↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
第4章 鑑定士が値段をつけなかった婚約

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/43

第41話 読まない手紙

閉店まで、封書は相談机の同じ場所にあった。


窓の外の光だけが移り、誰も触れない紙の上をゆっくり横切っていった。

封書は、相談机の上に残された。

サロメは開けない。

片づけもしない。

そのままカウンターへ戻り、先ほどまで読んでいた帳簿を開いた。


上下が逆だった。

エルネスタはしばらく黙っていた。


「店主」

「聞きません」

「まだ何も」

「顔に書いてあります」

「どのような顔ですか」

「面倒なことを知りたい顔です」

「知りたいです」

「婚約を解消されたのですか」

「私からです」


サロメは帳簿を戻した。


「エドガーは西部の領地へ行くことになりました。私は王都に残った。それだけです」

「一緒に行かなかったのですか」

「行けませんでした」

「なぜ?」

「妹が2人いました。父が亡くなったばかりで、借金もあった。当時の《未練商会》の店主に雇ってもらったところでもありました」

「エドガー様は待つと?」

「言いました」

「では」

「いつまで待てばよいか、私にも分かりませんでした」


サロメは頁をめくる。

今度は、文字を読んでいるようには見えた。


「それに、彼にも仕事があった。西部へ行くのは、望んで得た役目でした」

「どちらも諦めなかった」

「はい」

「セシリア様たちと、似ていますね」

「似ていません」


返事が早かった。


「どこが?」

「私たちは、あの2人ほど話し合いませんでした」


サロメはそこで口を閉じた。

言うつもりのなかったことまで言ったらしい。


「喧嘩を?」

「少し」

「どの程度ですか」

「昔の話です」

「また、それですか」

「便利なので」


エルネスタは相談机の封書を見る。


「中を読まないのですか」

「読みません」

「どうして?」

「今さらです」

「今さらでも、書かれたものは残っています」

「だから困るのです」


サロメの声が少しだけ強くなった。


店内が静かになる。

クルミが窓辺で胡桃を落とした。

硬い実が床を転がり、レオンの靴へぶつかる。

レオンは拾ったが、すぐには箱へ戻さなかった。


「エルネスタ嬢」

「はい」

「今日は、ここまでにしたほうがよいのでは」

「でも」

「本人が、話したくないと言っています」


エルネスタは唇を結んだ。

正しい。

鑑定士は、話したくないことを無理に聞く権利を持たない。

サロメが依頼人ではないからといって、違いはなかった。


「すみません」


エルネスタは頭を下げた。


「聞きすぎました」

「本当に」


エルネスタは自分の机へ戻った。

クラリッサの記録。

リディアの初回監査報告。

セシリアとユリウスの婚約解消合意書。

整理する仕事は、いくらでもある。

それでも、文字が頭へ入ってこなかった。


「1つだけ」


サロメが言った。

エルネスタは顔を上げる。


「はい」

「私は、自分で選びました」

「はい」

「ですから、誰かに補償させることではありません」

「はい」

「鑑定する必要もない」


エルネスタは少し迷った。

聞きすぎたばかりだ。

ここで反論するべきではない。

そう思ったが、口が動いた。


「でも」

「何です」

「自分で選んだなら、なくしたことまで、なかったことになるんですか」


サロメの手が止まった。


「なりません」


答えはすぐに返ってきた。


「では」

「だからといって、値段をつける必要もありません」

「どうしてですか」

「払わせる相手がいないからです」

「鑑定は、請求のためだけではないでしょう」


サロメはエルネスタを見る。

目が合った。


「あなたは」


いつもの乾いた声だった。

ただ、少し疲れていた。


「弟子のくせに、面倒なところばかり覚えますね」

「店主に教わりました」

「教え方を間違えました」


サロメは立ち上がり、相談机へ来た。


封書を取る。

開けるのかと思ったが、そのまま引き出しへ入れ、鍵をかけた。


「今日は読みません」

「明日は?」

「知りません」

「捨てますか?」

「それも、明日決めます」


それ以上は聞かなかった。


サロメはカウンターへ戻る。

クルミが床を走り、鍵をかけた引き出しの前で止まった。

黒い尾を、1度だけ大きく振る。


「クルミ」


サロメが低い声で呼ぶ。


「そこを開けたら、胡桃は1週間ありません」


クルミはすぐに引き下がった。


「通じるのですね」


エルネスタが言う。


「食べ物の話だけは」

「法務官殿より聞き分けがよいかもしれません」

「なぜ、また私と比べるのですか」


レオンは胡桃を箱へ戻した。

それから、サロメの引き出しを1度だけ見た。


「業務上の案件になった場合は、お知らせください」

「なりません」

「そうですか」

「聞かないのですか」

「業務ではないので」


サロメは少し意外そうな顔をした。


「法務官殿にも、遠慮があるのですね」

「あります」

「初めて知りました」

「失礼ですね」

「すみません」

「謝罪が軽い」

「受け取らなくても構いません」


いつもの会話へ戻ったように見えた。

けれど、その日、サロメは1度も薄い茶を淹れなかった。

閉店後も、鍵のかかった引き出しを開けなかった。


翌日の1時、マルセルは約束どおり店へ来た。

手には、紺色の紐で結ばれた手紙の束がある。

そして、その隣には、見覚えのない銀色の小箱を抱えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。