう言って彼は、少し口角を上げる。
ぎこちなさの残るその笑顔も、なんだか懐かしい。
そんな姿を私がぼんやり見つめていると、彼は再び口を開く。
「それにしても、どのような用件で、そなたは父に呼び出されたのだ?
私は、何も聞いていなかったのだが」
そう問われ、私は不意に姿勢を正す。
「はい、何でも、私に意見を求めたい業務があるそうで、お呼びいただいたのです」
「意見を求めたい?この城にもメイド長や執事を始め、給仕に特化した者はいくらでもいるのだが、なぜおまえに」
不思議そうなルーカス様に、私はあらかじめ用意していた「言い訳」を語る。
「私が昔住んでいたレモンド地方の文化に関わることだそうでして……、ほら、料理とか、季節の風習とか」
するとルーカス様は、「なるほど」と頷く。
「確かにあの地方は、固有の行事が多かったからな。
ほら、なんと言ったか……、春に木々に生る赤い実を沢山パイの中に入れて焼く」
「あぁ、カレイドベリー祭りですね!
女の子のお祭りで、皆で摘んだカレイドベリーを、パイにして食べる行事です」
「そうだ、それだ。楽しかったな、あれは。
あの実は、この辺りでは出回っていないからな。
また是非食べてみたいものだ」
ルーカス様は口元を緩めながら、一人で頷く。
彼が私の住んでいた地方、レモンド地方の行事を未だに覚えてくれているなんて、本当に予想外だった。
と、同時に、胸がじんわりと熱くなる。
「うれしいです。殿下。私たちの地方の行事を未だに記憶していただいてるなんて。
父と母がこれを聞けば、さぞ喜んだことだろうと思います」
そこまで言った瞬間、急にルーカス様の表情が険しくなる。
私は、何の気なしに言ってしまったのだが、この場では相応しくない発言だったとすぐに自覚した。
「……すまなかったな、ニーナ。おまえの両親は」
俯くルーカス様の言葉を、私は瞬時に遮る。
「そんなことありません!
両親はああいった形で亡くなりはしましたが、仕方のないことだったと私は思っております。それに、オルフェンス王室の方々には、並々ならぬ高配を賜り、おかげで私は今も、こうして元気に生き延びています!」
そう言いながら私は、右腕で力こぶを作るようなポーズを作った。
「……そなたは本当に逞しいな。ニーナ。あの頃と何一つ変わらない」
ルーカス様はふと、目を細める。そして、独り言のような微かな声で続ける。
「いつも元気で、輝いていて。本当におまえは、いつもまぶしすぎる」
そう言いながらルーカス様は、少し悲しそうに口角を上げる。私が「殿下?」と声をかける。
すると、ルーカス様は眉を上げ、明るく言った。
「とにかく、久しぶりに顔を合わせることができたのだ。
城に滞在期間中は、日々のことを忘れてゆっくりしてくれ。
そなたは客人なのだから」
彼の声色に釣られて、私も明るい声で「ありがとうございます」と答えることができた。
***
その日の夜、国王陛下とルーカス殿下は、私のために歓迎の晩餐会を開いてくれた。
といっても、私はあくまで、地方の屋敷の一メイド。なので、ごくごく小規模なものだ。
しかし、夕食の料理はどれも手が込んでいて、二人の厚意を感じ取ることができた。
あてがわれた自室に戻ると、私は出窓を開き、夜空に目をやった。
星々はキラキラと瞬きながら、こちらを優しく、照らしてくれる。
私は窓の淵に肘をつくと、一人でため息を吐いた。
こうやってルーカス様と再開できたことは、本当に嬉しい。
使用人ではなく「客人」として扱われたことも、少しくすぐったいが、嬉しい。
嬉しいのだけれど、実のところ、少し、悲しい気持ちもあった。
というのも、彼や国王といると、「失われたあの頃」が、自然と呼び起こされてしまうからだ。
その昔、私はオルフェンス王国東部に位置する国、「レモンド候国」の令嬢だった。
「候国」というところからも分かるように、治めていたのは一貴族である私の父。
国なとどいう言葉を使うのがはばかられるほどの、小さな小さな国だった。
レモンド候国は泰山のふもとに位置しており、自然豊かな場所だった。
「知る人ぞ知る別荘地」として貴族の方々がお忍びで来られることも珍しくなかった。
私は小さな頃から、異国からきた客人に興味津々で、積極的に絡んだり、話しかけたりしていた。
そんな中で知りあったのが、ルーくん、もとい、ルーカス・オルフェンス王太子だったのだ。
当時、ルーくんの父、つまり、現国王は「国王」の地位には付いておらず、王位継承順位もそこまで高くはなかった。
