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第四章 傭兵の国
ガルドが見えてきたのは、十日目の夕暮れだった。
丘の上から見下ろすと、街は城というより巨大な砦の集合体に見えた。高い城壁。無数の旗。煙を吐く鍛冶場。石造りの建物が雑多に並び、その隙間を武装した人間たちが歩いている。
風が、鉄の匂いを運んできた。
セナはその街を見下ろしながら、少しだけ目を細めた。
エルディアとは空気が違う。
もっと荒くて、もっと剥き出しだった。
城門をくぐる。
酒の匂い、汗の匂い、鉄の匂い。街を歩く人間の半分が武器を持っていた。人間だけじゃない。エルフやドワーフ、獣人、見たことのない種族もいる。
酒場の前では大男同士が殴り合っていたが、周囲は止めもしなかった。笑いながら賭けをしている。
強い者が立ち、弱い者が沈む。そういう場所だった。
セナは立ち止まり、周囲を見渡した。
コピーできる動きが、そこら中にあった。
商隊の依頼完了の手続きが終わると、金貨五枚が渡された。手の中の重みを、セナはしばらく見つめていた。エルディアで銅貨三枚を握っていた頃とは、もう違う。
でも、まだ足りなかった。
もっと強くなりたい。
その気持ちは、前よりはっきりしていた。
翌日、セナは傭兵組合の前に立っていた。エルディアの冒険者ギルドより小さく、雑然としている。
ガルドらしい酒と鉄の匂い。壁には乱雑に貼られた募集紙。
傭兵団員募集
護衛募集
討伐依頼
その中の一枚で、セナの手が止まった。
『鉄狼団団員募集
実力次第で即戦力として扱う
弱い奴はいらない』
短い文章だった。だが、その名前を見た瞬間、焚き火の夜を思い出した。
『俺はガルドの傭兵団所属だ。鉄狼団っていう』
『傭兵団』
『ああ。腕さえあれば、種族も出自も関係ない』
火の揺れ。
夜風。
焚き火の熱。
そして、あのとき無意識に口から零れた言葉。
『そういう場所、嫌いじゃないかもな』
フィンが少しだけ驚いた顔をした。
セナ自身も驚いていた。追放されてから、自分はずっと一人だと思っていた。誰かと並んで戦うことも、同じ火を囲むことも、そんな場所を「悪くない」と思ったこともなかった。
セナは募集紙を剥がした。
「ここにするか」
小さく呟き、組合の受け付けへ歩き出した。教えられた鉄狼団の拠点は、街外れの古い倉庫だった。
中へ入ると十数人ほどの傭兵がいた。武器の手入れをしている者、酒を飲んでいる者、床で寝ている者。
全員、一瞬だけセナを見た。そしてすぐ興味を失った。
弱そうなガキ。
それ以上の印象はないのだろう。
奥に、一人の男が座っていた。
短く刈った黒髪に白髪が少し混じっている。顔には古い傷が三本。ただ座っているだけなのに、この空間の中心だとわかる。
「団長ですか」
男が視線を上げた。
「そうだ」
低い声だった。
「募集を見ました。入団させてください」
団長はセナを頭から足先まで見た。
「いくつだ」
「十七です」
「戦えるか」
「やってみないとわかりません」
団長は少しだけ目を細めた。
「庭へ出ろ」
庭には、大柄な男が待っていた。その男が無言で木剣を投げてよこすとセナは受け取った。
「始め」
次の瞬間、視界が回った。
吹き飛ばされていた。
立つ。
また行く。
また吹き飛ぶ。
重い。
速い。
強い。
剣の軌道が読めない。
足運びも見えない。
七回吹き飛ばされたところで、団長の声が飛んだ。
「そこまでだ」
セナは地面に膝をついたまま、肩で息をしていた。
全身が痛い。
でも、頭の中は動いていた。
今の踏み込み。
重心。
剣の角度。
全部を必死に焼きつける。
団長が近づいてきた。
「弱いな」
「はい」
「なのに立った」
セナは答えなかった。
団長はしばらくセナを見下ろしていた。
「雑用からだ。文句あるか」
「ありません」
団長が踵を返す。
セナは木剣を返しながら、さっきの男の動きを頭の中で再生していた。七回やられた。なら、七回分覚えればいい。
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