第六話:売れ続ける日々
王が初めてそれを口にしてから、三日。
王都は、静かに変質していた。
朝。
門が開く前から、列ができている。
兵士。
職人。
商人。
貴族の下働き。
身分は関係ない。
全員が同じ方向を見ている。
鉄の屋台。
ただそれだけ。
「本日の味噌、少し濃いらしいぞ」
「たれが変わったらしい」
「サンチュが新しい畑からだとよ」
それが政治より重要な情報になっていた。
王都の市場は静かに縮小していた。
パン屋は閉じる時間が早くなり、
肉屋は逆に売れなくなった。
理由は単純だった。
「焼かれた方が、うまいから」
それだけだった。
■王宮
財務官が報告書を持って震えている。
「陛下……税収が……」
「減ったのか」
「いえ……流れが変わっています」
「どういう意味だ」
財務官は言いにくそうに続ける。
「市民が……貨幣を使う前に、焼き肉に並ぶようになっています」
沈黙。
王はもう驚かない。
ただ、ゆっくりと頷く。
「合理的だな」
「え?」
「生きる順序としては正しい」
家臣たちは何も言えない。
■城外
キッチンカーで男は変わらず肉を焼いている。
「味噌、足りますか?」
「まだいけます」
「サンチュは?」
「午前の分は終わりです」
それだけの会話。
戦略も政治もない。
ただ供給。
ただ消費。
ある兵士が呟く。
「これ、戦争より楽じゃねぇか」
別の兵士が笑う。
「戦争って何だっけ」
その言葉に、誰も違和感を持たない。
■王の部屋
王は窓の外を見ている。
城壁の向こうには、長い列。
かつて敵を待っていた場所だ。
今は違う。
敵ではなく、“食事”を待っている。
「王よ」
側近が恐る恐る声をかける。
「このままでは、国家の形が……」
王は静かに答える。
「形は重要ではない」
「では何が重要なのですか」
王は少し間を置く。
「……うまいかどうかだ」
その一言で、会議は終わった。
■商人の前
夜。
王はまたそこに立っていた。
キッチンカーの前。
列の最後尾に、自ら並んでいる。
誰も止めない。
止める理由がない。
「また来たんですか」
男が言う。
王はうなずく。
「続いているのか?」
「ええ」
「どこまで」
男は肉をひっくり返しながら答える。
「必要とされる限り」
皿が出る。
王はそれを受け取る。
もう迷いはない。
かじる。
そして、何も言わない。
ただ、目を閉じる。
その顔を見て、男は小さく言う。
「王も、客ですね」
王は答えない。
ただもう一口、かじる。
遠くで鐘が鳴る。
それは警鐘ではない。
開店の合図でもない。
ただ、王都が“食事の時間”に統一された音だった。




