ご主人様という響きはいいな
「もう少し寝かせろ…」
「そういう訳にはいかない」
毛布を剥がれた。
「あぁ、お前!」
剥がれたそれを奪還しようとするが意味の無いことだった。
「そろそろ起きて欲しい。もう朝だ」
そこには呆れた顔をするアニーの姿。
「貴方を甘やかさないようにとエル達に言われているのでな」
腰に手を当て俺の母親のようなことを言う目の前の女。
「お前は俺の母親か?いいから寝かせろ」
眠いのだ。
毛布はないがもう一度ベッドに横になる。
今度はアニーに背を向けるように横になった。
「…ほわっ…」
変な声が出た。
そのまま転げ落ちる俺の体。
「ふ、ふ、ふ、ふ、不敬な…」
「おはようございます。お目覚めは如何でしょうか」
表情を一切崩すことなく言い放ったリア。
何故俺の横に、当たり前のように居る…。
「シェル?一体何をしていたの?」
アニーが手に持つ毛布を力強く握りながらそう問いかけてきた。顔は笑っているようで笑っていない。
「俺は知らん…俺は知らん…断じて知らんぞ!」
「まさかもう手を出したの?」
「出していない。物言わぬ人形をどうのこうのしたところでつまらん。俺が奪い尽くしたいのはきちんと抵抗する奴であり何もしない奴から奪ってもつまらない」
「ド畜生じゃない」
「当たり前だ俺は捨て魔王だからな」
そんな事はどうでもいい。
「お前はどうして俺のベッドに潜り込んでいる。不敬だぞ。まさかお前…俺から全てを奪おうと…」
「それはないでしょ」
「いや俺のこの清く正しい心を奪いに来たのかもしれない。俺のハートはやらんぞ!」
「何か勘違いしておられるようですが私をここに連れ込んだのはご主人様ですよ」
「…何すんだよ!」
どうやらアニーに叩かれたらしい。
「夜はあちこち触られました。殴られるよりはマシなので何とも思いませんでしたがそれでもくすぐったかったです」
「何してるんだあなたは」
「そんな目で見るな。誤解だ」
「何が誤解なのか弁明してくれる?」
「…俺には記憶が無い。なのででっち上げだ」
「そんなに重大そうな顔されても…」
「いいから信じてくれ」
リアの方を見る。
「お前からも言ってやってくれ。何もしていないと何も起きていないと」
「そうですね。体を触られた以外は何もされていません。私を抱き枕と勘違いされているようでした。それか私の事を姉と勘違いしているのか姉さんという寝言が聞こえたくらいです」
「このシスコン!」
アニーに怒鳴られるが知らない。
「お前も掻き回すようなことを言うな!」
「それは大変申し訳ありません」
謝ってこそいるがただ謝っているだけだ。
「アニー。黙ってろ」
まだどうのこうのと話しているアニーの口に手をやり黙らせる。
「おい、リア付いてこい」
魔法で適当な服を着させた。
そんな彼女の手を取り外に向かう。
「命令だ。普通に生きろ」
「…?」
よく分からない顔をして俺を見るリア。
「俺に従わなくていい。自由に生きろとそう言った」
「…私は貴方のものです」
「俺のものなんかじゃない。お前の人生はお前だけのものだろう。誰かにいいように使われて終わるな」
「…でも…」
「生き方が分からないのは理解出来る。俺もここからいきなりお前を突き放したりはしないがお前はお前だ。改めて言っておく。嫌になったなら俺の元から逃げ出していい。むしろ逃げ出せ。抗え。それでこそお前だ」
俺の目を見させてそう聞かせる。
「俺の物ならばその程度こなしてみせろ」
「…はい」
だが離れようとしない。どうすればいいのか分からないだろう。しかし今はそれでいい。
「ほら」
その辺にあった露店で適当に果物を買ってそれを渡す。
「これは?」
「食べてみろ」
「いいのですか?」
「いいに決まってる」
この様子を見るとろくな物を食べてこなかったのだろうな。
「…美味しい…」
そう言って俺に食べかけのそれを返してくる。
「ごちそうさまでした」
「全部食え」
それを突き返すと戸惑うリア。
「命令だ」
「はい」
気のせいかもしれないがその顔が少し綻んだ気がした。
「…貴方は不思議な人です」
「ん?」
