アパートの決まりごと
私の住んでいるアパートには誰しもが入居する時に1階の奥の部屋に住んでいる大家さんから言われる決まり事がある。
「深夜0時から3時の間、絶対にエレベーターに乗ってはいけない」
至極単純で明快なルール。
私はその時間になると機械がメンテナンスに入り動かないのだろう、故障だと騒がれないように大家さんが予防線を張ったのだろう、なんて理解していた。
実際、私は3階に住んでいてエレベーターに乗るより自分で階段を上がったほうが早いので使うことなんてまずなかった。
とある日、職場の同僚が実家から大量に送られてきたと言って私に段ボールに詰められた林檎をお裾分けしてくれた。
好物の林檎に浮足立った私だが段ボールに詰められたそれの重さに駅からタクシーを使いアパートに帰ることを決めていた。
その日は忙しく、なんとか終電に乗れたもののアパートにたどり着いたのは0時33分だった。
頭の中では仕事で扱ったデータの文字や数字で埋め尽くされており、両手にはずっしりと重たい段ボール。
迷わず煌々と光るエレベーターのスイッチを押し、乗り込んで3階のボタンを押す。
何事もなく稼働するエレベーター。
文字と数字を押しのけ、決まり事、が脳内に割り込む。
あっ、と思いながらもエレベーターは3階に到着しドアが開く。
なんだ、なにもないじゃないか。過去に深夜のエレベーター稼働音がうるさいと苦情でもあったのだろうか。
はやく家に入りたいと足早にエレベーターを降りて気づいた。
目の前は真っ暗。廊下を照らす灯りも家々の灯りも月明りも何もない本当の暗闇。
「決まり事、破ったから。」
男か女か分からない不気味な声が耳元で囁かれ私は暗闇に飲み込まれた。
「…続いてのニュースです。◯県×市で女性が失踪する事件がありました。失踪したのは25歳会社員の△さん。交友関係等でトラブルもなかったことから警察は△さんが事件に巻き込まれた可能性を視野に捜索しています。」
私はあれからずっとここにいる。
真っ暗闇の中にいる。
もう自分が誰かも忘れた、男か女かも、人間だったかも。
はやく誰か来ないかな。
決まり事、破らないかな。




