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劣化コピーの召喚者ー追放から、積み重ねで最強になるー  作者: クロミ
第一章 召喚と追放

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2

-数時間前-


 煌が目を覚ましたとき、そこは見知らぬ石造りの広間だった。


 冷たい床に膝をついている。体が重い。意識がまだぼんやりしていて、何が起きたのか理解できない。


 ゆっくり顔を上げた瞬間、息を呑んだ。


 広い。


 異様なほど広い空間だった。


 天井は遥か上にあり、巨大なシャンデリアが無数の蝋燭の光を散らしている。床には複雑な魔法陣が描かれており、煌の周囲で淡い光を放っていた。


 そして正面には、玉座があった。


 緋色のマントをまとった初老の男が、威厳を漂わせて座っている。その両脇には豪奢な衣装の貴族たち。さらに後方には、鎧をまとった騎士たちが槍を手に整列していた。


 全員が、煌を見ていた。


 期待に満ちた目。


 値踏みするような目。


 祈るような目。


 そのすべてが、一斉に自分へ向けられている。


「召喚、成功です」


 白衣の老人が、一歩前に出てそう告げた。


 その言葉を合図に、広間にざわめきが広がる。貴族たちは互いに顔を見合わせ、騎士たちの間から小さな歓声が漏れた。


 玉座の男が立ち上がる。


「異世界より召喚されし勇者よ。我がアルバン王国へようこそ!」


 勇者。


 その言葉だけが、妙にはっきりと耳に残った。


 煌は何も言えなかった。


 死んだはずだった。


 横断歩道で、車に撥ねられた。最後に見たのは白い光と、誰かの叫び声だった。


 なのに今、自分は石の床の上に膝をつき、見知らぬ王に見下ろされている。


 夢だと思うには、床の冷たさがあまりにも現実的だった。


「まずは鑑定を行う」


 白衣の老人が杖を掲げた。


 魔法陣が再び光を強める。淡い光が煌の足元から立ち上り、全身を包み込んだ。


 温かくも、冷たくもない。


 だが、自分の内側を覗き込まれているような、不快な感覚だった。


 次の瞬間、煌の視界に文字が浮かんだ。



瀬名 煌 十七歳 男

体力:12 魔力:8 敏捷:11 筋力:10

固有能力:劣化模倣〈E〉

適性:なし



 煌は、その文字をぼんやりと眺めた。


 意味は、なぜか理解できた。


 そして同時に、その数字がひどく低いものだということもわかった。


 白衣の老人が杖を下ろす。


 その表情が、わずかに曇る。


 老人は手元の羊皮紙に何かを書き込み、国王のそばへ歩み寄り、そして耳元で短く囁いた。


 国王の眉間に、深い皺が刻まれた。


 広間のざわめきが変わった。


 期待のざわめきではない。


 困惑。


 失望。


 そして、嘲り。


「……固有能力は、劣化模倣」


 老人が広間に向けて告げた。


「他者の技能を模倣する能力です。ただし、精度は著しく低い。実用に耐えるものではありません」


 老人は一度言葉を切った。


 その沈黙が、やけに長く感じた。


「加えて、魔法、戦闘、支援、その他すべての適性は確認できませんでした」


 静寂が落ちた。


 次の瞬間。


 誰かが、噴き出した。


 それはすぐに広がった。


 貴族の一人が口元を隠して笑う。騎士の何人かが肩を揺らす。やがて広間の半分が、煌を見て笑っていた。


「劣化模倣だと」


「勇者どころか、見習い兵にもならんではないか」


「召喚に失敗したのでは?」


 声が聞こえる。


 ひそひそとした囁きのはずなのに、妙にはっきりと耳に届いた。


 煌は何も言わなかった。


 怒りが湧かなかった。


 恥ずかしさもなかった。


 ただ、胸の奥がゆっくり冷えていくのを感じていた。


 国王だけは笑っていなかった。


 冷たい目で、煌を見下ろしている。


「役に立たぬ者を、我が国に置く理由はない」


 その一言で、すべてが決まる。


 勇者として召喚されたはずの少年は、その場で不要品になった。


「陛下、しかし……異世界より呼び出した者を、何の処置もなく放り出すのは」


 側近らしき貴族が、形式だけのように口を挟む。


 国王は面倒そうに手を振った。


「ならば、最低限の路銀と通行証を与えよ。あとは知らぬ」


「はっ」


 貴族の一人が、小さな革袋を投げてよこした。


 袋は煌の足元に落ち、金属のぶつかる音を立てた。


 煌はそれを拾った。


 中には、金貨が数枚入っていた。


「せいぜい、野垂れ死にしないようにな」


 誰かが言った。


 また笑い声が起きた。


 次の瞬間、騎士が煌の両腕を掴んだ。


「来い」


 抵抗する気力はなかった。


 煌は引きずられるように広間を出た。長い廊下を歩かされる。壁にかけられた絵画も、磨き上げられた甲冑も、すべてが別世界のものだった。


 誰も、煌を見ようとしなかった。


 先ほどまで勇者と呼ばれていた少年は、もうただの厄介者だった。


 やがて、重い城門の前に着いた。


 門が軋む音を立てて開く。


 その向こうには、夜が広がっていた。


 そこから更に馬車で城壁の外まで連れて来られ、街の灯りを背に目の前には荒野が広がっている。


「出ろ」


 背中を押された。


 煌はよろめきながら、馬車から踏み出した。


 振り返る間もなく、扉が閉まる。


 重く、乾いた音だった。


 それはまるで、この世界から突き放された音のように聞こえた。



 そして今、煌は荒野を歩いている。


 扉が閉まる音は、まだ耳の奥に残っていた。


 虚無だった。


 怒るには、疲れすぎていた。


 泣くには、現実味がなさすぎた。


 怖がるには、心が追いついていなかった。


 ただ、足だけが動いていた。


 どれくらい暗闇の中を歩いたのだろう、遠くの灯りが少しだけ近づいている気がした。


 あそこへ行けば、何かが始まるのかもしれない。


 あるいは、何も始まらないのかもしれない。


 それでも煌は歩いた。


 ふと、また記憶が浮かんだ。


 横断歩道。


 青い信号。


 飛び出した子ども。


 あのとき、自分は考えなかった。正しいかどうかも、得かどうかも、間に合うかどうかさえも。


 ただ、体が動いた。


 その感覚だけが、今も胸の奥に残っていた。


 冷えきった心の中で、そこだけがまだ少し温かかった。


 煌は顔を上げた。


 遠くの灯りを見据える。


 そして、もう一歩踏み出した。


 足は痛かった。


 それでも、止まらなかった。


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