シオンの家まで辿り着いた
「シェルヴィ様のお屋敷大きいですよね」
「普通だろ?」
シオンと共に道を歩きながら他愛もない会話をしていた。
「いや、大きいですよ。私もあんなお屋敷に住んでみたいです」
あまり状態のよくない前髪の間から覗く顔はそれでも綺麗なものだった。
「ちゃんとシャワーは浴びているのか?」
「そんな贅沢なことは出来ませんよ!」
俺が聞くと慌てて手を横に振る彼女。
貴族街とやらは随分貧富の差が激しいらしいな。とは言え、今彼女と歩いてるのは貴族街から離れたスラム街のようなものだが。
「まさかスラムがあるとはな」
「…魔王様が変わってからどんどん酷くなってるんです…持つ人はどんどん持っていって持っていない人はどんどん失うんです」
そうだったのか、思ったより状況は酷いらしいな。
「今の魔王っていったい誰なんだ?俺はあまり詳しくなくてな」
「今はディグデュラム様ですよ」
「…知らない名前だな」
本当は知っているが適当に答えておいた。
ディグデュラム…ただの貴族だったはずの奴が何故魔王に…。分からないことは多いがあのアホに任せているとどうなるか分からない。
「そういえばどうしてこちらへ引っ越してきたんですか?」
「こっちの方でゆっくり暮らそうと思ってな」
2人で歩いていると路地の隙間から覗く鋭い視線を感じる。
「よう、兄ちゃん」
その時だった。
「ちょっと面貸してくれや!」
目の前から歩いてきていた柄の悪そうな2人組に絡まれた。
「邪魔だ。先を急いでいるのでな」
両方を両手で押しのけて進もうとしたら両側から手を取られた。
「そんなこと言わずに遊んでこうぜ?とりあえず持ってるもん出してくれねぇか?」
「離せ」
ちらっと見えたシオンはただ口を抑えて怖がっているように見えた。手早く終わらせるか。
「話聞いてんのか?兄ちゃん?」
「離せ。2度も言わせるな」
魔法を発動させた。強いものじゃない。ただの幻覚を見せる魔法だ。
「あっ…あぁ…」
「た…助けて…」
それで二人とも涙を流して地に腰を付ける。しょせんはこんなものか。
「行くぞシオン。お姉ちゃんが待ってるんだろ?」
「…今…何をしたんですか?」
小走りで近付きながらそう聞いてきた彼女。
「ただのしょうもない魔法だ」
「しょうもないって…あんな魔法初めて見ましたよ。…それにどんな魔法なんですか?」
「しょうもない魔法だ。内容としてはモンスターに自分が襲われるというそういう下らん幻覚を見せる魔法。だからあんなに助けを求めているんだよ」
今頃食われそうな場面かもしれないが俺の知ったことではない。俺の邪魔をしたのだからこの程度の罰は受けて当然だ。
「あの人たちちゃんと…目覚ますのかな?」
「あいつらの心配か?優しいなシオンは。しかし安心しろそのうち目が覚めるだろうよ。それがいつかは分からないが」
そう言って最後に男達を見てからシオンに視線を戻す。
「先に進もう。シオンが心配すべきはあいつらじゃなくてお姉ちゃんだろう?」
そう言葉に出してシオンの案内で更に進むことにした。
後ろで悶えている男2人もそのうち目が覚めるだろう。
そうしてシオンの案内で進み続けたところ視界に二人の男がボロ屋から1人の少女を連れ出そうとしている光景が目に入った。
必死に抵抗しているのか男の手を叩いたりして、それから体が悪いのか咳をしているようだった。
「お、お姉ちゃん…」
遠くからそれを見て小さく呟いた少女。
どうやらあれが姉で間違いないらしい。
「離してください!あの子が…!」
あの子というのはシオンの事だろう。
「うるせぇ!いつまで支払いを待たせるつもりだ!支払えないってんなら、支払える仕事紹介してやるって言ってんだ!」
やはり現在ピンチらしい。
震えるシオンの手を優しく握って進むことにした。
「あぁん?誰だお前」
先に俺に気付いたのは男だった。
ここで下らないやり取りをするつもりは無い。
それにこいつらが仕事でしていることは理解している。
「借金はいくらだ?」
だから俺が聞くべきことも決まっていたのだった。
「なんだ?おめぇ…」
「借りたのはいくらだと聞いている。早く答えろ」
男の目を呆れた目で見る。早く答えて欲しい。
こちらも争うつもりは無いし穏便に済ませたいと考えているところだ。
「だから、誰だおま…」
「いいから答えろ。いくら返せばいい?余計な手間をかけさせるな」
男の両頬を右手の指で挟んで訊ねる。その目は左右に泳いでいた。
自分がこうする側だった奴が、突然こうされると思考が鈍るのだろうか。
「金貨100だ…」
もう一人の男がそう答えるのを聞いて懐に手を入れると皮袋を取り出した。
「俺はそこの女の連れだ。ここにそれだけ入っている。帰れ」
その皮袋を男に押し付けてそう告げる。こいつらは金が回収出来ればそれの出処なんてどこでもいいはずだ。
男達は俺を訝しむような目で見たがそれでも皮袋の中を確認した。
「確かに…確認した」
2人はそうだけ言って逃げるように帰っていく。
「…」
その始終を見ていた女は呆然としたようにその場に座り込んでいた。
シオンと同じくそこまで上質な衣服は身につけていなかった。
「お姉ちゃん!」
シオンはその間に泣きながら姉に飛びついている。
「借金は返した。家に上げてくれ」
その言葉でようやく我に返ったのか俺を見る姉。
「あ、あなたは?」
「シェルヴィ。ただの貴族だ」
「お姉ちゃん…あの人お姉ちゃんの病気見てくれるって」
シオンが嬉しそうにそう話しかけていた。
でも姉の方の表情は芳しいものではなかった。
「無理ですよ…お医者さんも…治らないって…」
「不治の病などというものはない」
そう吐き捨てると姉を抱き抱える。
そう。どんな病気にも治し方というものは存在する。一見治し方がないように見えても何処かにはあるのだ。
少なくとも俺は全ての病気を直せると自負している。
「もう待てない。上がらせてもらうぞ?」
「え、ちょ…」
「黙っていろ。舌を噛むぞ?」
そう告げてシオンにも声をかけて中に入ることにした。
ただでさえここにくるまでにアホとマヌケに絡まれているのだ。
また変なのに絡まれる前に中に入りたかった。
さて、何か有益な話を聞けるといいが。




