天然酵母と香辛料
異世界モノ作品の定番、ふわふわパンに大事なのは間違いなく酵母だ。
生イーストもドライイーストもないのだから自家製天然酵母を作るしかない。
有名なのはレーズン、りんご、ヨーグルトで作るのが定番だと思うけれど、ヨーグルトは自信が無い。
レーズンかりんごとなると、やはりりんごが一番楽。レーズンがそもそも加工品だから、そのまま使えるりんごがベスト。
ちなみに今から天然酵母を作るけど、実はチャレンジ三度目。
一度目はなんとなくの知識でラップを使うことはわかってたけど、密閉だと思ってたのよ。違ったんだね。容器が壊れたんだ。
二度目は腐敗した。発酵と腐敗は違うんだよ。
前世で見たことがある程度だから、私も詳しいわけではない。鑑定があるんだから今回こそは必ず成功させるよ。
「まずは、りんごを切って……」
よく洗った瓶に皮ごと薄く切ったりんごを入れる。 そこへ魔法で出した水と少量の砂糖を加えて、木べらで軽く混ぜた。
砂糖ってやっぱり高いんだね。前世なら機械が大量生産するから安かったけど、こちらだと手動だしそりゃ大変だよね。
この砂糖は親衛隊の人が貢いでくれたものだ。メルルーナちゃん、彼らのアイドルなのかな?
次に清潔な薄布を瓶の口に被せ、その上から細い紐でしっかりと縛った。
これなら虫や埃が入るのを防げるし、発酵で生まれたガスも少しずつ抜けていく。
一度目はここで失敗した。ラップを使うのは密閉させると思ってたけど、発酵ガスが発生してるんだから密閉させたらダメだったんだよ。反省したよね。
さらに念のため、瓶の周囲に小さな魔法陣を描いた。この瓶は煮沸消毒したよね。浄化でも大丈夫だと分かってても、瓶は煮沸消毒のイメージが抜けない。
「清潔に。中には余計なものを入れないように」
魔法で瓶の中と周囲を清浄にする。これなら雑菌に負ける可能性も減るはず。二度目の腐敗リターンは必ず避ける。
「よし、あとは待つだけ!」
瓶を日の当たらない暖かな場所に置く。
天然酵母は生き物だからすぐに結果が出るわけではない。毎日様子を確認して、必要なら瓶を軽く振る。うーん、この育ててるって感じ、最高。
最初はただの水とりんごだったものが、少しずつ変化していくのが見えるから高いけどガラス瓶を手に入れてよかった。
りんごの甘い香りが強くなり、やがて瓶の中に小さな泡が浮かび始めた。
「おお……!」
瓶を傾けると、ぷつぷつと泡が上がってくる。甘酸っぱいりんごの香り。二度目の腐った匂いとは違うよ。
これは……成功してるんじゃない? 私は鑑定を使って確認する。はー、ドキドキするー!
「……酵母、ちゃんと増えてる!」
鑑定にはちゃんと酵母の文字が出てる。思わず拳を握った。よしよし。これで、ふわふわパンへの第一歩だ!
宮殿の厨房は二つあって、一つが料理人が私とお母様のためのご飯を作ってくれる。
もう一つが私の実験場。個人用だから広くはないけれど、使い勝手が良いようにいじったよね。
この調理場の扉には厳重な鍵をつけているし、結界も張っているから中を覗くことはできない。
確かに文明発展を目指しているけれど、プロじゃなかったから沢山失敗すると思うのね。そんな失敗作が世に流れるのはよくないと思うの。
あと、魔法に興奮した私は魔道具作りにも手を出したのね、これは魔道具師にも協力してもらったけど。
調理用魔道具を沢山作り出してもらったの。
一番は壁一面に備え付けた冷蔵庫と冷凍庫。収納魔法っていうのは高難度だから収納袋が一般的だけど、冷凍や冷蔵って大事だと思うのね、
定番アイスクリーム作るなら冷凍庫は必須でしょ。
私が目指すのは、私だけが作れるのではなくて皆が作れる。そして万人が使える調理用魔道具を作ることだと思うの。
収納袋はとても高い。でも、冷蔵庫や冷凍庫は素材や大きさで値段を下げられて一般家庭にも導入できるようになると思うの。
ただの酒樽を弄って冷蔵庫にだって出来ると思うんだよね。
そうそう、空いた酒樽をもらってコンポストを作ってみたの。生ゴミを肥料にするあれ。厨房には勝手口みたいな外に出る扉があって、そのすぐ外に置いてる。これも完成したら庭の一部を畑にしてもらってるからそこに撒くんだ。
「姫様。注文した品が届いたそうです」
在室中は扉の鍵は掛けていないけれど結界は張っている。そこを通れるのは限られていて、今声を掛けてきたのは私の侍女のユナだね。
ユナのお母さんが私のお母様の侍女をしていて、親子で仕えてくれている。
二十歳のユナは本当なら結婚しててもおかしくないけど、今の情勢は不安定なのと、私のそばに居る方が安全だからと結婚は後回しにしている。
私にとっては異母姉のアンジェラより余程信頼出来る姉のような人よ。
濃紺の踝まであるワンピースのウエストには細いベルトを巻いている。首元はふんわりと大きなリボンが可愛いけれど、これ、誰かが負傷した時の包帯代わりに使ったりするんだよね。実用的だね。
