5
エルディアに来て、三週間が過ぎていた。まだセナのランクはFのままだった。毎日依頼を受け、毎日傷を作った。
ゴブリン退治
薬草採取
荷運び
水路の清掃
どれも地味な仕事ばかりだったが、不思議と嫌ではなかった。毎朝起きて、剣を振る。それから依頼へ行く。傷を負って帰って来て、訓練場でまた誰かの動きを見る。
それを繰り返しているうちに、体が少しずつ変わっていった。最初は言うことを聞かなかった腕が、少しだけ滑らかに動く。踏み込みでふらつかなくなる。剣の重さにも慣れてきた。ほんの少し…でも確かに。
ギルドの訓練場には、毎日違う冒険者が来ていた。セナはいつもの隅に座り、黙って観察する。
剣士の重心移動
魔法使いの詠唱
エルフの弓兵の呼吸
ドワーフの踏み込み
セナの目には、それらがスキルとして映っていた。どこへ力を集めるのか、それをどこで解放するのか。それを何度も何度も見ているうちに、少しずつ輪郭が掴めてくる。
コピーの精度は、まだ低い。
火魔法は小さい。
風魔法は弱い。
剣術も不格好だ。
それでも、昨日よりは今日の方がましだった。それだけで、十分だった。
ある日の朝、掲示板の前でセナの足が止まった。
⸻
『ガルド傭兵国家までの商隊護衛
期間十日
報酬:金貨五枚』
⸻
金貨五枚…今まで稼いだ額を全部合わせても届かない。そろそろ最初に渡された金貨も、残りが少なくなってきた頃だ。
依頼書の端には、危険度を示す星印が三つ並んでいた。Fランクは推奨外。つまり、死ぬ可能性が高い依頼ということだ。
「やめとけ」
隣から声がした。そちらに目を向けると、顎に傷のある冒険者が依頼書を見上げている。
「ガルドへの街道は荒れてる。盗賊も魔物も増えてる」
「増えてる?」
「西側の国がいくつか落ちたらしい。深淵の王の軍勢にな」
その名前を聞いた瞬間。
アルバンの王の声が、ふと脳裏を掠めた。
『深淵の王は世界を滅ぼそうとしている、勇者が必要なのだ』
だがその直後、自分は追放された。
だからセナにとって「深淵の王」は、まだ現実味のない言葉だった。
遠い場所の話。
自分とは関係ない災厄。
少なくとも、今までは。
「去年は護衛が半分死んだ」
冒険者が続ける。
「新人が受ける依頼じゃない」
セナは依頼書を見つめた。
危険なのはわかる。
でも金貨五枚は大きい。
それに…少しだけ、外の世界を見てみたかった。
セナは依頼書を剥がした。
「受けます」
冒険者が何か言いかけて、やめた。
「……好きにしろ」
受付へ向かう。
ルナは依頼内容を見ると、一瞬だけ眉を動かした。
「本気ですか」
「はい」
「危険です」
「わかってます」
ルナは少し黙った。何か言いたそうだったが結局、何も言わずに書類を書き始める。
「出発は明朝、南門です」
「ありがとうございます」
セナが去ろうとしたとき。
ルナが小さく言った。
「……生きて帰ってきてください」
セナは少しだけ目を瞬かせた。そして、小さく頷いた。
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