6
翌朝、南門には六台の荷馬車が並んでいた。護衛は八人。大剣を背負った女や二本の短剣を腰に下げたエルフ、重装備のドワーフ。全員、場数を踏んでいるのが見てわかった。
その中でセナだけが、明らかに場違いだった。古びた装備、安物の剣、若すぎる顔。
何人かがセナを見たが、特に何も言わなかった。興味がないのか、どうでもいいのか…たぶん、その両方だった。
街道へ出て半日後、最初の襲撃は突然だった。
風を裂く音。
矢が飛んできた。
「盗賊!」
誰かが叫ぶ。
護衛たちが即座に動いた。
セナも剣を抜く…だが、体が止まった。
ギルドの依頼とは違う。魔物を倒せば終わりじゃない。守るものがある。
馬車
商人
他の護衛
どこへ立つべきか、どこを見ればいいのか。何もわからなかった。
その隙に、一人の盗賊が馬車へ向かう。
「邪魔!」
横からの衝撃、セナの体が押し飛ばされた。大剣の女――レイアが、セナの前へ飛び込んでいた。重い一撃で盗賊が吹き飛ぶ。そのまま次の敵へ向かう。振り返りもしない。セナは息を呑んだ。今、自分は完全に足を引っ張っている。胸の奥が冷える。周囲を見ると、エルフの男が木の上から矢を放っている。ドワーフが馬車の側面を固めている。全員、自分の役割を理解して動いていた。だがセナだけが、何もできていない。
そのとき、目の前に、大柄な盗賊が現れた。斧を持っているその男と目が合った。それは紛れもなく人間だった。
ゴブリンじゃない。
野犬でもない。
人間。
セナの喉がわずかに鳴った。剣が、重い。この剣を、人へ向けていいのか…そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。次の瞬間、斧が振り下ろされた。つい体が動いた。
考えるより先に。
横断歩道で飛び出したときと、同じだった。
斧が地面を砕くき、セナは横へ跳んでいた。その瞬間、レイアの足運びが脳裏に浮かぶ。
低い重心。
踏み込み。
セナは同じように動いた。完璧ではない。でも、一瞬だけ懐へ入れた。
剣を振る。
盗賊の脇腹を浅く裂いた。
男が怯む。
だが倒れない。
まだ立っている。
セナは次の一撃を出せなかった。躊躇した。その瞬間、風切り音。矢が盗賊の喉を貫いた。
男が崩れ落ちる。
木の上のエルフ――フィンが、次の矢を番えていた。
戦闘が終わったあと、セナは自分の手を見ていた。少し震えている。人を傷つけた。それが正しかったのか、まだわからない。
でも、あのとき動かなければ、守れなかった。それだけは確かだった。
近くで呻き声がした。そちらを見ると、御者の腕に矢が刺さっている。血が流れていた。
セナは反射的に膝をついた。そして魔力を流す。教会で覚えたヒールは包み込むように。押しつけるのではなく、流し込む。
淡い光が滲んだ。
御者が息を呑む。
「……痛みが引いた」
「完全には治せません」
セナの額から汗が落ちた。魔力消費が多い。
「でも、血は止まります」
御者はしばらくセナを見て、小さく頷いた。
レイアが横を通り過ぎる。
「次は最初から動け」
短い声だった。責める声ではなく、事実だけを置いていくような声。
セナは頷いた。
「はい」
二度目の襲撃
三度目の襲撃
少しずつ、セナは動けるようになっていった。
フィンの視線の動かし方。ドワーフの立ち位置。レイアの踏み込み。
全部を見る。
全部を体へ刻む。
最初はただ真似るだけだった。でも繰り返すうちに、少しずつ意味が見えてくる。なぜそこへ立つのか。なぜそのタイミングなのか。戦場全体が、少しだけ見えるようになっていた。
夜営の焚き火の音が静かに響く。セナは毎晩、火を見ながらその日の動きを反芻した。
剣を受けた角度。
踏み込み。
呼吸。
何ができて、何が足りなかったのか、考えているうちに、火の暖かさが少しだけ心地よく感じられる瞬間があった。それが安心という感情なのかは、まだよくわからなかった。
その夜、いつものように焚き火の前で今日1日の動きを反復していると、その隣へフィンが腰を下ろした。
「最初の日、お前ひどかったな」
「自覚はあります」
フィンが笑う。
「今は少しマシだ」
焚き火が爆ぜる音がして、しばらく沈黙が続いた。
それからフィンが言った。
「最近、深淵の王の軍勢がまた国を落とした」
セナは顔を上げた。
「ローエンの西側だ。焼かれた村から難民が流れてきてる」
「……本当にいるんだな」
気づけば、そう口にしていた。
フィンがちらりとセナを見る。
「噂だと思ってたのか?」
「どこか遠いところの話みたいだった」
フィンは焚き火を見つめたまま言った。
「俺も最初はそうだった。でも焼けた村を見ると、嫌でも現実になる」
火が小さく爆ぜた。
セナは炎を見つめた。
深淵の王。
まだ顔も知らない。何者かも知らない。でも確かに、どこかで人が死んでいる。街が壊れている。その現実だけが、焚き火の熱と一緒に胸へ落ちていった。
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