04小林虎三郎2
虎三郎は、白く濁った右目を隠すように、わずかに残された左目の鋭い視線を象山へと真っ直ぐに向けた。そして、静かに、しかし凛とした声を書斎に響かせた。
「私はこれまで漢籍や儒学を修め、艮斎先生のもとで塾頭まで務めました。しかし、古い書物の言葉をいくらこねくり回しても、迫り来る黒船には対抗できないと絶望いたしました。……佐久間先生。先生の仰る『西洋兵学』が、ただ異国の書物をなぞっただけの安っぽい真似事か、それとも本当にこの国を救う『実学』であるのか。どうか、その片鱗をお見せいただきたい」
肉体的なハンデを背負い、知恵一つで生き抜くと決意してきた虎三郎だからこそ、相手が天下の大家であろうと関係ない。目の前の男の知性が、命を懸けるに値する「本物」かどうかを、冷徹に見極めようとしたのだ。
一瞬の沈黙が、書斎を支配する。
次の瞬間、象山は怒るどころか、天を仰いで地鳴りのような大笑いを響かせた。
「はっはっは! 面白い。長岡の小倅、ただの頭の固い読書人ではないな!」
象山は手元の煙管を置くと、引き出しから数々の資料を引っ張り出し、ドサリと床に突きつけた。そこにあったのは、輸入されたばかりの難解なオランダの兵学書、自らが緻密に計算を重ねた大砲の弾道計算の数式、そして精巧に描かれた地球図であった。
「見ろ」と言わんばかりに、象山は淀みない論理で解説を始める。それはそれまでの日本の誰もが到達していなかった、天文学、数学、物理学のすべてが融合した最新鋭の防衛戦略であった。
大砲を放つのに「武士の気合」など不要。すべては弾の重量と火薬の量、そして発射の仰角によって導き出される「数式」であり、計算通りに動かせば弾は必ず敵を撃ち抜く――。その圧倒的なロジックは、虎三郎がずっと探し求めていた「完璧な論理」そのものであった。
(――こんな天才が、本当にこの日本にいたのか)
あまりの衝撃に、虎三郎は静かに目を見開いた。己を凌駕する一つ目の怪物に出会った興奮で、全身の血が熱く沸き立つのを感じていた。
講義が終わると同時に、虎三郎は深く、深く頭を下げた。畳に額をこすりつける。
「先生のご講義、目から鱗が落ちるとはまさにこのこと。完全に御見それいたしました。伏して、この虎三郎、入門を願い奉ります!」
象山は、床に伏せる若き才能を、この上なく満足そうに見つめた。そして、誇らしげに顎を引いてこう告げた。
「お前は片目が不自由だという。だがな、その残された一瞬の眼光は、そこらにいる節穴の二つ目を持つ凡学者どもより、遥かに世界の『理』を深く見通している。よし、入塾を許す。今日から俺の知恵を、その一目で残さず吸い尽くしてみせよ」
こうして小林虎三郎は、象山塾の最古参にして最高峰の天才として、師の砲術や高度な科学実験を支える一番の右腕となっていった。己こそが唯一の秀才だと信じていた若者は、ここで世界の広さを知り、国家の頭脳としての第一歩を踏み出したのである。
しかし、物語はここで終わらない。
象山の知恵を恐ろしい速度で吸収していく虎三郎の前に、翌年、さらなる「もう一人の怪物」が、嵐のような熱量を帯びて突っ込んでくることになる。
◇
小林虎三郎が佐久間象山という本物の巨星に出会い、その右腕となってから一年後のことである。
長州藩から、神田お玉ヶ池の塾へ、一人の若者が凄まじい嵐のごとき熱量を帯びて突っ込んできた。名を吉田寅次郎という。のちに吉田松陰と呼ばれる、目を血走らせた「狂気の男」であった。
