03小林虎三郎1
小林虎三郎は、己を稀代の秀才であると任じていた。
決して、若気の至りによるうぬぼれではない。虎三郎という男は、極めて冷静沈着で理性的、常に物事を一歩引いた高みから俯瞰して見る男であった。その冷徹なまでの頭脳が、周囲の人間と己の能力を客観的に見極め、弾き出した絶対の結論が「秀才」の二文字なのである。
その歪みなき自信の裏には、血を吐くような執念の過去があった。
1828年(文政11年)、虎三郎は越後長岡藩の上級武士・小林又兵衛の三男として生を受ける。のちに神田お玉ヶ池で出会うことになる吉田寅次郎より、二歳年上の生まれであった。
平穏であるはずの幼少期、虎三郎を容赦のない悲劇が襲う。当時、命を落とす者も多かった大病――天然痘を患ったのである。
辛うじて死の淵から生還したものの、病魔が残した代償はあまりにも重かった。右目の視力を完全に失い、残された左目の視力も極度に低下。さらに、手足にも軽い障害が残ってしまったのである。
武芸、すなわち剣術や馬術の優劣がそのまま男の価値となる武士の世界において、片目が使えず、体に障害を抱えることは致命的なハンデであった。
「気の毒に」「あれでは、とてもお家の役には立てまい」
容赦なく突き刺さる周囲からの同情と、陰で囁かれる侮蔑の目。
絶望の底に突き落とされかけた我が子を、しかし、虎三郎の母は決して甘やかさなかった。彼女は息子を厳しく、しかし燃えるような深い愛をもって諭したのである。
「虎三郎。お前は武芸で身を立てることはできません。ならば、学問を修めなさい。知恵によって国を、この長岡藩を支える男になるのです」
この母の言葉は、五体に障害を負った虎三郎の魂に不滅の灯火を点した。
(知恵によって、国を支える――)
その日を境に、虎三郎は「学問の道」へ文字通り命を懸けて没頭することになる。彼が物事を客観的に、時に冷徹なまでに冷めた目で見つめる性格になったのは、この少年期に背負った肉体的ハンデと、それを「読書」という孤独な戦いによって乗り越えようとした経験が、骨の髄まで影響していた。
幸いにも、長岡藩には当時から「教育第一」を藩の方針に掲げる、極めて質の高い藩校『崇徳館』があった。
ここに入学した虎三郎の姿は、異様であり、同時に凄絶であった。彼はわずかに残された左目を、墨の匂う本にこすりつけるようにして、猛烈な勢いで東洋の古典を読み漁ったのである。他人の二倍の時間をかけねば読めぬのなら、人の四倍、八倍の時間を机に捧げればよい。ただそれだけの論理で、彼は夜を徹した。
その異常なまでの執念と才能は、またたく間に開花する。
十代の後半を迎える頃には、藩内で「小林に敵う秀才は一人もいない」と誰もが認める神童となっていた。その名声はついに藩主の耳にまで届く。当時の長岡藩主・牧野忠雅もこの隻眼の異才に深く注目し、二十歳そこそこの虎三郎を、臨時の藩校教授に大抜擢するという異例の恩命を下したのである。
名誉、地位、周囲の称賛。すべてを手に入れた。しかし、虎三郎の左目は、すでに長岡の狭い空を飛び越え、遥か先を見据えていた。
(今、世界はどうなっている。異国の黒船が日本の海を脅かしているというのに、長岡の、古い儒学の言葉をこねくり回しているだけで、これからの大激動の時代に藩を守り切れるわけがない)
このままここにいては、井の中の蛙として国とともに滅ぶ。
虎三郎の強い希望と、その才能を未来の財産として惜しまなかった藩の期待が合致し、1850年(嘉永3年)――二十三歳になった虎三郎は、ついに大都会・江戸への留学を許可されたのである。
開国か、攘夷か。目に見えぬ地鳴りのような緊張感が漂う大江戸の地。
長岡一の天才として、そして自らを「稀代の秀才」と冷徹に自負して乗り込んできた小林虎三郎。
しかし、この百花繚乱の江戸において、彼は知ることになる。上には上が、怪物には怪物がいるという現実を。
己が誇る頭脳を真っ向から凌駕し、その人生の価値観を根底からひっくり返すことになる「二人の傑物」との運命の出会いが、すぐ目の前まで迫っていた。
◇
江戸に上った虎三郎は、まず当時トップクラスの儒学者であった安積艮斎の塾『見学塾』の門を叩いた。そこには全国から集まった一騎当千の秀才たちがひしめいていたが、虎三郎の敵ではなかった。並み居る天才たちを次々と追い抜き、彼はまたたく間に塾生の頂点である「塾頭」の座へと登り詰めたのである。
しかし、虎三郎の徹底した現実主義の性格は、すぐにその現状に強い物足りなさを感じ始める。
(過去の聖人が残した言葉を、いくら現代の都合に合わせて解釈したところで何になる。黒船の噂がこれほど飛び交う今、本当に必要なのは、現実の国防に役立つ『西洋兵学』のはずだ)
言葉の遊戯に終始する儒学に、国を救う力はない。そう見限った彼は、二十三歳の春、確信を持って神田お玉ヶ池へと向かった。
象山塾の静まり返った書斎に通され、虎三郎はひとり、静かに待たされていた。
張り詰めた空気の中、襖が開く。どっかりと上座に腰を下ろしたのは、当代随一の碩学と噂される佐久間象山であった。象山は、初対面の書生を前にしても、いつも通り不敵で不遜な笑みを浮かべ、美味そうに煙管をくゆらせている。
象山は、目の前に座る小柄で隻眼の若者を、上から下までじろりと値踏みするように睨みつけた。そして、挨拶もそこそこに、さっそく自慢の大言壮語をぶちかました。
「いま江戸にいる学者どもは、天下の形勢も、異国の科学も何一つ分かっておらん盲ばかりだ。この日本で、世界の現実と、真に国を救う兵学を知っているのは、この俺一人だけだ。お前のような若造に、俺の高度な学問が理解できるか?」
並の書生であれば、そのあまりの傲慢さに顔を真っ赤にして憤慨するか、あるいは怪物の放つ威圧感に萎縮して平伏する場面であった。
しかし、虎三郎は微動だにしない。それどころか、怯む色すら一切なかった。




