俺に負けることは許されない。それだけは絶対に不可能なこと
「これ、どうですか?」
「ん、あぁ。似合うんじゃないか」
「それなら嬉しいです」
俺を覗き込んでくるリア。
その髪には髪留めを付けていた。
結局リアも俺との外出を望んだ。
「今日はテンション下がり気味ですか?」
「ん?どうして?」
「いつもと様子が違うような気がして…」
「あんな話し方の方がいいか?偉そうだと言われてな。もう少し何とかしようと考えていたところだ。俺もさっさと魔王になりたいという訳でもないし。目をつけれないためにも高圧的な態度は避けるべきだと考えた」
これといった理由がある訳じゃない。
ただそれだけだ。
「なるほど。それがいいと思います」
「そうか?」
「そちらの方が私は話しやすくていいと思います」
今までの自分を否定されるようで複雑な気持ちでもあったが
「お前がそう思うならそうしようか。とは言え長年の口調は中々変わらないかもしれないが」
前もこんなことを言ってつい偉そうな態度になっていた。
「安心してくださいシェル様の横には私がいますので」
「それは安心していいのか?」
「私が僭越ながら偉そうな態度だと感じれば伝えるので」
「それは有難いな。それでここでの生活は慣れたか」
「皆さんよくしてくれていますし…何より貴方が優しいのでとても居心地がいいです。でも…今までの生活もあったのでそれが逆に少しむず痒いです」
「俺が…優しい…ね。全く天下の魔王がそんなことを言われるとはな」
今まで多くの存在を手にかけてきた。
そんな俺が優しいと言われるなど考えたこともなかった。
立ち上がって魔王城を見つめる。遥か彼方。それでも俺の過ごした古き良きあの城は確かに存在している。
「俺の手は血に染まっている。それでも…この手を取るのか?」
「手を取れと言わないんですね」
俺を見て意外そうな顔をするリア。
「強制はしない。無理に得た好意ほど無意味なものもないだろう」
「というよりそれ私に聞く意味ありますか?貴方は私の命の恩人。取るに決まってるじゃないですか」
そう言って微笑むと俺の伸ばした手を取るリア。
そんな彼女を立たせた。
「シェル様の道が例え茨の道だったとしても私はお供しますよ」
「…そうか。ありがとな」
そう言ってリアの頭を撫でる。
「くすぐったいですよ」
俺と出会ってから…あの夜からこいつはよく笑うようになった。
「いつもはこうやって手をあげられると叩かれてばかりでした。それが普通になって何も思わなかったのですが…それでもこうして撫でられると気持ちがいいものですね」
「リアが望むならいつでも撫でてやるさ」
「私が…望むなら…」
「あぁ。お前が望むなら。何度だってこの手で撫でてやる」
そう言って撫でる。
「魔王様って…もっと冷酷な人かと思っていたんですけど違うんですね」
「怒りは長続きしない」
視線を逸らしてそう口にした。
「初めこそ俺だって殺戮を楽しんでいた。だが結局今の俺にしてみればどれもが有象無象のゴミだった。そんなゴミを掃除している間に俺は気付いたんだよ。これに意味はあるのか。抵抗も何もしないゴミを履き続けたところで俺の心は満たされるか。答えは否」
言葉を続ける。
「そう思ってからは無意味な殺戮は辞めた。俺は人間が立ち上がるのを待った。人間が立ちあがり俺に剣を向けるその日を待った。いつか俺を楽しませてくれる勇者が現れるのをな」
いつしか俺が魔王として君臨し続ける目的はそれに変わった。
「俺は常に独りだった。頂点には俺の他に何かがあることはなかった。俺は誰にも理解されない、誰も俺を理解しようとしない。誰もが俺に並ぶことなんて出来なかった。だからこそ俺は好敵手を待ち続けた。しかしそれが現れることは無かった」
リアの目を見つめる。
「でもお前達がいてくれるなら俺はそれを待たずともいい。俺の隣にお前達がいてくれるなら」
「寂しがり屋さんなんですね」
「俺だって魔人の1人に過ぎないのだから」
苦笑する。当然だ。
「だから一緒にいて欲しい」
「答えはさっき言いましたよね」
そう言って俺の胸に飛び込んできた。
「…随分慣れたな」
「シェル様のカリスマなんでしょうか?それがそうさせるのかもしれません」
そう言って顔を押し付けてくる。
「なるほどな。ならば俺は自分のカリスマに感謝せねばな」
空を見上げて笑った。
「…」
「…」
ノイと黙って肩を並べて歩く。
「やっぱり人間がいると目立ってしまいますね」
「そのうち奴らも気にしなくなるさ」
「そうなんでしょうか?」
「そんなものだ」
「何の確証もないのに貴方の言葉は信じられる気がします。不思議と…信じたくなるようなそんな力がある気がします」
「元魔王のカリスマ、というやつかもしれないな」
小さく笑う。今は魔王じゃないのが情けない話だ。