寅次郎は、かつての虎三郎と全く同じように、初対面の象山に向かって生意気にも牙を剥いた。しかし、当代随一の知の怪物である象山に木端微塵に論破され、その圧倒的な力量の前に平伏して入塾を許されたのである。
その様子を耳にし、あるいは塾内での噂として冷ややかに眺めていた虎三郎は、正直なところ、最初は呆れかえっていた。
(なんという身の程知らずな、危なっかしい奴が来たものだ)
お世辞にも体格が良いとは言えない、貧相なやせ型の若者。それが寝食を忘れて目を血走らせている姿は、冷静沈着なリアリストである虎三郎の目には、ただの無鉄砲な猪突猛進に見えた。
だが、虎三郎のそんな冷ややかな評価は、数日のうちに木っ端微塵に打ち砕かれることになる。虎三郎は、目の前で繰り広げられる寅次郎の真の力量を目の当たりにし、戦慄した。
それは、驚天動地の「吸収速度」であった。
虎三郎がオランダ語の辞書を片手に、何ヶ月もの時間を費やしてようやく解読した難解極まる西洋の戦術論や兵学書を、寅次郎はわずか数日のうちに貪り読み、完全に己の血肉にしていくのだ。眠気に襲われれば太ももに錐を突き刺してまで机に向かうその姿は、努力という生易しいものではなく、文字通りの「狂気」であった。
(この長州のやせ男、とんでもない怪物だ……!)
虎三郎の胸の奥に、かつてないほどの凄まじい衝撃と焦燥が走った。己を稀代の秀才と任じていた虎三郎が、生まれて初めて、底の知れない天才の深淵を覗き込んだ瞬間であった。
そして同時に、寅次郎のほうもまた、この隻眼の先輩に一目を置いていた。
寅次郎は、感情に任せて突っ走りそうになる己の議論を、常に冷徹な数理データと論理で「待て、それは現実的ではない」と鮮やかに引き止めてみせる虎三郎の、深遠な知性に心から感服していた。のちに寅次郎が国元の家族へ宛てた手紙の中にも、その本音が隠すことなく書き記されている。
『江戸で多くの秀才に会ったが、長岡の小林虎三郎だけは別格である。あの男の見識の深さは、到底自分の及ぶところではない』
互いの異才を認め合った二人は、ここから塾の歴史に残る、凄まじい「知のデッドヒート」を繰り広げることになる。
二人が机を並べ、大きな地球図を睨みつけながら世界の情勢について激論を交わし始めると、塾内の空気は一瞬で一変した。パチパチと火花が散るような、肌を刺す緊迫した熱気が部屋を満たす。
熱く吠える寅次郎の「炎」の議論に、冷徹に本質を突く虎三郎の「氷」の論理が噛み合う。あまりの次元の高さと応酬の激しさに、他の塾生たちは息を呑むばかりで、誰も二人の議論に割って入ることすらできなかったという。
そして、その様子を、誰よりも嬉しそうに、満足げに見つめている男がいた。師の佐久間象山である。
わずか一年の間に「これからの日本を背負って立つ大天才」を二人も手に入れたのだ。その喜びは計り知れなかった。象山は高笑いと共に、周囲の知人たちに誇らしげにこう言い放った。
「我が門に二つの彗星あり。長州の吉田寅次郎と、長岡の小林虎三郎。この二人こそ、我が門下の双璧である!」
天下の学者たちを「盲ばかりだ」と容赦なく見下し、己の頭脳だけを信じていたあの傲慢な象山が、
この二人に対してだけは、己の巨大なプライドを横に置いてその才能を心の底から激賞し、我が子のように愛し抜いた。
論理と数理を極限まで尖らせた小林虎三郎。
情熱と行動を極限まで尖らせた吉田寅次郎。
象山という一つの巨大な知性から分かたれたような「氷」と「炎」の両輪を得て、象山塾は今、日本で最も熱く狂おしい、国防のシンクタンクへと変貌を遂げたのである。




