9
鉄狼団に入って、八ヶ月が経っていた。
季節は二度変わった。
最初はまともに持ち上がらなかった荷物も、今では息を乱さず運べる。剣を握る手には硬いマメができ、身体のあちこちに傷跡が増えていた。
セナは朝、いつものように訓練場で剣を振っていた。
一振り。
もう一振り。
振るたびに、自分の動きが少しずつ変わっているのがわかる。
コピーした技術は増えた。
でも最近は、ただ真似している感覚だけじゃなくなってきていた。
自分の体に合う形へ、少しずつ噛み砕いては変化している。そんな感覚があった。
「セナー!」
フィンの声が飛んできた。
振り返ると、弓を肩に担いだフィンが倉庫の入口から手を振っている。
「団長が呼んでる」
「今行く」
剣を収め、息を吐いた。朝の冷たい空気が肺に入った。
倉庫の中央では団長が地図を広げ、周囲には鉄狼団の団員たちが集まっている。全員の顔が、少し硬かった。
「ドワルグから要請が来た」
団長の指が、地図の北西を叩く。
山岳地帯。ドワルグ山岳国。
「深淵の王の軍勢が山岳街道まで迫ってる。砦の守備兵だけじゃ足りんそうだ」
空気が静かになる。
深淵の王。
最近、その名前を聞く頻度が増えていた。
焼けた村
流れてくる難民
消えた街
全部、その名前に繋がっている。
「危険度は高い。死ぬかもしれん」
団長が全員を見渡す。
「覚悟のある奴だけ来い」
最初に手を挙げたのはグラムだった。次にドルグ、フィン、バルド。セナも、迷わず手を挙げていた。
団長は何も言わず、ただ小さく頷いた。
山岳地帯へ入った瞬間、空気が変わった気がした。風が冷たく空が低い。道の脇には、焼けた村の跡が続いていた。
崩れた家
焦げた畑
黒くなった井戸
生活の跡だけが残っている。
セナは馬の手綱を握りながら、その景色を見ていた。
胸の奥が、少し重かった。
途中、難民の列とすれちがう。子どもを抱えた女、老人を背負う若者、負傷した兵士。その誰もが口を固く結んでいる。何かを堪えるように、ただ下を向いて歩いている。
「ローエンが落ちてから増えた」
隣を歩いていたフィンが小さく言った。
「深淵の王の軍勢は、通った場所を全部焼く」
セナは何も言わない、言葉が出なかった。これが戦争なのか、とだけ思った。
ドワルグの山岳砦は、切り立った崖の上にあった。
巨大な石の要塞。
城壁には無数の傷が走り、矢が刺さったまま残っている。
門をくぐると、疲れ切った顔のドワーフ兵士たちが迎えた。その鎧は傷だらけそして目の下には濃い隈。それでも誰も弱音を吐いていなかった。
出迎えた兵士長は、小柄なドワーフだった。だが眼光だけは鋭い。
「来てくれたか…助かる」
兵士長は歩きながら説明を始めた。
「三日前に第三砦が落ちた」
「敵の数は」
「魔物二百以上。人間兵も混ざってる」
団長が地図を見る。
「指揮官は?」
「いる。かなり厄介だ」
セナは城壁へ上がり、西の方角を見た。
山の向こうの空が赤かった。炎を雲に写したような色だった。
到着した日の夜、砦の中を歩いているとどこからか子どもの泣き声が聞こえた。石造りの建物は音が良く響く。遠くに見える窓から小さな灯りが漏れている。
「あそこは?」
近くの兵士へ聞く。
「避難民だ。逃げ遅れた連中を収容してる」
兵士は疲れた顔で笑った。
「老人と子どもばっかだ」
セナはその建物をしばらく見つめる。泣き声が、まだ聞こえていた。
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