10
夜明け前に斥候が戻ってきた。
「来ます!」
砦の空気が一気に張り詰める。
兵士が慌ただしく走り回り、怒号が響く。あちらから武器を掴む音や鎧の擦れる音が聞こえている。セナもゆっくりと剣を抜いた。
夜明けと同時に、敵が押し寄せてきた。それは黒い波のようだった。
狼のような魔物
人型の兵士
翼のある怪物
それが大地や空を埋めるように次々と押し寄せてくる。
「構えろ!」
兵士長の怒鳴り声。
合図と共に矢が放たれ、魔法が飛ぶ。
戦いが始まった。
兵士とともに前線にいたセナは、最初の一撃で吹き飛ばされた。
四足の魔物の突進。重く、速い。
体の痛みを無視して、すぐに立つ。考える前に体が動く。
グラムの踏ん張り
バルドの視線
フィンの呼吸
コピーした技術が、何度も繰り返した動きが、身体の中で噛み合い始める。
剣を振り、斬る。攻撃を躱し、また前へ出る。ただただ延々とそれを繰り返した。
第一波が終わった頃には、城壁の上に何人も倒れていた。ドワーフ兵が息を切らしながら壁へ背を預けている。セナも肩で息をしていた。腕が痺れている。でも、まだ動けた。
そのとき。避難民の建物の扉が少し開いた。そこから小さな女の子が、顔を覗かせていた。五歳くらいだろうか。
セナと目が合うとすぐ扉の奥へ隠れた。
でも、少しだけ開いた隙間からは小さな目がまだこちらを見ていた。セナは、その扉から目を離せなかった。
「第二波来るぞ!」
静寂を破る見張りの声に、セナは剣を握り直した。
第二波は、第一波より酷かった。城壁の一部が崩され、魔物が内部へ雪崩れ込んでくる。
砦の中で戦闘が始まった。狭い砦のなかが、怒鳴り声や悲鳴、爆発音で満たされ、そこら中から血の匂いがしていた。
その中でふと視界の端を横切る影。三体の魔物が、避難民の建物へ向かっている。何かを考える前に、足が動いていた。
魔物とほぼ同時に扉へたどり着いたセナは、一体目へ斬りかかる。だが弾かれ、衝撃で吹き飛ばされ、石畳へ叩きつけられた。痛みと衝撃で息が詰まる。
それでも立ち上がり、扉と魔物の間に体を滑り込ませた。二体目が来る。今度は真正面から受けず横へ流す。何度もみて、繰り返した足遣い、体重移動…そして全身の力を一撃へ乗せる。
重い一撃が入った。魔物が怯む。
三体目が飛びかかった瞬間、セナは魔力を動かした。
火と風、二つを同時に発動する。
爆発
熱風で魔物が吹き飛ぶ。
振り返ると扉の隙間からあの女の子が、まだ見ていた。先程よりも怯えた目だった。セナは視線を遮るようにただ、扉の前へ立った。
それからも次々と敵が来る。向かって来る魔物を斬る、弾かれ叩きつけられても立つ。また前へ出る。何度も、何度でも魔物達の前に立った。
腕が重い
息が苦しい
全身が痛い
それでも足だけは止まらなかった。あの扉を、開けさせたくなかった。
ただ、それだけだった。
ようやく第二波が終わった頃には、セナは地面に座り込んでいた。もう立ち上がる気力がない。呼吸するだけで肋骨が痛む。
そのとき、扉が開いた。
あの女の子がおそるおそる出てくる。その小さな手で、パンを差し出してきた。セナは少しだけ目を見開いた。
「……くれるのか」
女の子は黙って頷いた。
「ありがとう」
セナが受け取ると、女の子は足早に扉の中へ戻っていった。
セナはパンを見つめた。硬い、冷たいパン。なぜか少しだけ、胸が熱かった。
襲撃があった日の夕方、兵士長が近づいて来ると唐突に声をかけられた。
「助かった」
セナは首を横に振る。
「俺がやりたくてやっただけです」
セナの返事に、兵士長は少しだけ笑った。
「そうか」
その夜、城壁の上でセナは西の空を見ていた。
山の奥、その空はまだ赤い。深淵の王の軍勢がいる方角だ。あの山のむこうに、何がいるのか。彼らはどんな存在なのか。
セナはまだ知らない。でも、自分の中で何かが変わったのはわかった。強くなりたい。生き残りたい。でもそれだけじゃない、守りたいとそう思った。
風が城壁の上を吹き抜ける、冷たい山の風だった。肌寒く感じ、1度自分を抱きしめる。それからセナはまた空を見上げた。そこには星が瞬いていた。
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