第五話:王、初めて口にする
王はその夜、眠れなかった。
城の奥深く。
誰にも会わない部屋。
だが頭の中には、あの光景が残っていた。
――鉄板の音。
――煙の匂い。
――そして、葉で包まれた肉。
「……選ばれただけ、か」
独り言が、やけに響く。
剣で築いた王国が、葉一枚で揺れている。
そんな馬鹿な話があるか。
そう思いたいのに、思えない。
翌朝。
王は一言だけ命じた。
「例の料理を、持ってこい」
家臣たちは一瞬固まる。
「……陛下、まさか」
「命令だ」
それ以上は言わない。
城の中庭。
そこにだけ、場違いな鉄の屋台が置かれる。
キッチンカー。
男はいつも通り、淡々と肉を焼いていた。
ジュウウウウ……
その音が、妙に静かに響く。
王は玉座ではなく、立ったままそれを見ている。
「これを」
男は何も聞かず、肉を焼く。
味噌が焦げ、香りが立ち上る。
そこへ“たれ”。
そして――サンチュ。
一切の説明はない。
ただ、作られる。
まるで儀式のように。
皿が差し出される。
王はそれを見下ろす。
「毒は」
「入ってませんよ」
即答だった。
その軽さが逆に不気味だった。
王は一瞬だけ躊躇する。
だが次の瞬間、自分でも理解できない動きで、それを手に取った。
かじる。
世界が、音を失う。
まず肉。
火の記憶そのものが舌に広がる。
次に味噌。
時間を凝縮したような、深く重い旨味。
そして“たれ”。
鋭い。
甘い。
しかし支配的ではない。
最後に――サンチュ。
それがすべてを“王のために整える”。
「……っ」
王の眉がわずかに動く。
だが声は出ない。
もう一口。
止まらない。
理性が「ここで終われ」と言っているのに、手が動く。
家臣の一人が、震えた声で言う。
「陛下……それ以上は……」
だが王は聞いていない。
いや、聞いているが、意味が変わっている。
三口目。
そこで初めて、王は理解する。
これは食事ではない。
これは“判断の書き換え”だ。
「……なるほどな」
王がようやく口を開く。
「民が戻らぬ理由が分かった」
誰も答えられない。
王はもう一口食べる。
今度はゆっくりと。
そして、静かに言う。
「これは……国家が負ける味だ」
男は少しだけ目を細める。
「どうします?」
王は少し考えてから答える。
「……まずは」
皿を見下ろす。
「もう一枚だ」
その瞬間。
王都の運命は、剣ではなく“追加注文”で決まった。