だからルーくんは、一般的な「一公爵の子息」という形で、レモンドの土地を訪問した。
その目的は「療養」。
幼少期のルーくんは病弱で、それを気にした当時の国王が、家族でこの地にしばらくの間、滞在していたのだった。
私がルーくんと知りあったことがきっかけで、レモンド一家はオルフェンス公爵一家と、家族ぐるみの付き合いをするようになった。
私と、私の両親、そしてルーくん一家の皆で、森にピクニックに出かけたのは、今でも良い思い出だ。
しかし、幸せな日々は、突如として終わりを告げる。
私の両親が、他国への来訪中に暗殺されたのだ。
と同時に起こったのは、レモンド候国内での武装蜂起。
民衆達は、オルフェンス王国と反対隣に位置する共和国との統合を叶えるべく、クーデターを起こしたのだ。
主導者は共和国の軍当局との噂だが、正直、それはどうでもいい。
私はいきなり家族を失った、だけでなく、命すらもあやうくなった。
そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのが、オルフェンス現国王。
当時は国王ではなかったため、「手厚い支援はできない」と言いながらも、彼はとある場所に私を逃がしてくれた。
それが、私が現在働いている、オルフェンス王国辺境の屋敷。
そこは、国王の弟、つまり、ルーくんの叔父上様である方のお屋敷だった。
彼は、小さな頃から貴族らしい生活には全く興味がなかった。
学術に関心があり、研究に尽力したいからと、自ら公爵の地位も、王位継承権も放棄していた。
そして、王国の辺境地で一人、学者として研究に専念していたのだ。
そんな彼の元なら安全だろうということで、私は王弟様の屋敷に、一介の使用人として送られることになったのだった。
初めは戸惑うことばかりだったけれど、働くことに慣れた現在は、今のメイド生活に満足している。
「使用人に成り下がった没落令嬢」という身の上なので、共和国側の人からは取るに足りない人間と位置づけられ、目をつけられることもなかった。
それに仕事はそこそこ楽しい。人間関係も悪くない。
だから今、私は分相応に幸せだ、とは日々感じている。
だけれど、今回のように、昔を振り返る瞬間があると、ふと、思う。
あの頃と同じように、私はオルフェンス家の人々と談笑している。だけれど、あの頃とは違う。
あの頃一緒に笑い合った両親はもうこの世にはおらず、ルーくん達とは立場がかけ離れてしまった。
私は知らず知らずのうちに、過去と現在を比べ、その「違い」と対峙する。
すると、奥底に隠しておいた悲しみが、いつの間にか目を覚まし、そっと身を寄せてくるのだ。
(……だめだ。またネガティブになっちゃった。
クヨクヨしてても仕方がないのに……。もう、寝るか)
私は再び、小さくため息を付く。
その吐息はぬるい空気に解け、夜風と共に、天へと解けていく。
そう、過去の出来事を思い、悲しみに浸っても仕方がない。
それはそれ、これはこれで、切り替えていくべきなのだ。
オルフェンス国王に、この城へ招かれた理由。
それは、過去を懐かしむためではない。
「ルーくんの婚約を後押しするため」なのだ。
(せっかく王都にまで招いていただいたのだから、頑張らなくちゃ。
助けてもらった恩に、今こそ報いる時)
私は自分を奮い立たせるためにも、小さくガッツポーズをした。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
3話だけなので、短編感覚で続きも読んでくだされば幸いです。
☆の評価や感想をいただければ大変励みになりますので、どうぞよろしくおねがいします。
なお、現在、不遇ヒロインが、ヒーローの献身的な愛情により自分を取り戻していく小説、
「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」を連載中ですので、
ご興味ある方はぜひお立ち寄りください。https://ncode.syosetu.com/n0783mp/
(広告の下にリンクも張ってみました)
また、先日に富士見l文庫様から新刊、
「如月夫妻の春夏秋冬」が発売されました。
こちらは、こちらは、架空の京都、大正時代を舞台とした、
頑張る女子と傷心軍人による、じれじれの両片思いな物語です。
くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。
最後までありがとうございました。




