明日から貴族の街で暮らす
本格的に新章開始です。楽しんでいただければ嬉しいです。
「花を植えたところで悪いが引っ越すことになった」
家に戻った俺はエル達に全て伝えた。
いろいろあって引っ越すことになったと。
「それなら仕方ないですね。それよりもこの村に悪さしようだなんて…。そんな事を考えている人がいる方が怖いですし」
どうやらエルは理解してくれているらしい。これは捨て置けないということを。これを見逃せばより甚大な被害が出ることを。
「家は既に買ってある。明日には移るからそのつもりで準備しておいてくれ」
適当な家をハリバンを通して購入した。鍵も既に魔法で転送されたので後は向かうだけだ。
「悪い人倒しに行くの?」
「あぁ。悪いやつを懲らしめに行く」
リルの質問にそう答える。
下手をすればこの王国すら不利益を被るほどの事をやらかしたのだ。無視してはおけない。
「シェルは正義のヒーローってこと?」
まさか正義のヒーローと聞かれる日が来るとは思わなかったが。悪くは無い。
「そうだ。俺は悪いやつを懲らしめる英雄という訳だ」
そう答えるとエルに視線を移した。
「エルそのつもりでよろしくな」
「分かりました」
リルはまだ理解できないかもしれないのでエルにその辺についても頼んでおく。
アニーとリアに関しては今ユリ達に話をさせに行っている。
後はノイとアグニエルか。
この2人には俺が話をするということになっているので2人がいそうなところへ向かった。
「こういうのはどうだろう?」
「こういう方がいいかもしれません」
2人はアクセサリーショップで何やら見ているようだった。
それにしてもアグニエルもアグニエルで人間であるユリと仲良くしてくれてるのは助かるな。
彼女が率先して仲良くしてくれると他の村人も奇異の目で見ることも少なくなった。
「何をしてるんだ?」
「あ、シェル」
アグニエルは何か手にしていたと思うが直ぐに手を後ろにやってしまった。
「今アグニエルの髪飾り見てたんですよ」
しかしノイが直ぐにそう白状した。
「ノ、ノイ…言わないでくれ…」
顔を赤くして俯いてしまうアグニエルだった。
「あれ、ダメでしたか?」
逆にその反応を見て申し訳なさそうな顔をするノイ。
「へー、アグニエルが髪飾り…ね。そういうものにも興味があるんだな」
いつも毅然とした態度を貫いている彼女だからこそ、そんな普通の少女のような趣味を持っているのは少し意外だったな。
「可愛いところあるんだな」
「シェルまで…」
顔をこれでもかというくらいに赤くするアグニエル。
「で、どんなものが気に入ったんだ?」
「…これ…」
暫く黙ったと思えば口を開いて後ろにやっていた手を前に出して俺にそれを見せてきた。
「犬…?」
それは犬がこちらを見ている可愛い髪留めだった。
「いいじゃないか。お前のその真面目な顔もそれがあれば和らぐ」
俺は素直にいい髪留めだと思った。
本人のきつさというより性格を柔らかく見せるという意味ではこれ以上ない髪留めだと思うが。
「そうだろうか…」
「お前には似合うよ」
そう言ってそれを奪い取るとカウンターに持って行って買ってやると黙って渡す。
「シェル…いいのか?」
「高いものじゃないしお前の可愛い一面が見れて俺は満足だ」
そう言うと髪留めを大事そうにぎゅっと抱え込んでその場で俯いてしまった。
「良かったですね」
それを見てそう言うノイ。
おっと、こんなことをしていて本題を忘れるところだったな。
今までの経緯を掻い摘んで説明する。
「という訳だ。2人とも。いいか?」
「いいも何も私はシェルに何処までもついて行くって決めた…」
「私もですよ。今更聞くことじゃないですよ」
そう言って微笑む2人。
話はまとまったな。
これで誰一人反対するやつはいなかったことになる。
「明日出発する。準備しておいてくれ。暫く帰れないから何か買い残したものがあるなら買っておけ」
頷く二人を見て俺もその場を後にする。
この村でする最後の食事。
まぁいつも通り酒場へと来ていた。
今日ばかりはハリバンも料理する手を止め俺たちのテーブルに座っていた。
もっともユリ達の横に座らせるのは癪だったので1番左の席でその隣には俺が座っている。
「シェル様。何かありましたら私たちにもお申し付けください。私を通してギルドへ要望を通すことも出来ますので」
「そうだな。お前は信用に値すると俺は考えている。何か必要になれば頼んでもいいだろう」
現地でも協力者を探すつもりだがこいつは俺が最底辺だった時代からの協力者だ。それなりに信用はしている。
「シェル様にそう言って頂けると大変嬉しく思います」
こいつは本気でそう思っているのだろう。瞳を閉じて俺に敬意を表していた。
それにしても俺が史上最強だったことを明かしてからのこいつの対応は変わったな。
中々笑えるレベルで変わった。
「シェル様、先ずはどう動くおつもりなのですか?」
「あぁ。先ずは貴族の情勢についてそれとなく調査するつもりだ。誰と誰がいがみ合っていて誰と誰が何を目的に動いているか…などだ」
俺が一帯に魔力を流せば誰が犯人なのかすぐ分かるだろうが、それではつまらないのでいざという時までやらないでおくことにする。
「何事も基本は大事ですからね。最善だと私も思います」
「お前の方でも何か情報があるなら教えてくれ。家はわかるな?手紙でもなんでも構わない」
「はい。何か分かりましたらこちらからもお伝え致します」
「よろしく頼む」
そう言って今度はユリ達に視線を戻した。
みんな楽しそうに食事を楽しんでいた。
今日はユリの母親も連れてきていた。いつもは断られていたのだが暫く会えなくなるということで今日は来てくれた。
本当は連れていきたかったがこの村で過ごしたいと言ったので別々にこれからの日々を過ごすことになった。
「これまで世話になったな」
「いえ、お世話になったのは私たちですよ」
そう言ってクスッと微笑む。
「そう言えば名前を聞くのを忘れていたな」
「私の名前ですか?私はアーシャ、そういう名前ですよ」
アーシャと名前を教えてくれた母親。いつも名前を呼ばずに会話していたので困ったことは無かったがこのまま知らないというのは失礼かと思ったので訊ねておいた。
「アーシャか、いい名前だな」
「そう言って下さると嬉しいです」
ユリやミーナに似た微笑みを浮かべるアーシャ。
しかし急に真面目な顔を作って俺を見てくる。
「ユリとミーナをお願いしますね」
「あぁ。任せてくれ。そっちこそ頑張ってくれよ」
そうしてこの村でしばらく出来ない食事は終わりへと向かって行った。
実に楽しい時間だ。