「でも今は普通の魔人だからこそこうやって過ごせてるとも考えられるな。そう考えればこうして1度追放されたのは悪いことではないのかもしれないな」
「その結果魔王という肩書きを失うことになったとしてもですか?」
「そうだな。今の魔王が情けないのも確かだが、まだ俺が手を出す段階ではないな」
「もう一度魔王になるつもりなのですか?」
「そうだな。お前達を連れてもう一度俺はあの座に戻ろうと思っているが。急ぐことでもない」
「私達も連れて行って下さるのですか?」
「当たり前だろう。何俺から逃げようとしているのだ」
「逃げるって…そういう意味じゃなくて…私たちを連れて行っても大丈夫なのかなと思って」
不安そうな顔をするノイ。
「俺がルー…魔王がルールだ。俺が魔王になってさえしまえばお前達がいることなど些細なことだし周りも何も言わなくなる」
「魔王ってそんなに権力があるんですね」
口に手を当てて驚きを表すノイ。
「魔の王だからな。魔族の頂点に立つということはそういうことだった。だから目指すやつがたまにいたが俺に勝てるわけもない。だから俺は魔王として君臨し続けた」
フッと口を歪める。
「シェルってもしかして…」
「あぁ。俺の本当の名前はクシナ・アインドール。しかしその名はここからしばらくは捨てる。シェルと呼んでくれ」
「シェルが…あの伝説の…」
その顔に恐れはなかった。
「俺を恐れないとはな」
その顔を見て苦笑してしまった。
「前までは確かに怖かったですけど…今は納得の方が強いです。シェルの強さに納得ができたので」
「にしてもクシナ、でそれがどの程度の強さか理解出来るとは流石は人間と言った方がいいのか?」
「はい。史上最強…倒すことなど不可能…あれがいる限り世界に平和は訪れないとか…その強さは計り知れず、人間は生かされているだけだと言われているほどでした」
「確かに俺は人を生かしていた」
「そんな人が目の前にいたなんて…」
「感激か?」
「勿論です。でも…意外と普通なんですね」
「どんな見た目を想像していたんだ?」
「もっと、こうガッシリして骨で体が出来ている…みたいなのですかね?」
「そんな格好をしたことは無い。俺は常にこれだ」
「その髪の長さもずっと変わっていないんですか?」
「いやたまに変わるが、基本はこれだな」
伸ばしたまま何も手をつけず下ろしているだけ。
「そのせいか。昔は魔族によく絡まれていたな」
「とても魔王には見えませんからねぇ」
「そういうギャップがいいのだろう?」
「確かにいいかもしれません」
「そうだろう」
くくくと笑いが漏れる。
「一見普通の弱そうな男が世界最強の魔王というのは来るものがあるのじゃないか?」
「弱そうに見えるという自覚はあるんですね」
「自分でも強そうな見た目をしているとは思わないからな。事実弱そうな見た目をしているから絡まれるのだろう。この村にしたってそうだ。俺を全属性のハズレと馬鹿にしているのは俺が史上最強の元魔王だとあいつらが毛ほども思っていないからだろう」
「確かにシェルを見て魔王だと思う人はいないかも」
ノイまでがクスッと笑うレベルらしい。
「でも私は信じてますから」
「そうか。ありがとな。それより足の方は大丈夫か?」
昨日の怪我について質問しておく。
「あの時から痛くないですよ。シェルの魔法すごいですね」
ジトッとした目で見てくる。
「神様は酷いですね。何でも出来る人に全部与えますし」
「俺だってなんでも出来る訳じゃない」
「出来ないことがあるんですか?」
「━━━━俺は刃を交えた時絶対に負けられないんだよ」
ノイの顔を見て真っ直ぐ告げる。
「負けられない?いい事なんじゃ?」
「負ければ悔しいと感じることが出来る。次は勝つぞとそう思える。でも俺はそれを感じられない」
「でも昨日負けてましたよね?」
「そうだが…俺は命のやり取りじゃないとそこまで悔しくはならない」
いつだってそうだ。命をかけてこの刃を振るうからこそ白熱したものになる。
しかし俺はかける命がない。
「そればかりは残念だよ。俺には出来ないものだ。俺の欠陥だ」
「贅沢な悩みですよね」
プクッと頬を膨らませている。
「みんな死を恐れているのにそれを恐れなくていいのは羨ましと思います」
「俺にはそれが羨ましく思えるよ」
短く笑う。
「でもそうやって憧れるものがあるというのはいい事だと思います。足りないものがある。それこそが生き物じゃないですか?今ので私はシェルを近しい存在だと思えました」
「物は言いようというやつだな」
ノイの頭を撫でる。
「今日はありがとうな」
「こちらこそですよ」
微笑む彼女。俺も小さく笑った。
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