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劣化コピーの召喚者ー追放から、積み重ねで最強になるー  作者: クロミ
第二章 最底辺からの出発

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3

エルディアの城門は、朝から騒がしかった。


 荷馬車の車輪が石畳を軋ませ、行商人たちの怒鳴り声が飛び交う。門番は眠たそうな顔で通行証を確認し、旅人たちは長い列を作っている。


 パンを焼く匂いがした。それだけで、煌の腹が、情けない音を立てた。


「そういえば、お腹すいた…」


 一晩歩き続けた足は、もう感覚が薄かった。膝も痛む。喉も乾いている。それでも、城門の向こうに広がる街の光景は、荒野よりずっと現実味があった。


 人がいる。生活がある。誰かの日常が、ちゃんとここに存在している。


 セナはその流れに紛れるようにして、街へ入った。


 石造りの建物が並び、木組みの看板が風に揺れている。店先では野菜が並べられ、子どもたちが走り回っていた。


 こんな世界でも、人は普通に生きているのだと、妙に不思議な気持ちになった。


 セナは手の中の革袋を握り直した。アルバン王国から投げ渡された金貨。


 路銀。


 追放の餞別。


 まずは両替して、食べ物を買わなければ――そう考えた瞬間だった。


「うおっ!?」


 背後から、盛大な音がした。次の瞬間、何か勢いよくがぶつかってきた。


「うわっ、あぶなっ――!」


 荷物が崩れる音と同時に、木箱があっちこっちへ転がった。


 セナは反射的に体を捻ったが、避けきれずに巻き込まれた。石畳に膝をつく。乾いた痛みが走った。


「す、すまん! 本当にすまん!」


 慌てた声が頭上から降ってくる。


 見上げると、赤ら顔の中年男が、散らばった荷物を放置したまま駆け寄ってきていた。頭に手ぬぐいを巻き、腹の出た体にエプロンを着けている。どう見ても街の商人だった。


「大丈夫か若いの!? うわ、血出てるじゃねえか!」


 男はしゃがみ込み、セナの膝を覗き込こむ。擦りむいた程度だったが、確かに血が滲んでいた。


「平気です」


「平気じゃない! うち来い、薬塗るから!」


「でも荷物が」


「荷物なんざ後だ!」


 男はそう言うなり、半ば強引にセナの腕を引っ張って歩き始めた。


 断る気力もなく、セナはそのまま連れていかれた。



 男の店は、道具屋だった。


 棚にはロープやナイフ、ランタン、乾燥肉、薬草が雑多に並んでいる。旅人向けの店らしい。


「座れ座れ」


 男は奥から薬瓶を持ってきて、セナの膝に遠慮なく薬を塗り始めた。


 薬草の匂いが鼻をつく。


「俺はダンテ。この店の主人だ」


「……セナです」


「セナ?」


 ダンテが顔を上げた。


「それが名前か?」


「いえ。セナが苗字で、名前はコウです」


「苗字持ちか」


 ダンテの眉がわずかに上がる。


「貴族の坊ちゃんか?」


「違います」


 短く答えた。


 ダンテは一瞬だけセナの顔を見る。汚れた服、疲れきった顔、まともな荷物もない旅人姿。何か事情があることくらい、誰にでもわかる。


 でもダンテは、それ以上聞かなかった。


「まあ、人生いろいろあるわな」


 そう言って、手当を終える。それから棚の奥を漁り、パンを二つ持ってきた。


「ほら。食え」


「……金は払います」


「いいから食え。腹が減ってるって顔してる」


 セナは少し迷ってから、パンを受け取る。それはまだ温かかった。焼きたてなのだろう。


 一口齧る。


 その瞬間、空っぽだった胃が、ようやく自分の存在を思い出したように痛み始めた。


 夢中で食べた。


 ダンテは何も言わず、それを見ていた。



「で、これからどうする?」


 パンを食べ終えた頃、ダンテが聞いた。


 セナは少し考えた。


「わかりません」


 正直な答えだった。


 この世界のことを、何も知らない。金も少ない。身分もない。頼れる相手もいない。


「なら冒険者ギルド行け」


 ダンテは即答した。


「身分証なくても登録できる。腕さえありゃ食っていける世界だ」


「腕があれば、ですか」


「そこは頑張れ」


 ダンテは豪快に笑った。


「案内してやる。どうせ俺がぶつかったんだしな」



 冒険者ギルドは、街の中央広場に面した大きな建物だった。扉を開けた瞬間、空気が変わった。酒と煙草と汗の匂い。朝だというのに、すでに多くの冒険者が席を埋めていた。


 鎧姿の男。


 ローブ姿の女。


 耳の尖ったエルフ。


 筋骨隆々のドワーフ。


 皆それぞれ武器を持ち、依頼書を眺めたり仲間と話したりしている。


 セナが入ってきても、誰も興味を示さなかった。新人など、珍しくもないのだろう。


 受付へ向かう。


 カウンターには、茶髪をきっちりまとめた女性が座っていた。切れ長の目。整った顔立ち。だが愛想はなかった。


「登録をお願いします」


 女性は煌を一瞥した。


「初登録ですね。鑑定石に触れてください」


 淡々とした声だった。


 カウンターに置かれた半透明の石に手を置く。


 石が淡く光った。


 視界に、見慣れた文字が浮かぶ。



瀬名 煌 17歳 男

体力:12 魔力:8 敏捷:11 筋力:10

固有能力:劣化模倣〈E〉

適性:なし



 女性は石を見つめたまま、事務的に告げた。


「ランクF。最低ランクです」


「……はい」


「固有能力は劣化模倣。有用性は低いとされています」


 嘲笑はなかった。


 ただ、事実を読み上げているだけだった。


 それが逆に胸へ刺さった。


「名前を」


「セナ…です」


 先ほどのダンテの反応を思い出し、苗字だけを告げた。受付の女性は書類に記入し、金属製の登録証を差し出した。


「受付のルナです。何かあればどうぞ」


 無表情のままだったが、最後だけ少し声が柔らかかった気がした。


 隣でダンテが小声で囁く。


「あの人、ああ見えて面倒見いいぞ」


「聞こえてます」


 ルナが即座に返し、ダンテが笑う。



 冒険者ギルドで登録を終えたあと、セナは訓練場の場所を教えてもらい、そこへ向かった。


 隅に座り、黙って冒険者たちを観察する。


 火魔法


 風魔法


 剣術


 体術


 セナの目には、それらがスキルとして映っていた。どこに力を集め、どこで解放するのか。どこへ重心を置いているのか。


 見ているうちに、少しずつ輪郭が掴めてくる。セナはそっと右手を開くと、見よう見まねで魔力を流す。


 次の瞬間、小さな火花が散った。豆粒ほどの炎。訓練中の魔法使いの火球とは比べものにならない。


 それでも、確かに出た。


 セナはその小さな火を、しばらく見つめていた。

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