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最初の依頼は、廃小屋のゴブリン駆除だった。
報酬は銅貨三枚。
安い。だが、今のセナに選択肢はなかった。
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廃小屋の中には、ゴブリンが四匹いた。ゴブリンの死角になる扉をそーっと開けて、最初の一匹は勢いで斬れた。
だが二匹目が横から飛びかかってくる。爪が腕を裂き、熱い痛みが走った。
「っ……!」
いたみで手がぶれる。そこに三匹目が正面から迫る。まずい!そう思った瞬間、セナは反射的に魔力を動かしていた。
火。
そして風。
二つの流れが無理やり重なる。
次の瞬間。
轟音が響いた。
爆発だった。
熱風が小屋を揺らし、ゴブリンたちをまとめて吹き飛ばす。
セナ自身も後ろへ転がった。
耳がキーンと鳴っている。
焦げ臭い。
静寂。
セナは床に倒れたまま天井を見上げた。今、何が起きた…理屈はわからない。でも結果だけは目の前にあった。
吹き飛んだゴブリン。
焦げた壁。
焼け焦げた空気。
胸の奥で、何かが小さく動き始めていた。
翌日、セナはまた掲示板の前に立っていた。だがFランクの依頼は少ない。しかも報酬は低い。それでも、選ぶ余地はなかった。
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『森の外れの野犬の群れ退治
報酬:銅貨五枚』
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ゴブリンより楽だろう。なんとなくセナはそう思った。しかし、甘かった。
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森の外れへ着いたとき、野犬は七匹いた。
「俺の知ってる犬じゃない…」
肩まである巨体、赤く光る目、低い唸り声。しかも群れで動いている。
セナが近づいた瞬間、七匹全てがこちらを向いた。嫌な汗が背中を流れる…次の瞬間、一匹が飛びかかってきた。
セナは横へ跳ぶ。着地。そこを狙っていたかのように、背後から別の一匹が来た。
爪が背中を裂く。
「ぐっ……!」
熱い痛みに前のめりになる。
まずい。
一対一とは、全然違う。
セナは咄嗟に火魔法を発動した。出たのは小さい炎だったが、野犬たちが怯んだ一瞬の隙に木を背にして背後を守った。これなら正面だけ警戒すればいい。
二匹が同時に飛び込んでくる。
剣で一匹を弾く。もう一匹の顎を蹴り上げた。訓練場で見た体術のほんの欠片だけ、体に残っていた。
七匹を倒し終えた頃には、セナは息も荒く膝をついていた。呼吸が熱い…背中が痛む…腕が震えている。それでも、なんとか気力を振り絞って立つ。
血の匂いが鼻についた。
⸻
帰り道。セナは歩きながら、自分の動きを反芻していた。蹴り上げたときの足の角度、踏み込んだ位置、重心。
ゴブリンのときより、少しだけ体が思い通りに動いた。ほんの少し、でも確かに。
三日後
掲示板に変わった依頼が貼られていた。
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『街の教会の大掃除
報酬:銅貨二枚』
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セナは三秒考えた。今までで一番安い。
だが手は自然と動き、依頼書を剥がしてカウンターへ持って行く。今日の仕事を決めた。
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教会は街の北側にあった。古い石造りの建物で、壁には蔦が絡みついている。中に入ると、老神官が申し訳なさそうな顔で立っていた。
「すまないねぇ。若い人に頼む仕事じゃないんだが、誰も来てくれなくて」
「構いません」
セナは短く答えた。
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掃除は丸一日かかった。祭壇の埃を払う、石畳を磨く、窓を拭く、蜘蛛の巣を落とす。
剣も魔法も関係ない。
ただ黙々と、体を動かす。
石畳を磨いていると、自分の姿がぼんやり映った。
石に映る自分は傷だらけだった。腕の切り傷や魔物の爪痕。疲れた顔。それでも、不思議とその姿が嫌ではなかった。
昼過ぎに老神官が水を持ってきた。
「君、冒険者かい」
「はい。なりたてです」
「強くなりたいのかい」
セナは少し考えた。
「……強くならなければならないので」
老神官は何も言わなかった。ただ、セナが磨いた石畳を見て、小さく頷いた。
「丁寧な仕事だね」
夕暮れ頃になり、ようやく掃除が終わった。老神官が中を見回り、満足そうに息を吐く。
「ありがとう。本当に助かった」
それから、セナの傷へ目を向けた。
「まだ痛むだろう」
老神官が手をかざす。すると淡い光が、セナの傷を包みこむ。その光はじんわりと温かかった。冷えた体へ、ゆっくり熱が染み込んでくるような感覚。
痛みが引いていく。傷が塞がっていく。セナの視界に、スキルが浮かんだ。
ヒール:回復魔法
今まで見たことのない魔力の流れだった。攻撃魔法とは違う。放つのではない。優しく包み込む、そして支える。その流れが柔らかい。
セナは目を閉じ、その感覚を追った。
「どうかしたかい」
「……少し、覚えさせてもらいました」
老神官が目を瞬かせた。それから、小さく笑う。
「変わった子だねぇ」
帰り道。
路地裏で、セナは試した。
手のひらへ魔力を集める。だが押し出さない。包み込むように流すと薄い光が滲んだ。
腕の打撲へ当てる。そこがじんわりと温かくなった。完全には治らない。でも、痛みが少し和らいだ。打撲や小さな傷くらいなら、なんとかなるかもしれない。
セナはパンを齧りながら、ギルドへの道を歩いた。
夕暮れの風が、少し冷たい。
強くなるのに近道はない。
剣を振る日も、床を磨く日も、同じ一日なんだ…ただ、その積み重ねだけが自分を前へ進ませていた。
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