落ち着いた濃い緑の髪の毛をシニヨンでまとめてクールで出来る侍女感が凄い。さすが異世界、髪色も豊富なんだよね。
私はお母様と同じ淡い水色でさらさらのストレート。目の色は王族の紫色でのこれはお母様とは違う。お母様はピンクの目の色なの。可愛いよね。
お母様の実家は侯爵家で元々側室になるのは決まっていたから無理矢理された結果の子供ではないってことに安心してる。
くそったれな父親だけど、顔だけは良かったらしい。そうじゃなければ庶子が大量にいるわけないよね。
で、王にもなれる魔力量を持つ私を産んだお母様は、特例として後宮ではなく私と一緒にこの宮殿で暮らしている。
後宮はとんでもない場所だよ。王妃様は王妃宮があるからいいけど、側室も愛妾も全員後宮に入っている。
王が亡くなったから希望者は出ていけるのだけど、帰る場所がない人は特例としては残ることが認められた。
まあ、女が集まれば陰湿ないじめとか起きるよね。
そんな場所にお母様を置いておけるわけがない! お母様大好きだもの。
私の宮殿は騎士の他に親衛隊の人達が監視しているから、命を狙われることはない。まあ、その前に悪い心を持つ人が入れないような結界を張っているから問題は無いけどね。
たまーに下心がすごい人も弾いてるから有能だなぁ。
ユナと荷物の受け取り場に向かうけど、もう一人いる。
執事のカイン。二十代後半のインテリ系黒髪イケメン。出来る執事って感じでこの離宮を管理してくれている。
とはいえ、まだ13歳の私には王女としての公務はないので、食事で文明発展を心の中で掲げている私のお手伝いをしながら、お母様のスケジュール管理とかをしてくれている。
私ね、お母様とカインが並んでる姿を見るとヨダレが出そうになるの。イケメンと美人の組み合わせって最高じゃない?
国王が亡くなると正式な妃は手続きをすれば再婚が出来る。その場合は王族から外れることになるけど、新たな人生を歩める。
今のお母様は亡き国王の側室という立場で、新たな国王が決まれば先王の側室と呼ばれる。でも、誰かと再婚したらその側室という呼び方は出来なくなる。
今は側室手当が王宮から出ているけれどこれが無くなるのよね。
住むところだけど、後宮にいたなら出ていかなければならないの。
でもね、私が暮らしているこの宮殿に関しては、私の生母という形で残れるんだよね。
お母様とカインってお似合いなんだけどなぁ。あ、でも、お母様を好きな男はもう一人いたな……いや、あれが継父になるのはいやかな。
ヴァルリア伯爵という人は、お母様が側室になる前から好きだったらしく、ストーカーだったらしい。どこにいても現れて気持ち悪い男、とお母様は嫌っている。
国王が生きていた時でも夜会などでお母様を見掛けると声を掛けて来てたみたいで、それが嫌で参加しなくなったほど。
今も定期的にこの宮殿に来ているみたいだけど、結界で弾き出されている。
国王が亡くなると直ぐにお母様との再婚を願ったみたいだけど、王族を外れていない上、お母様の生家は侯爵家で拒否が許されている。
なんと言うか、邪魔なおじさんだよね。誰かナイナイしてくれないかなー。
荷物置き場には木箱が五つあり、私専用の紙封がされている。傍には商人が控えていた。
中身は食材ばかりで、香辛料もあるから厳重に封がされている。
砂糖と並んで香辛料も高いんだよねぇ。薬扱いのものもあるから手配に苦労したよ。こういう時、王女でよかったーって思うの。
「中身の確認をするね。カイン、蓋を開けて」
「畏まりました」
封を外して蓋を開けると、冷蔵しなくても良さそうなものが詰め込まれていた。
一つ目の箱の中にはさらに小箱がいくつもあり、それぞれに香辛料が納められている。
「うわぁ!香辛料、沢山仕入れてくれたのね!」
「はい。王女殿下の仰られたように薬種問屋にも声を掛けてみましたところ、想定よりも集まりました」
「ありがとう」
異世界モノ定番の二つ目はやはりカレーでしょ。とは言っても私、実はあまりカレーが得意ではなかったんだよね。辛いのがダメで。でも無性に食べたくなる時があったの。
インド人のカレー屋さんがあって、そこはマイルドな味付けと、あとはナンが美味しかったんだよね。あれは良かったなぁ。
定番は他にもマヨネーズ、ケチャップ、ソースがある。マヨネーズは卵を使うけど浄化があるから菌の問題はクリア。
ケチャップとソースは香辛料を大量に使うから、単価が高くなるよね。
香辛料、栽培出来ないかな。魔道具と温室で出来ないかな。それと、農園が欲しいよね。
サトウキビ畑も欲しいなぁ。そうしたら砂糖を使いたい放題になるし。
紅茶があるなら緑茶だって出来るし、果樹園も欲しい。いや、果樹は購入した方が経済の周り的にはいいかな。
でも、料理研究するなら個人でどうにかしたいよねぇ。
香辛料各種の種を眺めながら、私の願望は止まらなかった。




