歌ってはいけない歌
合唱コンクールの時期になると思い出すことがある。
「歌ってはいけない歌」の話だ。
学校の七不思議にも数えられてるその歌の楽譜は音楽準備室に似合わない金庫の中に保管されてる楽譜らしい。
合唱コンクールの歌決めをしていた時、Aが音楽準備室からボロボロの楽譜を持ち出してやってきた。
Aはピアノが弾け、楽譜も読めるのですぐにこの曲の良さに気づいたそうだ。
どこからこんなオンボロ楽譜を拾って来たのかと尋ねると、音楽準備室の金庫が空いていたらしい。
Aと入れ違いで音楽の先生が慌ただしく出ていったから締め忘れたのだろう。
Aはいそいそと楽譜をコピーしてみんなに配り、金庫に戻したそう。
そして練習、はじめて聴くその歌は心地よくピアノの伴奏も心に染み渡った。
伴奏者のAの指導にも熱が入り、クラス全員が一致団結する。
いま思えばこの時から異様な熱に包まれていた。
合唱コンクール当日はもちろん優勝した。
ただ、音楽の先生は青ざめていた。
県大会の選抜にも選ばれそこでも優勝した。
最高の思い出になった。なるはずだった。
最初に亡くなったのは学級委員の玉木さんだった。
通学途中、信号無視のトラックに撥ねられ即死。
遺体は見るも無惨な姿だったそう。
次に亡くなったのは成績優秀スポーツ万能な伊藤くん。
インフルエンザが悪化しインフルエンザ脳症にまでなりこの世を去った。
そうしてどんどんクラスメイトが亡くなっていき、最後に残ったのはAと私だった。
そしてAと私が一番不幸だった。
私は知っていた。
「歌ってはいけない歌」のこと。
あの日、Aが音楽準備室に入る前に音楽の先生の鍵束から金庫の鍵を取って金庫を空けたのは私。
興味本位、ただそれだけ。
Aが入ってきたのは以外だったけどそれで良かった。
ただ、いまは後悔している。
私は進行性の難病に冒され、呼吸さえ自力でできない。
Aは一家全焼の家事の中、一人だけ生き残ったが皮膚は焼けただれ、手も足も切断したらしい。
本当の不幸は様々な人の不幸を見せられた後、自分だけ生き長らえることだと知った。
今日も呼吸器の稼働音に混じり、耳元で聴こえる。
亡くなったクラスメイトたちがあの歌を歌っている声が。
「歌ってはいけない歌」。
これはそれを歌ってしまった罰。
誰がなんのために作ったか分からないその呪われた曲は今もあの学校の金庫に眠っているのだ。