「こんな奴隷にこんなもの食べさせても意味なんてないのに」
それは初めてリアが見せた感情らしいものだった。
「意味無いなんてのはお前の思い込みだ」
リアの顔を見る。
彼女もこちらを見ていた。
「俺はお前を真っ当な魔人にしようしている。そうして理解不能だって自分の思ったことを言ってくれるようになった。それだけで俺にとっては意味がある」
「どうして…私なんかのためにそんなことしてくれるんですか?」
「お前だから、って理由じゃダメか?」
「私だから…」
その言葉を聞いてその頬に朱が差した。
「俺は何かの上に何かを作るようなことはしたくない。ならばチャンスは平等に与えるべきだ。そのチャンスが今お前に巡ってきた。それだけ。これをどう使うかはお前の自由ってわけでもある。このまま奴隷として生き続けるのか真っ当な魔人になるか…お前の未来はまだ終わっちゃいない。そういう事だ」
「私の未来は…終わってない…?」
「あぁ。終わっていない。終わらせない。俺はお前の未来をいい方向に傾くように善処してやる」
何せ俺は魔王だ。世界最強と謳われた魔王。不可能なことは無い。
「俺に任せておけ。お前の未来を変えてやる」
不敵に笑う。
「…ご主人様は不思議な人です…ご主人様といると何だか…胸が変になってしまいます」
「それでこそ正常だ。安心しろ」
「これで正常なのですか?」
顔が赤くなっていた。
1度気持ちというものを知ってしまえば後は簡単なのだったのかもしれない。
「あぁ。それでこそ正常だ。お前はおかしくなんてないんだよ」
「…私は…おかしくない…」
「そうだ」
その肩を抱き寄せる。
「ひゃっ…」
「可愛い声出せるんだな」
「…可愛いんですか…?こんな私が…」
どうにか俺から離れようとしているらしいがそれは出来ないみたいだ。
別に力を入れている訳では無い。それでも離れられないのは…こいつがそれを真に望んでいる訳では無いから。
「もっと…その声を聞かせてくれ。お前に与える新たな命令だ」
「離してください…胸が…ドキドキして…変なんです…」
「離れたいなら離れればいいだろう?俺は力を入れていない」
手始めに俺がその華奢な肩から手を離した。
「あ…」
名残惜しそうに俺を見る少女。
「お前が望んでいたのだろう?」
「…そうなのかもしれません。…もう少しご主人様を感じさせてくれませんか?」
「シェルと呼べ。そうすればもう一度触れてやる」
「シェル様…」
俺を見上げて口を開くリア。
「可愛いやつだな」
褒美にもう一度抱き寄せる。
「私以外にも…こういうことしてるんですか?」
「俺はそんな尻軽な男ではない」
「嘘ばっかり!」
背後から俺の頭を襲う衝撃。
そしてこの声は…
「ユリ…何でここに」
「アニーから聞いたの。出て行ったって」
フライパンをその手に持って俺を見ている彼女。
あれで殴られたのか。
「何が尻軽な男じゃないよ。この女たらし」
「何を言う。俺はこうやって詰め寄ったのはこいつが初めてだ」
「屁理屈ばっかり」
唇をとがらせるユリ。
「屁理屈ではない」
砂を払いながら立ち上がる。
「現に俺はお前には別のアプローチをしたはずだ。というよりド直球に嫁になれと伝えたはずだ。それの何が不満なのだ」
「それは…」
顔を赤くして言い返せなくなるユリ。
「素直にごめんなさいと言え。俺は寛大だぞ。最強だぞ」
ふっと息を吐きながら瞳を閉じた。気にしていない。
「何か癪に障るから謝らない」
「何故だ」
「何でもよ。でも…」
ユリが優しく笑った。
「その子表情変わったね」
「俺の手にかかればこの程度朝飯前だ。どんな堅い女でも一瞬で柔らかくなる」
「やっぱ女の敵ね貴方」
「何故だ。俺は責任もって嫁にすると言っているだろう。その辺の雑魚と比べるな。俺はお前達全員を愛して尚尽きぬ愛の量をだな…」
「はいはい。分かったから」
適当に受け流される俺。
「しょせん浮気などというのは複数を愛せぬ雑魚の辿り着く先よ。全員を最大出力で壊すほど愛さずどうするというのだ」
しかし演説は続ける。
この光景が続く限りは続けてやろう。
今日はこれで終わりです




