12
翌日の朝、補給路護衛へ向かう前にセナは騎士隊長へ声をかけた。
「昨夜、噴水のところに居た方と話しました」
隊長が振り向く。
「神官たちが、昔と変わったような話でした」
その瞬間だけ。
隊長の顔が曇った。
「……戦争が長引いて、皆疲れている」
それだけ言って、隊長は地図へ視線を戻した。話を切り上げた隊長に、セナはそれ以上聞かなかった。故意に隠している、という感じではない。ただ…口に出さないことがある。そんな空気だった。
補給路の護衛任務は、苛烈だった。細い街道の両側に迫る森。そこから何度も奇襲される。魔物、敵兵、その混成部隊から荷馬車を守りながら戦うのは、冒険者の討伐任務よりずっと難しい。
セナは街道左側を担当した。森から飛び出してくる敵を迎撃しながら、馬車との距離を保ち続ける。足運び、重心、体重移動。何度も何度もコピーした技術が、以前より自然に繋がっていく。火と風を同時に発動する。使い慣れてきた爆発。爆風に木々が揺れ、敵が吹き飛ぶ。
八ヶ月前とは違う。まだ未熟だ。でも体が、少しずつ技術を覚え始めていた。考える前に動ける。それが以前との一番大きな違いだった。
最後の奇襲を退けた頃には、日が傾き始めていた。
そして物資は無事に聖都へ届いた。帰還後、セナは瓦礫撤去中に怪我をした女性へヒールをかけていた。それは年若い女性だった。腕の浅い切り傷を淡い光が傷を包み、痛みが引いていく。
「ありがとうございます」
女性が頭を下げた。
「神官様に頼もうと思ったんですが……今日は儀式の日らしくて」
「儀式?」
「高位神官様方は毎週儀式を行うんです。その日は一般市民には対応できないとか」
女性は少し声を落とした。
「昔は、そんなことなかったんですけどね…戦争のせいなんでしょうか」
セナは黙って聞いていた。
「戦争が始まってから、神官様たち……少し変わった気がして」
女性は慌てて首を振る。
「あっ、変な意味じゃないんです。神官様たちも大変なんです。私が不満を言うべきじゃなくて」
彼女はもう一度頭を下げ、去っていく。セナはその背中を見送った。
聖なる国。だが何かが少し歪んでいるような、その感覚だけが胸に残った。
その夜、セナは再び街を歩いていた。崩れた神殿の前で、足が止まる。地下へ続く階段が露出していた崩落した壁が半分塞いでいるが、ひと1人くらいは通れそうだった。
セナは周囲を確認し、静かに階段を降りた。
地下は暗かった。腰の魔法灯りを点ける。周囲を警戒しながらゆっくり進んでいくと、石造りの部屋がある。中は崩れた棚に散乱した紙片、かつては文書庫だったのだろう。
その奥、壁へ埋め込まれるように、一枚の石板が残っていた。
セナは灯りを近づけた。
『ヴェルディア王国 勇者召喚の記録
第三代神官長 記す』
『大陸暦四三二年、ヴェルディア王国は周辺五カ国の侵略を受け、滅亡の危機に瀕した』
『王の命により、最後の手段として異世界召喚の儀式を執り行った』
『召喚された者の名は残されていない。ただ、若い男であったと伝わる』
『彼は弱かった。しかし諦ぬ強きものだった』
『半年もの間、独力で五カ国の軍勢と戦い続け、ヴェルディアを救った』
⸻
セナの手が止まった。
半年。
独力で。
五カ国。
頭の中に、鉄狼団の日々が浮かぶ。
団長
フィン
仲間たちに自分は支えられてきた。それでも突然放り出されたこの世界で、苦しかった。あの男は、一人だったのか。
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『戦争終結後、王族と主要貴族は密議を開いた』
『勇者の力が強大になりすぎたことを恐れたのである』
『彼らは勇者へ偽りの罪を着せることを決めた』
『国家転覆を企てたという、冤罪を』
『処刑の日、勇者は民衆の前へ引きずり出された』
『救った国が、その国民が彼を殺そうとした』
セナは石板から目を離せなかった。
救った国に殺される
その言葉が頭の中で何度も反響する。
深淵の王。無数の命を奪った存在。世界を壊した魔王。それが元は、こういう人間だったのか。
『処刑は未遂に終わった』
『彼がどう逃げ延びたか、記録には残されていない』
『ただ、その夜。ヴェルディア王国は一夜で滅んだ』
『これは我らの罪の記録である』
『後世の者よ、忘れるな』
地下室は静かだった。セナはしばらく動けなかった。ただ頭の中は忙しなく様々な考えが巡っている。彼の怒りは、正しかったのかもしれない。彼らの都合で召喚され、救った国に裏切られ、冤罪を着せられ、処刑されそうになった。
彼の心が壊れても当然だったのかもしれない。でも、ドワルグで見た兵士たちの顔が浮かぶ。避難民の子どもや焼けた村、行き場を無くした難民たち。あの人たちは関係ない。
答えは出なかった。出るはずもなかった。ただ…深淵の王を「倒せば終わり」とはもう思えなかった。
床に、小さな石片が落ちている。文字の刻まれた欠片。セナはそれを拾い、懐へしまった。
複雑な気持ちを抱えたまま、もと来た道をもどり階段を上がる。外は夜空が広がっていた。星が多い。街の灯りが減ったからだろう、とセナは思った。
冷たい夜風が頬を撫でる。答えのない問いを抱えたまま、セナは静かに宿へ戻っていった。
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